第31話「決着なのじゃ」
リスタ王国 王都近郊の演習地 紅王軍 ──
ミュルン率いる東の騎士団が、紅王軍に向けて突如転進したことで、紅王軍に動揺が走っていた。
「た、隊長! こちらに向かってきますっ!?」
「落ち着けっ!」
ミュゼは手にした槍を振り回しながら、隊員たちを落ち着かせるために声を張り上げた。そして、向かってきているアイオ隊を睨みつける。
「アイオ隊の後ろには、ケルン隊もいます! やはり共闘を選んだのでは!?」
隊員の一人がやや上ずった声で報告すると、ミュゼは歯軋りをして再び槍を突き上げて叫んだ。
「すでに加速を開始している騎兵だ、今から退いたのでは後背を突かれる。正面からぶつかるぞっ!」
「おぉぉぉぉぉ!」
隊員たちの雄叫びに、満足するようにミュゼは笑みを浮かべる。
「前進しながら突撃隊列を組め!」
「はっ!」
そしてミュゼは、槍の穂先をアイオ隊に向けながら号令を掛けた。
「武神の遊撃隊の力を見せてやれ! 我に続けぇぇ!」
「おぉぉぉぉぉぉ!」
ミュゼが先頭で駆け出すと、残りの隊員たちもそれに続き走りながら突撃隊列を組み始めた。この辺りの練度の高さが、彼らが武神の遊撃隊と言われる所以である。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都近郊の演習地 丘の上 ──
急展開した戦場の様子に、リリベットとレオンは驚きの声を上げた。
「おぉ、ミュルンは正面からの激突を避けたようじゃな?」
「でも、あれじゃ後に付かれてしまうのでは?」
その二人の質問にシグルが答えてくれた。
「いえ、我々は俯瞰して戦場全体を見てますからそう見えますが、紅王軍の位置からは、両軍が組んで向かってる風に見えるはずです。さすがアイオ卿と言ったところでしょうか」
シグルの賞賛に、リリベットは納得したように頷く。しかし、レオンは首を傾げながら尋ねる。
「しかしミュラー卿、このまま紅王軍に衝突したら、やはり西の騎士団に追いつかれて、挟まれてしまうのではありませんか?」
ミュルン率いる東の騎士団に対して、ライム率いる西の騎士団が追いかけ、紅王軍が迎え撃つ構えである。レオンの指摘した通り、このまま行けば挟みうちになることは確実だった。
レオンの疑問に、シグルはニッコリと微笑むと戦場を指差しながら
「それはもうすぐわかると思いますよ、見ていてください」
と答えるのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都近郊の演習地 東の騎士団 ──
紅王軍と西の騎士団に挟まれている東の騎士団は、前後の敵を観察しながら北に向かって進んでいた。
「団長、後ろがだいぶ迫ってきてます!」
「わかっている。だが、もう少し引き付ける必要がある」
部下の言う通り後方から徐々に迫ってきているが、前方からも紅王軍が突撃隊列を形成しながら突っ込んできていた。
「思ったより早いな……いいタイミングだ、さすがミュゼ殿だな」
ミュルンはそう言いながら、不適に笑うと剣を高らかと掲げた。そして、一周廻してから左右に振ると大声で命じる。
「部隊を分けて左右に転進して迂回せよ、後に集合だ」
「はっ!」
その号令のもと東の騎士団は綺麗に左右に分かれ、それぞれ東と西に急速に転進を開始した。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都近郊の演習地 西の騎士団 ──
北に向かった東の騎士団を追いかけていたライム率いる西の騎士団だったが、今度は追いかけていた部隊が東西に分かれたことで、騎士たちに再び動揺が走っていた。
「ケルン卿、前方の部隊は左右に分かれはじめました。どちらを追いかけますか? それとも、こちらも分かれますか?」
部下の騎士から尋ねられ、ライムは左右に分かれた部隊を確認する。そして、東に向かった一団がアイオ家の旗を掲げてのを発見すると、剣の切っ先をそちらに向けて号令を発しようとする。
「東に向かった連中を追うぞ! 全軍、我に……」
「ケルン卿、正面から赤揃え、紅王軍ですっ!」
その報告を聞くなりライムは剣を再び掲げてから、切っ先を紅王軍に向け、号令を掛けなおした。
「ちぃ、横を突かれるわけには……仕方がない目標を変更する! 目標は正面の紅王軍だ。いくぞっ!」
「おぉぉぉぉぉ!」
こうして両軍は正面から激突することになったのである。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都近郊の演習地 紅王軍と西の騎士団 ──
東西に分かれた東の騎士団のどちらかを追いかけると、西の騎士団に追撃される恐れがあった紅王軍は、西の騎士団と同じく正面の敵を叩くことを決定した。
