第38話「パレードなのじゃ」
リスタ王国 王都 別邸寝室 ──
翌日、優しい朝日が降りそそぐ寝室でサリナは目を覚ました。まだ意識がまどろんでいるのか、身を起こすと見慣れぬ風景に首を傾げている。
「起きたのか? そろそろフェルが来る時間だが、調子が優れぬなら……」
そう声を掛けてきたのは、窓から外を眺めていた彼女の夫であるレオナルド・フォン・フェザーだ。その声に安心したのかサリナは優しげに微笑む。
「おはようございます、レオ……大丈夫よ、少し疲れているだけですから」
最近はだいぶ復調してきているが、サリナ皇女は元々あまり体が強い方ではなくアイラの出産後も調子を崩している。
レオナルドが窓からベッドサイドまで近付くと、ベッドの上からローブを拾いあげてサリナの肩に掛ける。
「それなら、まずは服を着なさい。暖かくなって来たとはいえ、まだ肌寒いだろう?」
「あら? 貴方が脱がせたのに……ふふふ」
サリナはからかうように微笑むと、自分の腹部を軽く指を這わせた。
「昨夜は、素敵でした」
「まったく君は……」
レオナルドがそう呟きながらサリナの頬に手を触れると、ドアからノックの音がした。それに続いてアイラの元気な声が聞こえてくる。
「お父様、お母様、起きてください。叔父様がいらっしゃいましたわ!」
娘の元気のよい声に、よい雰囲気を台無しにされたサリナとレオナルドは
「ふふふ、あの子ったら朝から元気ね」
「まったく、あの子は少し慎みが足りないのではないか?」
などと笑いあうのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 フロントホール ──
フェルトと共に馬車で王城に入った帝国宰相一家と従者団は、いつも好んで着ている赤いドレスではなく、式典用の純白のドレスを着たリリベットに出迎えられた。
「叔母様、素敵ですっ!」
アイラは目を輝かせながら近付くと、まるで自分のことのようにリリベットを褒め讃える。リリベットは少し照れたように微笑むと、サリナ皇女たちに話かける。
「事前に通達してあった通り、これから貴女たち一行の歓迎パレードを催すことになっておるのじゃ。プライベートの訪問のところ申し訳ないのじゃが……典礼大臣がどうしてもと言って聞かぬのじゃ」
リリベットが苦笑いを浮かべると、レオナルドも軽く笑う。
「ははは、構いませんよ。しかし、どこの典礼大臣も同じですな」
「そう言っていただけると助かるのじゃ、準備には部屋を用意してあるので、好きに使って欲しいのじゃ。必要があれば、こちらのメイドたちを使って貰ってもかまわぬのじゃ」
それに対して、サリナは首を横に振って答える。
「私たちも従者を連れてきてますので大丈夫よ、部屋をお借りしますね」
と言ってサリナ皇女たちは王国側の従者の案内で、それぞれ用意された部屋に向かうのだった。
「それじゃ、私も準備してくるから」
フェルトもそう言い残すとそのまま準備向かい、残されたリリベットは典礼大臣ヘンシュたちと共にパレードの最終確認を行うのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 大通り ──
二時間後、王城を出発したパレード隊は大通りに到達していた。
最前列には東西から派遣されたリスタの騎士三十名とその従士九十名、続いてミュゼ率いる紅王軍三十名、そして、七匹の白馬が引いている馬車にリリベット、フェルト、サリナ、レオナルドの四名と、王国側と帝国側の直衛が一名ずつが乗っており、その後に四匹の白馬に引かれた馬車の上には両家の子供たちが乗っている。
馬車の周辺には、近衛隊と帝都から派遣された護衛の皇軍が囲んでおり、馬車の後にも紅王軍三十名が続いていた。
すでにパレードの内容は国民に知らされており、大勢の見物客が一目「大陸の二姫」を見ようと大通りに押し掛けていた。それを整備するために衛兵隊が総出で警備に当たっている。
また宰相フィン直属の密偵たちと、リュウレが統括している者たちも周辺に潜んでおり、万全の警備体制が敷かれていた。
国民の歓声に向かい手を振るリリベットとサリナ皇女、大陸の二姫と呼ばれる彼女たちが揃って姿を現したのは今回が初めてであり、国民たちは大いに盛り上がっていた。
「あの陛下の隣にいる美人さんが、サリナ皇女だろ? 確かフェルト様の兄貴と結婚したっていう」
「ってことは、陛下の義理の姉か! どことなく雰囲気も似てるから本当の姉妹みたいだな」
