第28話「尾行なのじゃ」
リスタ王国 教授通りが見える路地 ──
レオンたちはファムから逃げた時にはぐれてしまったラッツを待つために、路上で飲み物を売っている店に立ち寄っていた。路地から、そんなレオンたちの様子を窺う三人の人影があった。
楽しそうに笑っているレオンと、少し恥かしそうに俯いているシャルロットを見守りながら、ヒソヒソと話している。
「シャルちゃん、頑張って!」
「いきなりファムに絡まれておったが、大丈夫じゃろうか?」
「あの人は、面倒なだけで害意はありませんから」
一人はシャルロットの保護者のサーリャ、もう一人は変装しているリリベット、そして彼女の護衛についてきているサギリである。サギリもリリベットと同じように、いつもの近衛制服ではなく街娘風のスカートを穿いている。
レオンたちが出発したあと、教会を出たサーリャはリリベットたちと合流して、彼女の馬車に乗り込むと彼らを追いかけてきたのである。
「ラッツの奴は、上手く姿を眩ませたようじゃな?」
「隊長なら、向かいの店の屋根の上にいますよ」
「え、どこですか? あっ、本当だ!」
サギリに指摘されて、屋根の上のラッツを発見したサーリャは驚きの声を上げる。
「うむ、何か動きがあるようじゃぞ?」
リリベットがそう呟くと、サーリャとサギリは黙って教授通りの様子を窺うのであった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 教授通り ──
大人たちに覗かれているとは知らず、レオンとシャルロットは店先で柑橘系の果実を絞った物に、砂糖を入れた飲み物を飲みながら話していた。
レオンはその飲み物を口に含むと、笑顔で感想を言う。
「ちょっと酸っぱいけど美味しいっ! 今日はちょっと暑いから丁度いいかもしれない」
「確かに、ちょっと暑いかも……」
その日は確かにいい陽気ではあるが、暑いというほどの陽気でもなかった。しかし、シャルロットは顔を少し赤くしながら答えるのだった。
時折自分の手を見つめながらニヤケそうになると、シャルロットは果実を絞った飲み物を飲んで、その酸っぱさでだらしない顔になるのを誤魔化している。
しばらくして、レオンは先ほど来た方角を見つめながら呟く。
「しかし、ラッツさん遅いな」
「あ……あの、レオンさまっ!」
シャルロットが、何かを決心したように立ち上がりながらそう言うと、レオンは驚いたような表情で彼女の方を向いた。
「どうしたの?」
「せっかくだから、ふ……二人で見て回らない?」
シャルロットの勇気を振り絞った精一杯の言葉に、レオンは少し考えると立ち上がって
「う~ん、そうだね。どうせ一本道だし、ラッツさんには事前に行くところを伝えてあるから大丈夫かな」
とニコッと笑いながら答えた。そして店の主人にお礼を言ったあと、二人で次の目的にへと向かうのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 教授通り 白毛玉の付近 ──
レオンたちが、色々な店と見て回りながら歩いていると、シャルロットが白毛玉を指差しながら、目を輝かせながら言う。
「レオンさまっ、あたしの制服はこの店で買ったの!」
「へぇ、素敵な店だね。可愛い服がいっぱいありそう。寄っていく?」
シャルロットは嬉しそうに笑うが、入り口に立てかけられている看板を見て残念そうな表情を浮かべた。
「レオンさま、残念だけど閉まっているみたい。中に人がいるみたいだけど」
「そうなんだ、じゃ仕方ないね。また今度来ようか?」
「こ……今度!? はい、是非!」
次の約束と取れる言葉にシャルロットは舞い上がってクルクルと回りはじめたが、足が絡まって転びそうになった。
「きゃっ!」
「危ないっ!」
しかし、レオンが咄嗟にシャルロットの手を掴んだお陰で、転ばずに済んだのだった。シャルロットは照れながら
「あ、ありがとう、レオンさまっ!」
と笑顔で答えた。そして体勢を整えるとちゃっかり手を握ったまま、次の目的地に向かって歩き出した。
彼らが白毛玉を通り過ぎてすぐに、突然白毛玉の扉が開いて金髪の女性が飛び出てきた。