先頭を走るミュゼは大きく振りかぶると、西の騎士団の先頭を走っているライムに向かって槍を振り回した。
「やぁぁぁぁぁ!」
ミュゼの横薙ぎに対して、ライムは盾を構えて弾き返した。激しい金属音と共に跳ね上がったミュゼの槍は宙をなぎ払ったが、ライムもその衝撃にバランスを崩し反撃することはできなかった。
両軍の衝突はそれぞれ十~二十人の被害を出しており、双方とも突撃の突進力を削がれてしまい、足を止めての戦いになった。
「ケルン卿、貴方の相手は私がさせていただく!」
ミュゼは槍を振り回してから、切っ先をライムに向けて宣言する。ライムも手首だけで剣をぐるんっと廻すと
「ミュゼ殿か、相手にとって不足はない!」
と返して馬をミュゼに向けて走らせた。そして、交差するタイミングでお互いの武器を振るうと、それぞれの武器が当たり弾き返される。それが何度か繰り返されたが、形勢はライムが不利に進んでいた。
武人としての実力もさることながら、片手で剣を振るっているライムに対して、ミュゼは両手で扱う槍である。何度もその重い攻撃を受けている間に、ライムの手は痺れ始めていた。
もう一度握力を確かめるように、剣を握り締めると周りを見回す。善戦はしているものの全体的に西の騎士団が押されており、立て直すのも難しい状態だった。
「これは……もう無理か? いや、ミュゼ殿を倒せればっ!」
今回のルールでは各隊長が撃破されると、どれほど戦力が残っていようが、その部隊の負けになる。つまり、ここで隊長同士の一騎討ちに勝てばいいのだ。
「この一撃に賭けるしかないな」
そう呟くとライムは、もう一度手首で剣を廻してから切っ先をミュゼに向ける。その決意に満ちた表情を察したミュゼは、ニヤリと笑うと同じく槍を構えるのだった。
両者の間に緊張が高まっていく。そして、両者とも馬を走らせようとした瞬間、周辺から混乱したような慌しい声が聞こえてきた。
「な……なんだ!?」
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都近郊の演習地 丘の上 ──
それから一時間ほど経過したころ、リリベットの元に三人の隊長が集まっていた。近くにある天幕では負傷した兵たちが、ヨドス司祭やサーリャの治療を受けている。
「まずは勝利したアイオ卿に賞賛を送りたいのじゃ」
「はっ、ありがとうございます」
模擬戦の結果としては、ミュルン率いる東の騎士団が勝利していた。
東西に分かれた東の騎士団が北側に回りこみ再度集結したあと、東の騎士団と紅王軍が争っていたところに全騎突撃、完全に停止していた騎兵では突撃に対処できず、次々討ち取られしまったのだ。
そして、ライムとミュゼは混乱から部隊を立て直そうとしている間に、ミュルンによって討たれしまったのだ。
「そして、奮闘した二人もよく頑張ったのじゃ。次の機会に向けて、さらなる精進をするとよいじゃろう」
「はっ、次こそは必ずっ!」
ライムとミュゼは決意に満ちた表情で頷いた。負けた部隊は次の機会の勝利を目指し頑張るだろうし、勝った部隊もそんな彼らに負けないように一層努力をするだろう。これがシグルが今回の模擬戦を計画した目的でもあった。
その後、軍務大臣シグルが締めの挨拶をして、第一回の模擬戦は無事に終わったのである。
◆◆◆◆◆
『新たな出会い?』
模擬戦が終わり負傷した兵たちが、ヨドス司祭たちが待機している天幕に運び込まれていた。今回使用した武器は全て刃引きされたもので、命に関わるような負傷はなかったものの、裂傷や骨折などの負傷は数多く出ている。
重篤な者からヨドス司祭の治癒術で回復させていき、軽傷な者はサーリャとシャルロットが面倒を見ることになっていた。
その中にコンラート・フォン・アイオが、左肩の裂傷と落馬による打撲の治療するために訪れており、サーリャに包帯を巻いてもらっている。
「っ!?」
「大丈夫ですか、コンラートさん?」
サーリャが心配そうに尋ねると、コンラートは脂汗をかきながら微笑むと
「ははは、貴女のような可愛らしい女性に治療していただければ、この程度の傷なんともありませんよ」
と強がってみせた。サーリャはクスッと笑うとコンラートの肩に手を当てて、簡単な治癒術で痛みを和らげはじめる。その間、コンラートはサーリャをじっと見つめていた。
その視線に気が付いたサーリャは、少し恥かしそうに俯いている。しかし、その雰囲気は何者かが、コンラートの背中を叩く音でかき消されてしまった。
コンラートが背中を押さえながら睨みつけると、シャルロットが仁王立ちで立っていた。
「お兄ちゃん、治療が終わったら次の人と交代だよ!」
その言葉にコンラート弱ったような表情を浮かべると席を立ち、サーリャに一度微笑んでから天幕を後にするのだった。