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第35話「一人なのじゃ」

 リスタ王国 王城 子供部屋 ──


 レオンたちが学園に通い出して、一週間が経過していた。


 その間、リリベットを含む国の重鎮たちは、帝国宰相一家の受け入れの準備に奔走していた。そんな中、久しぶりにリリベットが子供部屋に訪れると、部屋の隅でヘレンが人形遊びをしていた。


「そんな部屋の隅で、何をしているのじゃ?」


 リリベットが声を掛けると、ヘレンは振り返って手にした人形を放り出し、彼女の元に駆け寄ってきた。そして、スカートをガシッと掴むと顔を埋めて隠している。今まで見たことがない娘の反応に、リリベットは首を傾げてマリーに助けを求めた。


「どうしたのじゃ?」

「はい……どうやら、いつも遊んでくれていたレオン殿下が、学園に通うようになって寂しいみたいで」


 リリベットはヘレンを抱き上げると、彼女の顔をじーっと見つめてから言う。


「そうか、寂しい思いをさせてしまったようじゃな。私もなるべく来れるようにしたいのじゃが……」

「う~……」


 ヘレンはリリベットをぎゅっと抱き締める。リリベットは彼女の頭を優しく撫でながら提案する。


「そうじゃ! 久しぶりに、ウリちゃんに会いたくはないか?」

「……ウリちゃん?」


 ウリちゃんと聞いて楽しかった記憶を思い出したのか、急に笑顔になって力いっぱい頷くと


「行きたいのじゃ! ウリちゃんと遊ぶ~」


 と言ってリリベットに再び抱きついた。マリーが心配そうな声色で尋ねてくる。


「陛下、大丈夫なのですか? お時間が取れないのでは?」

「うむ、任せよ。丁度ガルド山脈開発の件で、嘆願書が届いておったのじゃ。午後の公務は宰相に任せて、今から向かうとするのじゃ」


 リリベットは振り返ると、側に控えていたマーガレットに向かって告げる。


「マーガレット、宰相への連絡を頼むのじゃ」


 それに対してマーガレットは黙って頷いて、そのまま部屋から出ていった。そしてヘレンをマリーに手渡しながら言う。


「それでは私も準備をして、一時間後に迎えに来るのじゃ。それまでにマリーと準備をしておくのじゃぞ?」

「うんなのじゃ!」


 こうしてリリベットは、急遽ヘレンを連れて牧場に向かうことにしたのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 ガルド山脈の麓 牧場 ──


 王城から馬車で出発したリリベットたちは、途中で木工ギルドに寄って、部屋を間借りして事務所にしているドロシアを回収してから牧場に向かうのだった。


 ヘレンは馬車から降りた途端、辺りを駆け回りはじめマリーが慌てて追いかけている。ドロシアは心配そうな顔で尋ねてきた。


「女王陛下、作業場はもう少し西側なんですが、こちらで大丈夫なんですか?」

「うむ? 私もウリちゃんが、どこにいるかまではわからぬのじゃ。しかし、ここで待っておれば、きっと来てくれるのじゃ」


 リリベットはそう言うとサギリを引き連れて、ラウンジに向かうのだった。




 リリベットがラウンジでお茶を飲みながら、温泉計画の報告をドロシアから聞いていると、ヘレンとマリーが泥だらけになって帰ってきた。


「泥だらけじゃな、どうしたのじゃ?」

「転んだのじゃ~!」


 楽しそうに笑うヘレンに、リリベットも思わず笑ってしまう。マリーはそんなヘレンの手を握ると言う。


「さっ、ヘレン様、お着替えをしましょう」

「やぁ~、とりさんとあそぶの~」


 ヘレンはその手を振りほどいて、再び牧場のほうへ走り出してしまった。しかし、しばらく進んだところで、再び転ぶとマリーによって回収されてしまった。


 そんなヘレンとマリーを見てリリベットが叫ぶ。


「マリー! 危ないことをしないように、見守るだけでよいのじゃ」


 マリーはその場で頭を下げると、ヘレンをゆっくりと地面に下ろした。自由になったヘレンは再び走り出し、それをマリーが追いかけていく。


「ヘレン殿下は、元気ですね」

「うむ、元気なのはよいことなのじゃ」


 ドロシアの呟きに、リリベットが答える。




 しばらく後、お風呂に入ったヘレンが新しい服を着て、ラウンジのベンチに作った簡易ベッドで眠っている。その横にはやや疲れた様子のマリーが座っていた。


 日が傾きかけた空を見つめながら、リリベットが呟く。


「今日は不発じゃろうか?」

「えぇ、困ります。これ以上工期が遅れると……」


 ドロシアが泣きそうな顔で訴えてきたが、リリベットも困ったような表情を浮かべる。


「そう言われても困るのじゃが……おや?」


 その時、どこか遠くのほうから地響きのような音が聞こえてくる。


「よかったな、来てくれたようじゃぞ?」


 リリベットはそう言いながら立ち上がり、簡易ベッドのソファーのヘレンの元まで歩くと彼女の頬をプニプニと突く。ヘレンは目を開けると、半分ほど夢の中の状態で返事をする。


