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第25話「剛剣公なのじゃ」

 クルト帝国 フェザー領 フェザー家の屋敷 ──


 フェルト・フォン・フェザーを代表とするリスタ王国の使節団は、今回の最後の訪問地であるフェザー公爵の屋敷に訪れていた。言わずとも知れたフェルトの実家である。


 屋敷の前では熊のような大男が待ち構えておりフェルトが馬車から降りると、微笑を浮かべながら近付いて抱きしめてきた。


「はっはははは、よく来たなフェルト! 待っておったぞ」

「いたたた……父上、痛いですっ!」

「おおっと、すまんな」


 フェルトの抗議で手を離したこの大男こそ、剛剣公の名で知られるヨハン・フォン・フェザー公爵、つまりフェルトの父である。ヨハンはキョロキョロと周りを見回すと尋ねる。


「それで嫁と孫は来ておらぬのか?」

「来ているわけがないでしょう。我々は帝都に外交官として行ってきたところなのですよ?」

「なんだ、つまらん……む? おぉ、お前はリュウレじゃないか」


 ヨハンは馬車から降りてきたリュウレを見つけると、手を広げながら彼女に近付いていく。リュウレは咄嗟にフェルトの後に隠れてしまった。


「父上、リュウレが怯えてますから」

「むぅ、仕方が無いな」


 ヨハンからすれば滅ぼした暗殺者ギルドから助けだした娘で、後見人として実の娘のように思っているのだが、当のリュウレはフェルト以外にはあまり懐かなかったのだ。


「まぁよい、皆の者も長旅で疲れたであろう。滞在中は近くにある別館を使うとよい」


 ヨハンがそう言うと、使節団の前に執事とメイドが出て一斉に挨拶をする。彼らに案内されて使節団を別邸へ向かうことになった。フェルトとリュウレは、ヨハンについてくるように言われ、フェザー家の屋敷に泊まることが決まった。



◇◇◆◇◇



 クルト帝国 フェザー家の屋敷 食堂 ──


 その夜、フェザー家で執り行われた使節団を歓迎する宴は、帝都で行われるような豪華なものではなく、最低限の礼節が守られた控えめなものになっていた。初見であれば「歓迎されてないのでは?」と勘違いする者もいるだろうが、剛剣実直を旨とするフェザー家のもてなしは有名なので、使節団に参加するような外交官であれば驚くことはない。


 フェルトが冗談交じりにレオナルドの話をすると、ヨハンは眉をピクリと上げる。


「子供が泣くから連れてこれないだと? はっははは、何を馬鹿な私ほど孫を愛している者など、そうはおるまい?」

「父上は子供たちから自分がどう見えるか、お考えになるべきですよ」


 リュウレはフェルトの横で頷いている。ヨハンは助けを求めるように横にいる女性に話しかけた。


「私が怖いだと……そんなことはないよな? セラーナ」


 その女性は微笑むだけで何も答えなかった。この女性こそがヨハンの妻であり、フェルトたちの母、セラーナ・フォン・フェザーである。下級貴族の出だがフェザー家の侍女として働いているところをヨハンに見初められて結婚、レオナルドとフェルトを産んだ。物静かなところが、どことなくリリベットの母であるヘレンに似ている女性だった。


 妻からの援護を受けれなかったヨハンは、ジョッキを掴むと酒を一気に飲み干してから納得いかない顔をしている。そんな中、セラーナが口を開いた。


「でも、フェルト。(わたくし)もリリベット様や、孫たちと会いたいわ」

「では、母上もおいでになりますか? 歓迎致しますよ」


 その言葉にヨハンが反応する。


「待て、フェルト! 『も』とはどういうことだ?」

「あぁ、まだ言ってませんでしたが、兄上とサリナ皇女が休暇を利用して、リスタ王国へ来るそうなのですよ」

「なんだと!? あやつめ、こちらには全然来ないくせに……仕方がない、それでは私も一緒に行こう」

「ヨハン、領地のことはどうするのですか?」


 思いつきの発言はセラーナに窘められてしまった。ヨハンは唸り声を上げる。


「む……むぅ」

「そう言えば、北方が騒がしいようですね?」


 フェルトが尋ねるとヨハンが頷く。


「そうなのだ、少し目を離すと度々反乱を起こす。何が不満だと言うのやら……」

「旧レグニ領ですか、やはりレグニ侯爵が?」


 オーフェル侯爵に聞いた情報からフェルトなりに考えた質問だったが、ヨハンは少し考えてから答える。


「ふむ、どうだろうな。レグニ侯爵は力押しをするタイプだからな。奴なら、このような回りくどいことはせずに、領土を取り戻すつもりになれば攻めてきそうなものだが」


 レグニ侯爵の一族は、武のレグニと呼ばれるほど武門の一族であり、どちらかと言えば武力をもって事を解決するタイプである。それにフェザー家の密偵が未だに証拠が掴めないことも、レグニ侯爵が首謀者だと決めれない要因になっていた。


