第3話「衛兵なのじゃ」
リスタ王国 王城 王室エリアの廊下 ──
翌日再び視察に出掛けるために、リリベットが執務室から廊下に出ると、今日は綺麗で艶のある黒髪の女性が立っていた。彼女の名前はサギリ、近衛隊の副隊長である。リリベットとは同姓ということで、式典などではリリベットの直衛に就くことが多い人物である。
身に着けているのはラッツと同じく白と赤を基調とした近衛制服だが、先祖伝来だという綺麗な装飾が施された反りがある片刃の剣を腰に下げている。剣術の腕も確かで、隊長であるラッツより強いのではないかと囁かれていた。
リリベットは、そんなサギリに向かって尋ねる。
「今日はお主か、ラッツはどうしたのじゃ?」
「はっ、隊長は体調不良とのことで、本日の護衛は私が勤めさせていただきます」
敬礼をしながら答えるサギリに、リリベットは心配そうに尋ねた。
「ラッツが体調不良? 大丈夫じゃろうか?」
「はい、ただの寝不足でございます。なんでも昨晩は、奥方が寝かせてくれなかったそうで」
サギリの少しトゲトゲしい答えに、リリベットは微妙な表情を浮かべるとボソリと呟いた。
「あぁ……きっとバレたのじゃな」
リリベットは少し黙って二回ほど頷くと、サギリの肩に軽く触れた。
「ではサギリよ、今日は頼むのじゃ」
「はっ、お任せください」
こうしてリリベットとサギリの二人は、視察のために街に繰り出すのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 大通り ──
リリベットが姿を見せると、やはり注目が集まり国民が声を掛けてくる。しかしラッツの時とは違い、サギリが護衛の時は少し空気がピリッとするのか、その数も昨日ほどではなかった。
しばらく大通りを見てまわると、サギリが声を掛けてきた。
「陛下、そろそろお時間です」
リリベットが少し古びた懐中時計を取り出して時間を確認すると、確かに次の予定が迫っていた。
「うむ? あぁ、もうそんな時間か……それでは、そろそろ戻るとするかの」
そう答えたリリベットにサギリは頷くと二歩斜め後ろまで下がり、再び周辺を睨み付けるように警戒をはじめた。そんなサギリに、リリベットは困ったような表情を浮かべながら
「サギリよ……職務に忠実なのは良いが、そんなに怖い顔をしていたのでは皆が怖がってしまうじゃろう? ほれ、少し笑ってみるのじゃ」
とお手本とばかりに眩い笑顔を向ける。サギリは少し顔を赤くしながらその笑顔に見蕩れ、慌ててぎこちない笑顔を浮かべると
「こ……こうで、ございますか?」
と尋ねてきた。そのこわばった笑顔に、リリベットは微妙な表情を浮かべながら彼女の肩を叩く。
「まぁ先程よりは良いのじゃ、これからも心掛けるのじゃな」
「は……はいっ!」
その瞬間、通路の向こう側から女性の叫び声が聞こえてきた。サギリは瞬間的にリリベットの前に出て、腰の剣に手を掛けながら周辺を警戒する。
「陛下、お下がりくださいっ!」
しかしリリベットは、そんな彼女の心配を他所に
「向こうの通路のようじゃな。何かあったようじゃ」
と言って、勝手に通路に向かって駆け出してしまう。この問題ごとに首を突っ込む性格は昔から変わっていなかった。すこし出遅れたサギリも、慌てて彼女の後を追いかける。
◇◇◆◇◇
女性の悲鳴を聞いたリリベットたちが通路を曲がると、そこにはすでに人だかりが出来ており、その中心には若い女性を抱き寄せてカトラスを振り回している、いかにも野盗風の大男が喚き散らしていた。
「おらぁ、どけぇ! どんな悪事を働いても許してくれるなんて、この国は最高だぜぇ!」
それを聞いていたリリベットが呆れたように呟いた。
「あのような勘違いをした愚か者が、まだいたとは……」
このリスタ王国では、『再出発』という他の国にはない国是がある。国外の罪であればいかなるものであっても一度は許し、改心しているのであればリスタ国に住むことを認める制度で、初代国王ロードスが優秀な人材を集めるために決めたことである。