「うにゃ……かぁさま~?」

「ウリちゃんが来たようなのじゃ、ヘレンも行くか?」


 その瞬間、ヘレンの目がパッチリと開き、リリベットに抱っこを求めながら


「行くのじゃ~」


 と微笑んだ。




 リリベットはヘレンを抱えながら、ドロシアをつれて丘を登り始めた。


「ヘレン、お主……また重くなったじゃろう?」

「おもくないもんっ!」


 頬を膨らませて抗議するヘレンを下ろすと、リリベットは自分の二の腕を擦りながら言う。


「母様の腕では、もう限界なのじゃ」

「陛下、よろしければ私が抱っこしましょうか?」


 おずおずと尋ねるドロシアに対して、リリベットはヘレンを一瞥してから答える。


「うむ、頼むのじゃ」

「任せてください。発掘とかで、重いものを持つのは自信があります。さぁ、ヘレン様! こちらにどうぞ~」


 ヘレンは少し遠慮がちにドロシアに近付くと、ドロシアは彼女を抱き上げる。


「よっと……なんだ、全然軽いじゃないですか」

「かるいのじゃ~!」


 二パーと笑うと、ドロシアのぬくもりを確かめるように抱きしめた。


「な……なんですか? この可愛い生き物!?」


 ドロシアは一発でヘレンの可愛さにやられてしまったが、ヘレンの方は微妙な顔を浮かべると呟いた。


「ふかふかじゃないのじゃ~」

「うぅ、すみません……陛下やマリーさんのような立派なものがなくて」


 ドロシアがそう言って落ち込むと、ヘレンは彼女を慰めるようにぎゅっと抱きしめた。その途端、ドロシアの顔が緩いものに変わるのだった。




 そして丘を登りきると、そこには巨大な茶色い楕円がそこにいた。ドロシアは驚いていたが、ヘレンが手を振りながら


「ウリちゃん~あそぶのじゃ~」


 と叫ぶと、目を白黒させながらリリベットと、ウリちゃんを交互に見ていた。


「うむ、あれが山神様と呼ばれているウリちゃんなのじゃ。ヘレンはもう下ろしてもよいぞ」

「あっ、はい」


 ドロシアがヘレンを下ろすと、ヘレンはウリちゃんに向かって一直線に突撃した。身体全体をウリちゃんの毛の中に埋めながら楽しそうに笑う。


「あははは、モフモフなのじゃ~」


 リリベットとドロシアも近付くと、ウリちゃんはドロシアを警戒するように唸り声を上げる。


「ウリちゃん、この者はよいのじゃ」


 リリベットの言葉にウリちゃんは唸るのをやめて、その巨大な鼻をドロシアに向けて匂いを嗅ぎはじめる。ドロシアはガチガチに固まりながら、リリベットに尋ねる。


「え、えっと、陛下……私はどうすれば?」

「もう襲われないと思うのじゃが……そうじゃな、撫でてやればどうじゃろうか?」

「こ、こうですか?」


 ドロシアがゆっくりと手を出してウリちゃんを撫でると、ウリちゃんは嬉しそうに声を漏らしていた。


 しばらくリリベットたちと交流したウリちゃんは、満足したように一鳴きすると、そのまま山のほうへ帰っていく。


「バイバイなのじゃ~」


 その後ろ姿を見送りながら、ヘレンは手を振るのだった。





◆◆◆◆◆





 『寂しい』


 入学式の翌日、レオンの初登校の朝、制服を着たレオンを見送るために王室エリアの従者一同が集まっている。その中にはマリーに抱っこされているヘレンもいた。


「こ……こんな大げさな出迎えは必要ないです」


 レオンが恐縮しながら言うと、マリーは「今日だけですから」と微笑んだ。


「それじゃ、行って来ますね」


 レオンが手を振ると、マリーを除く従者たちは一斉にお辞儀をする。マリーはヘレンに手を振るように誘導するが、ヘレンは首を傾げて尋ねてきた。


「にぃさま、どこいくの? ヘレンもいくのじゃ~!」

「ダメですよ、レオン様は学校に行かれるのです。ヘレン様はもう少し大きくなってからじゃないと」

「やぁやぁやぁ~!」


 その後、泣きながら癇癪を起こしたヘレンを宥めるために、大量のお菓子や玩具を与えることになったのだった。

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