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第30話「転進なのじゃ」

 リスタ王国 王都近郊の演習地 天幕の中 ──


「ほう……お主は、なぜそう思うのじゃ?」


 リリベットも成長をしているので、自分と臣下の意見と違うからといって癇癪を起こすような真似はしない。忠臣の進言を素直に聞ける女王として、国外では聡明な王と謳われるほど一目置かれているのだ。


「はい、おそらくですが共闘はしないでしょう。実戦的な考え方をするアイオ卿なら、そのような考えを持つかもしれませんが、騎士家は誇りを何より重んじますから、紅王軍(クリムゾン)を共闘して叩いては、国民に謗りを受けるかもしれません」

「ふむ、なるほど……では、どう動くと思うのじゃ?」


 シグルは机の上に広げられた地図の上に三つ駒を置く、そしてライムが率いる部隊を持って


「まず動くのは、おそらく一番若手のケルン卿でしょう」


 と言いながら、その駒をミュルン団長のいる方向へ進め、ミュルンの駒も同じ場所に置く。


「騎士団同士の激突か……」


 リリベットは真剣な表情で頷くと、紅王軍(クリムゾン)の駒を手にして、その両軍に近付ける。


「そうなると両騎士団が激突したところに、紅王軍(クリムゾン)の突撃してくるじゃろうな?」


 リリベットが出した回答に、シグルは頷きながら答えた。


「定石通りであればそうですね。しかし、アイオ卿は戦略眼にも長けた方なのでどうなるか……さて、そろそろ配置についた頃でしょう」

「ふむ、そうじゃな」


 リリベットは頷くと天幕から出て、杖を高らかと掲げると


「それでは、始めるのじゃ!」


 と開始の宣言をするのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都近郊の演習地 西の騎士団 ──


 リリベットの開始宣言と共に吹き鳴らされたラッパの音が、各陣営まで届いていた。平原の南西に位置するこの部隊を率いているのは、騎士団副団長のライム・フォン・ケルンである。彼は腰の剣を抜くと、自分の後ろで待機している者たちに向かって号令を掛ける。


「さぁ、開戦だ! まずはアイオ卿の部隊に突撃をかけるぞ、東の連中に西の騎士の力を示すのだ!」

「おぉぉぉぉ!」


 騎士たちは一斉に鬨の声を上げて自身と味方を鼓舞していく。ライムの部隊はシグルの予想した通り、開始早々にミュルンの部隊に向けて行軍を開始した。


 その道中、ライムの副官が彼に尋ねる。


「ケルン卿、本当によろしかったんですか?」

「何がだ?」

「最初は紅王軍(クリムゾン)を叩くべきだったのでは? 紅王軍(クリムゾン)さえ叩けば、我々のどちらが負けたとしても騎士団(われわれ)の勝利になります」

「確かに騎士団(われわれ)の勝利になるな……しかし、その勝利に誇りはあるのか?」


 副官はその言葉にハッと息を飲み、それ以上は何も口にすることはなかった。未熟ではあるが彼も騎士なのである。騎士家に生まれた者として、騎士の誇りとは何なのかをよく理解しているのだ。ライムは剣の切っ先を、こちらに向かってくるアイオ卿の陣営に向けると叫ぶ。


「見よっ! やはり団長も同じ考えのようだ」



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都近郊の演習地 紅王軍(クリムゾン) ──


 平原の北側には紅王軍(クリムゾン)が待機していた。隊長であるミュゼ・アザルは、馬上で騎士団の動きを見つめている。そんなミュゼに隊員の一人が声を掛けた。


「隊長、開始のラッパが吹かれましたが、我々は動かないのですか? どうやら騎士団同士でぶつかるようです。今なら横槍を入れる好機ですが」

「乱戦であれば、騎士団より遊撃部隊である我々の方が有利だと?」

「はい、彼らが衝突した直後に仕掛けるべきです」


 その進言にミュゼは目を瞑って考えていた。確かに隊員が言っていることは最もであり、その作戦でいけば紅王軍(クリムゾン)は、混乱した騎士団を叩き勝利するはずである。しかし、あのミュルンがそんなマネをするだろうかという疑念が、彼女の脳裏に浮かんでいた。


 しばらくして意を決したミュゼは、槍を前に突き出しながら部隊に号令を掛ける。


「前進! ゆっくりでいいぞ」


 こうして紅王軍(クリムゾン)は、ゆっくりと前進を開始するのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都近郊の演習地 丘の上 ──


