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第29話「模擬戦なのじゃ」

 リスタ王国 学府エリア 路地裏 ──


 甘味処アムリタで、歓談しているレオンとシャルロットの様子を窺っているリリベットとサーリャに、メアリーは呆れたようにため息をつく。


「それじゃ、私はそろそろ行くね。買出しの途中だったし」

「うむ、わかったのじゃ。また今度お茶会に招待するのじゃ」


 リリベットがそう答えると、メアリーは軽く手を振りながら路地裏から抜けていった。




「シャルちゃん、頑張ってるな~」


 サーリャが興味津々といった感じで目を輝かせながら呟くと、リリベットが首を傾げながら尋ねてきた。


「随分と楽しそうじゃな、宗教家と言うのはもっと禁欲的な者と聞いておったのじゃが、意外と俗っぽいのじゃな?」

「他の宗派は知りませんが、ラフス様は愛の女神ですから。恋する乙女を応援するのも、ラフス様の教えなのですっ!」


 サーリャが淀みなくきっぱりと答えたので、奇妙な説得力があった。そんな話をしていると、今度はサギリが声を掛けていた。


「陛下、そろそろお時間ですがどうしましょうか?」

「ふむ?」


 リリベットがスカートのポケットから懐中時計を取り出すと、サギリが言うとおり次の予定の時刻が迫ってきていた。


「……そうじゃな。サーリャよ、私はそろそろ戻らねばならぬ、後は頼むのじゃ」

「わかりました。あの二人のことは任せてください」

「ふむ、サギリ。ラッツに合流するように伝達して欲しいのじゃ」

「はっ!」


 リリベットに命じられるまま、サギリは教授通りに出て口笛を吹き、ラッツの視線を向けさせるとハンドシグナルでリリベットの命令を知らせた。


 これは式典などで迂闊に声を出せない近衛隊が、事前に取り決められている手の形だけで連絡しあう方法で、今回送ったのは「対象」「合流せよ」の二つだった。


 ラッツは屋根から路地に飛び下りてくると、いかにも今まで探し回ってましたといった様子で、アムリタの中に入っていった。


 それを見送ったリリベットはサギリと共に、近くに停車してある王室用の馬車に向かうのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 甘味処『アムリタ』 ──


 徐々に慣れてきて、レオンと普通に話せるようになってきたシャルロットは、幸せな気分に浸っていた。


「へぇ、レオンさまは馬と剣術が好きなんだ」

「はい、僕なんかまだまだだけど父様は凄いんですっ! 僕もいつかあんな風になれたらって」


 何かと口うるさく言ってくる父が、面倒だと感じることもあるシャルロットにはよくわからない感覚だったが、一生懸命父親のことを語っているレオンを可愛いと思いつつ微笑んでいた。


 そこに慌てた様子のラッツが駆け込んできた。


「殿下、こちらでしたか!」

「あっ、ラッツさん」

「すみません。大丈夫でしたか?」

「はい、僕の方こそ、勝手に出歩いてしまってごめんなさい」


 レオンの謝罪にラッツは恐縮してしまう。そんな様子を見ながらシャルロットは、先ほどまでとは打って変わって不機嫌そうに暗い顔をしていた。


 それに気がついたレオンが、シャルロットに尋ねる。


「シャルさん、どうしたんですか?」

「えっ、あ、大丈夫っ!」


 突然尋ねられたシャルロットは、慌てた様子で首を横に振りながら答えた。そして、二人に聞こえないような小声で


「くぅ……せっかく、レオンさまと二人っきりだったのに~」


 と悔しがるのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 ラフス教会 ──


 ラッツと合流したレオンたちは、その後予定していたスケジュールの三分の二ほどまでで切り上げて、ラフス教会に帰ってきた。玄関の前ではサーリャが立っており、帰って来たシャルロットたちを出迎えてくれた。


