第34話「入学式なのじゃ」
リスタ王国 王立学園 大ホール ──
その日、王立学園の大ホールにて入学式が始まろうとしていた。今期入学する生徒たち二百人弱が並んでおり、その後には生徒たちの父兄が座っていた。
生徒たち側では、レオンを見つけた女生徒たちを中心にざわめきが起きていた。
「ねぇ、あれってレオン王子よね?」
「今期から入学するって話、本当だったんだっ! お近づきになれないかしら?」
そんな声に少し居心地の悪さを感じながら、レオンは隣に立っているジェニスに声を話しかけた。
「あはは、ちょっと目立ってしまっているね」
「レオン様は、有名ですから」
他人事のように答えたジェニスだったが、彼もまた注目の的だった。レオンが入学していなければ、恐らく彼が一番有名な生徒だったはずなのである。
「あの隣にいる子もかっこ良くない?」
「彼は確か……プリスト家の嫡男だったはずよ」
プリスト家と言えば、リスタ王国建国時から財務大臣を選出している貴族家であり、この王国においてはリスタ王家と並ぶほどの名家なのだ。
少し離れたところにいたシャルロットは、レオンたちに対して騒ぎながらキラキラとしている女生徒たちを、羨ましそうな表情で見つめながら
「ぐぬぬ……レオンさまって、やっぱり人気なんだ。あたしも何かしないと!」
と決意を新たにしていた。
そして父兄の席では、入学生席以上の盛り上がりを見せていた。
なんと言っても絶大な人気を誇る女王リリベット、そのパートナーのフェルト、財務大臣のヘルミナが揃って座っているのである。父兄たちがざわめくのも仕方がないことだった。
しかし、そんな周辺のざわめきを特に気にした様子もなく、リリベットはじっとレオンたちの方を見つめていた。
「ふむ……レオンも、まだまだ子供と思っておったのじゃが、制服を着ていると随分立派に見えるのじゃ」
「レオンは同年代の子供に比べれば、随分大人びているさ。あの子なりに王族としての自覚がちゃんとあるんだよ」
リリベットの言葉にフェルトは嬉しそうに答えた。フェルトもまた親として、子供の成長をしている姿には、何か感じるものがあるようだった。
しばらくして入学式が始まると、周りのざわめきも収まって淡々と進行していっている。今は壇上で、アルビストン学園長が挨拶をしていた。
「この王立学園が開校してから早いことで十三年、近年では諸外国からの生徒も増えており、これは今日入学する諸君らの先輩たちの貢献によるものだ。私は学園長として、諸君らにも先輩たちに負けない研鑽を期待している。そのことを心に留め、今日より始まる学園生活を楽しんで欲しい」
リリベットはアルビストン学園長の挨拶の言葉を聞きながら、隣に座っているヘルミナに向かって感心するように言う。
「相変わらず、タクトは演説が上手いのじゃ」
しかし、ヘルミナはじーっとアルビストン学園長の方を見つめており、リリベットの言葉は聞こえていないようだった。夫婦になって数年が経過しているが、彼女にとっては未だに憧れの教授なのかもしれない。リリベットは首を傾げてフェルトの方を一瞥すると、フェルトは微笑みながら首を横に振るのだった。
アルビストン学園長の挨拶が終わると、今度は王国代表として学芸大臣ナディアの祝辞が始まった。いつもなら王国代表はリリベットが行うが、今回はレオンの入学ということで、彼女が名代として参加することになったのである。
「まずはご入学おめでとうございます。私もかつてはこの王立学園の生徒でした。入学当時のことは今でも覚えていますが、今の貴方たちのように目を輝かせていたと思います」
ナディアの演説に、リリベットはクスッと笑って呟く。
「そうじゃったかな? あの頃は、確か『演技の練習の時間が減っちゃう!』と、文句を言ってたような気がするのじゃ」
「あはは、まぁそれが真実でも、この場では言えないさ」
フェルトは軽く笑いながら答えた。復活したヘルミナが人差し指を鼻の前に立てて「静かに」というジェスチャーをしてくると、リリベットもフェルトも静かに頷いた。
「私が通っていた頃とはだいぶ様変わりしてますが、この国の未来を育てるという学園の理念は、変わっていないはずです。しかし貴方たちに、それを強要することはありません。それぞれの夢に向かって頑張ってください。それが、きっとこの国の将来を明るいものにしてくれるはずです」
その後、しばらくてナディアの話が終わり一度咳払いをしてから、新入生たちに締めの言葉を贈った。
「それでは少し長くはありましたが、私の話はここまでにします。皆さん、楽しい学園生活を送ってくださいね」