リスタ王家はクルト帝国から別れた血統なので、リリベットとサリナ皇女は比較的近い親戚同士でもあり、瞳の色を除けば髪色も顔立ちも似た雰囲気だった。
このような平和的な意見以外にも
「やっぱり女王陛下のが美人だろ!?」
「いいや、サリナ皇女の方が総合的に美しいぜ!」
「なんだとテメェ! やんのか、こらぁ!」
などという言い争いをしながら喧嘩を始める者までいた。衛兵に阻まれパレードの進行先は安全だったが、突如起きた喧嘩騒ぎに直衛に当たっていた黒騎士ジャハルが、サリナ皇女たちの前に出ると
「お下がりください、宰相閣下、皇女殿下!」
と叫んだ。その声に反応して、周辺を警戒していた皇軍は一斉に抜剣する。しかし、それを見たリリベットが大声で叫んだ。
「やめよっ! 我が国民に毛ほどの傷でも負わせたら、いかに帝国が強大といえど容赦はせぬのじゃ!」
その怒声に驚きながらもレオナルドが前に出ると、右手を上げて周辺の皇軍に告げる。
「全員、剣を納めよ!」
皇軍は一斉に剣を鞘に納めると、レオナルドはリリベットに頭を下げる。
「臣下が失礼しました、女王陛下」
「こちらこそ、失礼したのじゃ。我が国民が、少々はしゃぎすぎたようなのじゃ」
そのやり取りに喧嘩騒ぎはいつの間にか収まっており、大きな歓声の中パレードは再開されるのだった。
レオナルドは横にいるフェルトに小声で囁く。
「あのようなトラブルは、主催者側が取り繕って隠そうとするものだがな……」
「あはは、まぁこの国ではよくある事ですから、私も最初に見たときは驚きました」
「国民に対して寛大だという噂は、本当だったのだな」
「だから、皆リリーに付いていくんでしょうね」
レオナルドは、リリベットのほうを一瞥するとクスッと笑い
「これも一つの国のあり方ということか」
と呟いたのだった。
その頃、子供たちが乗っている馬車は、アイラ皇女が目を輝かせながら前を走る馬車を見つめていた。
「さすが叔母様! カッコいいわ、やっぱり幼女王のお話は健在なのねっ!」
母親を褒められてレオンは、少し恥ずかしそうに照れている。ヘレンは落ちないように、マリーに支えられながら周りに手を振っている。
「アイラ皇女は、本当に母様のことが好きなんですね」
「もちろん、大好きよ! 小さい頃に離宮を訪れた旅芸人たちが演じた、『幼女王』を観てからの大ファンなの!」
演劇『幼女王』とは、『幼女王の帰還』『幼女王の初陣』『幼女王の聖戦』の三作からなる劇で、リリベットが主人公の物語であり、彼女が八歳~十歳の頃に経験した史実を元にしたフィクションである。
リリベット自身は、大衆向けに脚色された部分があまり好きではないのだが、今ではリスタ王国だけでなく、クルト帝国や他の大陸でも人気の劇となっていた。
「ヘレンもかぁさまだいすきなのじゃ~」
寄って来たヘレンをアイラが抱きあげると、ヘレンの顔にアイラがかぶっていたベールが当たり、ヘレンはそれをパシパシと叩きながら嫌がる。
「やぁ!」
「あぁ、ごめんね。一応社交界デビュー前だから、大衆の前では隠しておかないといけないのよ」
レオンは納得したように頷くと口を開いた。
「あぁ、それでそんなベールをしてたんですね。せっかく綺麗なのに何故隠しているのかと思ってました」
「あら……その歳でお上手なのね、ふふふ」
その言葉に照れたのか、レオンは少し顔を赤くすると慌てた様子で答えた。
「あ、いえ、本当のことですから」
その様子がおかしかったのか、アイラはクスクスと笑うのだった。
◆◆◆◆◆
『見物客』
その頃、シャルロットはサーリャと共にパレードの見物客の中にいた。このパレードにはレオンも参加すると聞いていたからである。
そして馬車の上に着飾ったレオンを見かけると、キャーキャーと叫びはじめた。しかし、突然声が止まって黙った込んだシャルロットに、サーリャは首を傾げながら尋ねる。
「どうしたの、シャルちゃん?」
「ねぇ……サーリャお姉ちゃん、あのレオン様と楽しげに話している子は誰かな?」
サーリャが馬車の方をみるとレオンとアイラが笑いながら話している。サーリャは少し考えると、思い出したように答えた。
「確か聞いた話だと、今日のパレードはリリベット様の義理の兄夫婦ということだから、その子供じゃないかしら? レオン王子から見れば、従姉にあたるのかな?」
「な……なんか、凄く仲が良さそうなんだけど!?」
シャルロットが震えながらそう言うと、サーリャはクスッと笑い
「シャルちゃんは考えすぎよ」
と答えるのだった。