「ただいま~」

「おかえりなさい、シャルちゃん。楽しかったかしら?」

「うん、とっても! ……あれ? サーリャお姉ちゃん、随分汚れているね?」


 サーリャの白い修道服は所々黒ずんでおり、その汚れが目立っていた。指摘されたサーリャは慌てた様子で首を横に振ると


「あはは、ちょっと教会の大掃除をしててね」


 と言って誤魔化した。彼女はリリベットと別れたあとも、シャルロットたちの様子を影から見守っており、帰ってきたのもついさっきなのである。


「レオン殿下も、今日はありがとうございました」


 サーリャが頭を下げると、レオンは首を横に振ってから笑顔で答える。


「いいえ、僕も楽しかったので」


 その後軽い会話をしたあと、サーリャはレオンたちを食事に誘ったが「あまり遅くなると母様が心配する」とのことで、そのまま帰ることになった。


 その帰り際に、レオンはシャルロットに向かって


「それじゃ、シャルさん。今日は行けなかったところもあるので、また今度行きましょう」


 と笑顔を向けると、シャルロットはやや上ずった声で返事をした。


「は、はいっ!」

「それでは、おやすみなさい」


 レオンはそう言い残すと、ラッツと共に王城に帰っていった。


 それを見送るシャルロットの顔は、完全に以前の恋する乙女に戻っており、サーリャが目の前を遮るように手を振っても気がつく様子はなかった。


「元気になったのならよかったけど……シャルちゃん、そんなところでボーっと立ってると風邪引いちゃうよ?」


 サーリャは心配しながら尋ねたが、シャルロットが我に返るまではしばらく時間がかかったのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都近郊の演習地 ──


 それから五日後のこと、リリベットは模擬戦の視察のために、南の城砦近くの平原にある丘に設置された天幕を訪れていた。


 この平原は、今回の模擬戦の演習地であり、リリベットたちがいる丘以外は、緩やかな傾斜があるだけで、他には障害物もなく見晴らしがとてもよい場所だった。丘から見下ろせる位置には、今回の模擬戦に参加する東西の騎士団と紅王軍(クリムゾン)が、すでに配置についている。


 天幕の中には、美しい髪を束ね戦装束に身を包んだリリベットとレオン、従者としてマーガレット、護衛として近衛隊長のラッツ、副隊長のサギリ、そして軍務大臣のシグル・ミュラーがいた。外では近衛隊が天幕を守るために、ほとんど全員揃っていた。


 近衛隊の隊員の一人が天幕の中に訪れて報告をする。


「女王陛下、各隊長の準備が整ったとのことです」

「うむ、わかったのじゃ」


 リリベットは返事をすると席を立ち天幕の外に出た。その後をレオンやシグルなども同行する。天幕の外では、騎士団長ミュルン・フォン・アイオ、副団長ライム・フォン・ケルン、そして紅王軍(クリムゾン)隊長のミュゼ・アザルが控えていた。


「皆の者、よく集まってくれた。今日はお主たちの日々の鍛錬の成果を、存分に見せてくれることを期待しておるのじゃ」

「はっ!」


 リリベットの言葉に、三人の部隊長たちは一斉に敬礼をする。


「事前に伝達してあるが今回の模擬戦は士気高揚の側面もあり、それぞれを競わせるものであるであるが、あくまで訓練であることを忘れぬようにするのじゃぞ」

「はっ、心得ております」

「では、それぞれの健闘を祈るのじゃ」

「はっ!」


 三人の部隊長たちは再び敬礼をすると踵を返し、それぞれの馬に乗って各部隊へと帰陣して行く。それを見送ると、再び天幕の中に戻って机に広がっている地図を眺めていた。


「シグルよ、今更じゃが……今回のルールは紅王軍(クリムゾン)に不利ではないじゃろうか?」

「陛下は騎士団が連携するのでは、と思っていられるのですね?」


 今回の模擬戦は三つの勢力に別れており、それぞれの隊長を倒した時点で、その隊は負けとなる。それぞれ百騎の騎兵で構築されており、一見戦力が均衡しているように見えるが、二つの隊は騎士団であり仲間意識も強い。


 リリベットの危惧は、この二つの騎士団の隊が連携して、まずは紅王軍(クリムゾン)を叩くのではと言っているのだ。


 それに対して、シグルは不敵に笑うと


「陛下、私はそうは思いません」


 と答えるのだった。



◆◆◆◆◆





 『救護班』


 リリベットたちがいた天幕から少し離れたところに、もう一つの天幕が用意されていた。中にはリリベットの要請で、ラフス教会からヨドス司祭とサーリャ、そして手伝いに志願したシャルロットがいた。


「まったく、陛下も戦ごっこ(このようなこと)をせんでもよいと思うのじゃが……」

「きっとリリベット様には、何かお考えがあるのよ」


 祖父のボヤキを受け流しつつ、包帯などを用意しているサーリャは、手伝いと言いつつ天幕の外を窺っているシャルロットに声を掛ける。


「シャルちゃん、どうしたの?」

「サーリャお姉ちゃん! レオンさまが、レオンさまが鎧を着てるよ! カッコいい!」


 興奮気味に答えるシャルロットに、サーリャはクスッと笑うと


「なるほど、シャルちゃんは手伝いじゃなくて、レオン殿下目的でついてきたのね?」


 とからかうように言うと、シャルロットは顔を少し赤くして、サーリャの手伝いを始めるのだった。


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