「布の受け取りに行って来ま~すっ!」
そして、歩いている二人に気がつくと声を掛けようとする。
「あれ? そこにいるのシャルちゃ……っ!?」
「ん?」
誰かに呼ばれたような気がしたので、振り向いたシャルロットだったがそこには誰もいなかった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 学府エリア 裏通り ──
いきなり裏通りに連れ込まれた金髪の女性は、戸惑った様子で暴れていたが、そこにいた人物を見ると落ち着きを取り戻した。
「サーリャと陛下!? えっ、どういうこと!?」
「ごめんね、メアリーちゃん。今、良いところだから邪魔しないであげて欲しいの」
サーリャとリリベットから事情を聞くと、メアリーは呆れた顔をして答える。
「尾行? 悪趣味ね。子供なんだから二人っきりにしても、問題なんて起きないわよ」
それに対して、リリベットとサーリャは首を横に振る。
「そうは言っても、なにかあったら困るのじゃ」
「そうよ、シャルちゃんなんて舞い上がってるから、キスとかしちゃうかもしれないわ」
メアリーはため息をつくと、手を広げながら首を横に振る。
「別にチューでもなんでもすればいいじゃない。減るものでもないし」
「いいわけがないじゃろう! 私とて出会ってから四年、結婚してようやくじゃぞ!?」
「えっ、陛下……フェルト様と、あんなにイチャイチャしてたのに、キスしたの結婚後なの?」
「わ……私のことはいいのじゃ!」
リリベットが少し顔を赤くして叫ぶと、通りを窺っていたサギリがリリベットたちの方を向いて窘める。
「陛下、そんなに大きな声を上げたら、見つかってしまいますよ」
「む……すむぬのじゃ」
リリベットは素直に謝ると、こっそりと通路を窺い始める。
「ふむ……どうやらアムリタに入るみたいじゃの?」
◇◇◆◇◇
リスタ王国 甘味処『アムリタ』 ──
レオンたちは、店に入ると手近な席に座った。
「この前、食べたプリンはここで買ったんだ」
「そ……そうなんだ? そう言えばサーリャお姉ちゃんが買ってきてくれたケーキも、ここのマークが入ってたなぁ」
そんな会話をしていると、女性店員が席まで来てメニューを渡しながら尋ねてきた。
「はい、メニューをどうぞ~。君たち、学校はもう終ったの?」
レオンたちは少し驚いた顔をしたが、すぐに質問の意味を理解して答える。
「僕たち、まだ入学してないんですよ。今日は慣れるためというか……」
「あははは、そうなんだ。それじゃ、後で来るからゆっくり選んでねぇ」
女性店員は笑顔で手を振りながら席を後にした。
そして微笑ましい光景を見たからか、ニコニコしながらカウンターの店長に話しかける。
「ほら、店長。見てくださいよ、あの子たち可愛いですよね~。今度入学するから慣れるために制服着てるんだって、入学ってことは八歳ぐらいかな?」
「へぇ、サボりだったらどうしようかと思ったけど、慣れるためって……面白いことを、ってあれ!?」
徐々に顔色が悪くなっていく店長に、店員が心配そうな声で尋ねる。
「えっ!? なに、どうしたの店長?」
「い……いや、何でも無いよ。きっと勘違いさっ」
「そ、そうですか? じゃ、注文聞いてきちゃいますね~」
店員はそう言い残して、レオンたちが座るテーブルに向かった。
◆◆◆◆◆
『貯まり続ける仕事』
リリベットたちがレオンとシャルロットを尾行している間、マーガレットは女王執務室の前室でリリベット宛に届けられる報告書などを分別していた。
「まったく陛下は……いくら急ぎの仕事がないとは言え、王子の尾行なんて」
ブツブツ文句を言いながら、書類の優先順位を付けていくマーガレットは、ふと昔のことを思い出した。
「そう言えば、ヘレン様も陛下とフェルト様の仲がどうなったのか、ずっと気にしていらしたな……親子とはそう言うものなのかしら?」
物思いにふけながらも書類の分別を終えたマーガレットは、書類の山を見つめながら呟いた。
「これは……陛下、戻ってきてから大変だな。休憩用にケーキでも焼いておこうかしらね」