満場の拍手でナディアの祝辞が終わると、リリベットが再び呟く。
「うむ、ナディアも中々上手いのじゃ。次からもナディアに任せてもいいかもしれないのじゃ」
続いて司会役が歓迎の言葉として、ジーク・フォン・ケルンを呼ぶとジークが壇上に上がった。
「ほぅ、今年はジークが代表か……優秀なのじゃな」
この歓迎の言葉は、成績優秀な生徒が行うことが通例になっているのだ。ジークはやや緊張した面持ちで挨拶を始めた。やはり女生徒を中心に少しざわめいていたが挨拶はそのまま進行した。
「……それでは改めて在校生代表として、皆さんのご入学を歓迎します!」
ジークの歓迎の挨拶が終わると拍手が起き、それが治まると司会役が次の名前を読みあげる。
「それでは続きまして……新入生代表挨拶、ジェニス・プリスト君」
「はい!」
名前を呼ばれてジェニスが席を立ち、壇上に上がっていく。それを見つめながらリリベットが呟いた。
「やはり主席は、ジェニスのようじゃな」
「はい、殿下は次席だったそうですよ」
少し自慢げに答えるヘルミナに、リリベットはクスッと笑った。少々不敬とも取れる態度ではあったが、リリベットも「王がもっとも優秀である必要はない」という考え方なので、特に気にした様子はなかった。
その後、ジェニスによる新入生代表の挨拶も終わり、恙無く入学式が終了した。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王立学園 広場 ──
その日は入学式だけで授業などもなく、生徒たちはそのまま帰宅となる予定だったが、迎えがくるまでの間に大ホールから出た広場で集まっていた。
やはり生徒たちの注目は、今年入学したレオンやジェニスに集まっている。彼らを取り囲んでいた生徒たちの中には、ラッツの娘であるラケシスとイシスもいた。
「レオン殿下、ご入学おめでとうございます」
ラケシスがそう言って頭を下げると、周辺の生徒たちも一斉に祝福の言葉を送った。
「ありがとうございます、皆さん。これからは同じ生徒として、よろしくお願いします」
レオンが微笑みながら答えると、女生徒を中心に「かわいい!」などという声があがっていた。そんな様子を、羨ましそうに見つめていたシャルロットはぼそりと呟く。
「ぐぬぬ……ここに船があれば、大砲で消し飛ばすのにっ!」
「こら、シャルちゃん! そんな物騒なこと言ってはダメよ」
シャルロットの隣にいたサーリャは、そう言って窘めると首を傾げながら尋ねる。
「シャルちゃんは、あの輪の中に入って行かないの?」
「だって、なんか……皆、キラキラしてるし……」
今、レオンたちの周辺にいるのは貴族や大商人の子息などで、同じ制服を着ていても平民とは発している輝きが違っていた。
「子供はそんなの気にしなくていいの」
サーリャはそう言いながらシャルロットの背中を軽く押す。バランスを崩しながらも何とか体勢を建て直したシャルロットは、慌てた様子で顔を上げるとレオンと丁度目があってしまった。レオンは笑顔で手を振りながら
「あっ、シャルさん」
と声を掛けてきた。近付いてくるレオンにシャルロットは少し顔を赤くすると、やや俯きながら答える。
「レオンさま、きょ……今日から一緒の学校だね」
「うん、一緒に頑張ろう」
その二人の様子をみて、周りの生徒たちは「誰、あの子?」っと囁きはじめた。そんな中、レオンの後ろから付いてきたジェニスが尋ねる。
「レオン様、その子は誰ですか?」
「あぁジェニス、紹介するよ。こちらはシャルロット・シーロードさん、僕たち友達なんだ」
レオンの言葉に、少し驚いたジェニスは尋ね返す。
「シーロードというと、海賊連合の?」
シャルロットが頷くと、ジェニスは握手を求めて手を差し出した。
「僕の名前はジェニス・プリスト。よろしく!」
シャルロットは、少し戸惑いながらもその手を握り返すのだった。
◆◆◆◆◆
『馬車の中で』
王城へ帰る馬車では、大人組と子供組で別れて乗ることになった。少しボーっとしているジェニスに、レオンが首を傾げながら尋ねる。
「どうしたんだい、ジェニス。新入生の挨拶で疲れたかい?」
「い、いえ、そんなことはありませんよ。ただ……少し、あの子が気になって」
「あの子って?」
「ほら、最後に挨拶した海賊連合の」
レオンは納得したように頷くと口を開いた。
「あぁ、シャルさんか、確かに可愛いし面白い子だよね」
ジェニスは小さく頷くと、再び何かを思いながら窓の外を見つめるのだった。