 眼下で動き出した三部隊を、俯瞰しながらリリベットは呟く。


「うむ、さすがじゃな。シグルの言った通りに動いておるようじゃ」

「お褒めに預かり光栄ですが、これからどうなるのかが問題ですね。レオン殿下はどう思いますか?」


 急に訪ねられたレオンは少し慌てたが、すぐに真剣な表情で戦場を見つめて考え始める。レオンはヘルミナの授業の傍ら、シグルからも戦術論や戦略論の授業を受けているのだ。この質問は授業の一環だということだろう。


「……アイオ卿の部隊の動きが少し変かもです」

「ほぅ、どの辺りがですか?」


 レオンの答えに、シグルは興味深そうに尋ねた。


「他の部隊に比べて進軍速度が速くないですか? まだ突撃するような距離ではないし……」

「ふむ、言われてみればそうじゃな?」


 レオンに言われて、ようやくリリベットが気がつく程度ではあるが、確かにミュルンが率いる部隊は、他の部隊より速く動いている。


「良い着眼点です、レオン殿下。おそらくアイオ卿の狙いは……」



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都近郊の演習地 東の騎士団 ──


 ミュルン・フォン・アイオが率いる東の騎士団は、真っ直ぐライムが率いる西の騎士団に向かって進んでいた。ミュルンは自分の隊に向かってくるライムの隊を見つめながら呟いた。


「まったく、ケルン卿もまだまだ青いな」

「何がでありますか?」


 そう尋ねてきたのはミュルンの副官であるコンラートだった。


「このまま衝突したらどうなる?」

「はっ、おそらく紅王軍(クリムゾン)が突っ込んできますね」


 コンラートはまだ遠くにいるが、近付いてきている紅王軍(クリムゾン)を見つめながら答えた。ミュルンは頷くとさらに尋ねた。


「では、我々はどうすればよいかわかるな?」

「そうですね、このままでは負けてしまいますから……撤退しますか?」

「馬鹿を言うな! と言いたいところだが、その通りだ」


 この答えにコンラートは、驚いた表情を浮かべながら尋ねる。


「えぇ!? 本気なのですか?」


 ミュルンがニヤリと笑うと同時に、前方を監視してた隊員がミュルンに報告する。


「団長、ケルン卿の部隊が突撃隊列を形成しつつあります!」

「来たか、この距離で突撃隊列とは、まったくせっかちなことだな。仕方がない、我々も突撃隊列だ!」

「はっ!」


 ミュルンの号令で、彼女の部隊は突撃隊列を組み始めるのだった。




 突撃隊列を取った両陣営は、行軍速度を一気に上げる。


 そして、ミュルンは剣を高らかと掲げるとぐるんっと一回廻してから、剣を振り下ろして号令を掛ける。


「右だ、北に転進するぞっ!」


 突然の号令にも騎士たちは、一糸乱れぬ動きで追随する。こうして両陣営の丁度中央付近で、アイオ隊が突如右に転進、紅王軍(クリムゾン)に向かい始めたのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都近郊の演習地 西の騎士団 ──


 今まさに剣を振り下ろして、突撃の号令を掛けようとしていたライムは、眼前で急に転進を始めたアイオ隊に目を白黒させていた。


「な、なんだ? どうしたというのだ!?」

「わかりません。ど……どうしますか?」


 突然の出来事に部隊に動揺が走るが、それを感じたライムは剣を再び突き上げた。そして、大声で騎士たちに号令を掛ける。


「とにかく追うぞっ! 背中を見せるというなら仕方がない、そのまま追撃する!」

「はっ!」


 ライムの号令で目標を示されると、騎士たちは手綱を握って馬を走らせるのだった。





◆◆◆◆◆





 『帰路』


 模擬戦が始まったころ、フェルトたち使節団はフェザー家の屋敷を出て北進していた。十年前までとは違い、リスタ王国まではフェザー公爵が管理している街道を、真っ直ぐ進むだけなので比較的安全なルートである。しかもフェザー公爵軍のエリート十騎が護衛についており、リスタ王国の近衛隊を含め万全な体制だった。


「やっぱりリュウレの出番はなかったね」

「問題が起きてからじゃ……遅い」


 にこやかに言うフェルトに、リュウレは無表情のまま答える。その答えにフェルトは苦笑いを浮かべると口を開いた。


「確かに、安全第一だ」

「それに……久しぶりに、フェルト様と一緒で楽しかった」


 フェルトはそれを聞いて少し驚くと、ニコッと笑って頷くのだった。

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