しかし『再出発』で許された者たちが国内で再び罪を犯せば、重くて『死罪』、軽くても財産没収のうえ『国外追放』という大変厳しいものだった。
そのことをよく理解した再出発たちは細心の注意を払い、この国での生活に溶け込んでいくのだが、時々すべての罪を許してくれると勘違いする者がおり、このような行動に出るケースがあった。
サギリは目を細めると一歩前に出て、リリベットに確認するように尋ねる。
「陛下、ここは私が!」
しかし、リリベットは首を軽く横に振って、その男がいる方向を指差しながら答えた。
「いいや、それは彼らの仕事なのじゃ」
サギリがそちらを見ると、盾と槍を持った軽鎧を着た武装集団が近付いてきていた。
現場に到着したその集団は、王都防衛と警備を主な任務にしている衛兵隊だった。衛兵隊は暴漢を取り囲むと威圧的に警告を発した。
「我々は衛兵隊である。速やかに武器を捨て投降せよ!」
「うるせぇ! どけぇ!」
衛兵隊の警告も虚しく、男はカトラスを振り回しながら喚き散らしていた。そんな中、両手を上げながら一人の大男が暴漢に近付いていく。そして、まるで友人に尋ねるような口調で問いかけた。
「おぃおぃ、元気だな。昼間っから酒でも飲んのか? 俺にも飲ませてくれよ」
「あぁ、なんだテメェは?」
急に現れた大男に警戒した暴漢は叫ぶが、大男は笑いながらさらに近付いていく。
「なんだ、とは随分なご挨拶じゃねーか、俺を知らねぇのか?」
大男が首を傾げると、暴漢はじっと大男を睨みつける。大男は盾や槍、剣などの武装はしてなかったが、他の衛兵と同じような鎧を着ていた。しかし酔っ払っていた暴漢には、よくわからなかったのか首を横に振る。
「お前なんて知らねーぜ!」
「そうか、そうか……お前を気持ちよ~くしてくれる相手さっ」
大男はそう言い放つと、目にも止まらぬ早さで掌底打ちを暴漢の鼻に叩き込んだ。鼻血を噴き出しながらたたらを踏む暴漢、捕まっていた女性はその隙に逃げ出した。
そして、大男は左手でカトラスを持っている男の手首を掴むと、その太い右腕を暴漢の首に回した。所謂フロント・チョークと呼ばれる技で、そのまま首の頚動脈を締め上げていく。完全に首を極められた暴漢は、たいした抵抗も出来ずピクリとも動かなくなって崩れ落ちた。
それを見た周辺の国民たちは大歓声をあげて、その大男を賞賛しはじめた。そして、リリベットも拍手をしながら、その大男に近付くと気さくに話しかける。
「さすがに見事じゃな、ゴルドよ」
「おや見てたんですかぃ、陛下?」
この気絶している暴漢とたいして変わらない風貌の彼こそ、王都の平和を守る衛兵隊の隊長で名をゴルドという。かつては百人斬りのゴルドと呼ばれていた歴戦の傭兵で、でかい図体とは裏腹に様々な武器を器用に扱える実力者だ。リリベットとは、彼女が子供の頃から付き合いがあるため、気さくに話せる人物である。
少し照れくさそうに髪を掻いているゴルドに、リリベットは二コリと微笑みながら労をねぎらうように、ポンポンっと彼の肩を叩くのだった。
その後、問題を起こした暴漢は衛兵詰所に連れて行かれ、やはり再出発であることが判明すると、翌日には法に倣い死罪となった。国民に対して、かなり寛容だと知られているリスタ王家だが、この国是に関してだけは容赦がないのである。
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『衛兵隊長の恋人?』
長らく女性の影がなかった衛兵隊長だったが、半年から一年に一度美しい女性が彼の家に訪れ、しばらく滞在していると噂が流れていた。
近所の住民によると、その期間は毎晩のように喧嘩するような声が響き渡り、ゴルドには生傷が絶えなくなるのだが、何故か彼は楽しそうだという。
「いやぁ、本当に目が覚めるような美人さんでなぁ、正直人間には見えなかったな。冒険家のような、でっかいバックとフードが印象的で……あぁ、でも胸はあんまりなかったよ。ゴルドの旦那の趣味は、もっとバインバインだと思ってたんだがなぁ」
と言うのは、その女性を目撃したという新参の住民の証言である。