「まったく面倒なことだな」


 ヨハンは抱えている問題を思いながら、そう呟くのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 子供部屋 ──


 リリベットが子供部屋に訪れると、レオンとヘレン、そしてマリーがいた。リリベットがソファーに座ると、ヘレンが飛び乗って抱きついてきた。


「かぁさま、あそぼ~」

「うむ、何をして遊ぶのじゃ?」


 リリベットが首を傾げて尋ねると、ヘレンは机の上においてあった箱を持ってきて、リリベットに差し出す。リリベットはその蓋をあげて中身を確認する。


「これは……絵を描く道具のようじゃな?」

「そう、おえかきっ! ヘレン、じゃうずなのじゃ~」

「ほぅ、では母様を描いてくれるじゃろうか?」


 リリベットが尋ねると、ヘレンは二パーと笑うと


「うん、わかったのじゃ~」


 と手を上げながら返事をした。そして、机に紙を広げると一生懸命紙に色を乗せていく。マリーがお茶の用意をしてくれたので、リリベットは描きあがるまでの間にレオンに話しかけることにした。


「もうすぐ学校に通うことになるのじゃ、不安はないか?」

「はい、楽しみです。もう友達も出来ましたし!」


 リリベットは首を傾げると尋ねる。


「ほぅ友達じゃと、母様が知っている子じゃろうか?」

「はい、シャルさんです。今度街を案内することになったんですよ」


 レオンの答えを聞いた、リリベットは納得したように頷く。


「あぁピケルの娘か、仲良くしているようじゃな。……街の案内じゃと?」

「はい、来たばかりであまり知らないみたいなので頼まれました。僕も母様と一緒に行った所ぐらいしかわかりませんが頑張ってみます」


 リリベットはクイクイと指を動かして、マリーを呼び寄せると小声で彼女に尋ねた。


「それは、ひょっとしてデートじゃろうか?」

「ふふふ……どうでしょうね?」


 マリーが含みを持った笑顔を見せるので、リリベットは少し戸惑う。


「ま……まだ、そういうのは早いと思うのじゃが!?」

「まぁ大丈夫ですよ、護衛としてラッツも同行するようなので」

「そ……そうなのか? それなら大丈夫じゃな」


 二人でこそこそと話していると、レオンが首を傾げながら尋ねてくる。


「あの……どうかなさいましたか、母様?」

「い、いや、何でもないのじゃ。うむ、楽しんでくると良いのじゃ」

「はい、ありがとうございます」


 リリベットの許可が下りると、レオンは笑顔を浮かべるのだった。そんなことをしている間にヘレンの絵が出来上がったらしく、紙を掲げながらヘレンが駆け寄ってきた。


「出来たのじゃ~」

「ほぅ、どれどれ?」


 そこには赤い何かと青い何かが描かれていた。リリベットは少し驚いたが、気を取り直して絵を指差しながら


「この赤いのが母様で、この青いのが父様じゃな? そして、この小さいのがヘレンとレオンじゃろう?」

「そうなのじゃ~」

「うむ、よく描けているのじゃ。ヘレンは上手じゃな」


 リリベットに褒められて、得意気に笑っているヘレンを抱き上げるとリリベットが尋ねる。


「ヘレンは、父様がいなくて寂しくないじゃろうか?」

「う~ん? かぁさまがいるから、だいじょうぶなのじゃ~」


 そう言いながら、抱きついてきたヘレンの背中をポンポンと叩きながら、リリベットは優しい笑顔で


「うむ、そうじゃな……母様も、ヘレンやレオンがいるから寂しくないのじゃ」


 と答えるのだった。





◆◆◆◆◆





 『戦う男の顔』


 使節団歓迎の宴が終わった夜、寝室でヨハンが鏡を見つめて色々と表情を変えている。彼女の妻セラーナはそんな夫に問いかけた。


「何をしているのです?」

「う、うむ、そんなに怖いのかと思ってな」


 セラーナはクスッと笑うと、そっとヨハンの頬に触れた。


「怖いのは仕方がありません。貴方の顔は戦う男の顔です。私は好きですよ」


 ヨハンは少し照れたような表情を浮かべると、セラーナを抱き寄せるのだった。

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