第23話「騎士なのじゃ」
リスタ王国 西の城砦 騎士団詰所の広場 ──
西の城砦は先の大戦の主戦場だった場所だ。その戦で崩壊した城壁も十二年の歳月で復旧されていた。
ミュルン・フォン・アイオが治めている東の城砦と同じく都市機能があり、人口などはほぼ同じ構成になっている。今はミュルンの代わりに、ライム・フォン・ケルンというリスタの騎士の副団長が城主を務めていた。
現在、騎士団の詰所に騎士たちが集まっていた。整列した騎士や従士の前に立ったライムは、口上をはじめる。
「諸君、先に通達したとおり、模擬戦を執り行うことになった。相手は東の城砦の騎士たちと、南の城砦の紅王軍だ」
「おぉぉぉぉ!」
騎士たちが声を張り上げる。西の城砦も国境線を脅かす存在がいなくなったことで、長らく平和な状態が続いていたため、こちらの騎士団も存在意義が薄れつつあり、士気が低下しつつあった。
「ただし参加できるのは百名だ。残りは国土防衛という主任務をを継続してもらう。しかし、此度の模擬戦は女王陛下の御前で行われる重要な試合だ。他の隊に引けを取るわけにはいかないのは、言わなくてもわかると思う。ゆえに騎士三十名は、すでに私が選抜させてもらった」
選抜された騎士たちが一斉に剣を掲げる。騎士には三名ずつの従士がいるが、今回は一名ずつの参加が通知されている。
「今日集まって貰ったのは従士諸君の選抜のためである。選抜騎士からは従士を一名指名して貰った。残りの枠は四十名、防衛に残る騎士二十名を除いた百二十名から志願者を募り、試合を行い参加者を決める。志願者は剣を掲げよっ!」
参加資格を持った全ての従士たちは一斉に剣を掲げる。ライムはそれを見てクスッと笑い、同じように剣を抜くと天高く掲げた。
「それでは選抜戦を始めるぞ!」
「おぉぉぉぉ!」
その声は詰所の外まで響き渡り、久しぶりに活気ある騎士団の声を聞いた国民たちは、まるで自分たちのことのように喜ぶのだった。
◇◇◆◇◇
クルト帝国 フェザー領のとある街 城館 ──
帝都近郊の皇帝直轄領を出発したフェルトたち使節団一行は、東に向かい現在はフェザー領のとある街に来ている。フェザー公爵の屋敷があるフェザターンと、帝都を結ぶ都市でフェザー領では二番目に大きな街だ。
フェルトたちが街の城館に訪れると、城主であるオーフェル侯爵が出迎えてくれた。オーフェル侯爵はフェザー公爵の右腕で、長剣のオーフェルという異名をもつ剣豪でもある。フェザー公が軍を動かす際に、もっとも重要な拠点を任されることが多い人物でもある。
「フェルト殿、よく来てくれたね。歓迎するよ」
長い黒髪で歳の頃はレオナルドと同じぐらいの男性が、握手を求めながら話しかけてきた。この男性がオーフェル侯爵である。フェルトは握手を交わしながら挨拶を返す。
「オーフェル卿、お久しぶりです」
挨拶が済むと使節団は召使たちに連れられてそれぞれの部屋に向かい、フェルトはそのままオーフェルの部屋に向かうことになった。
◇◇◆◇◇
クルト帝国 城館 オーフェルの私室 ──
フェザー公は「装飾などに金をかけるより、有事に備えよ」というタイプの武人のため、彼の部下もそれに習って屋敷など殆どは飾り気のないものが多いのだが、この部屋は下品にならない程度の美術品に囲まれていた。
交易の中心地として、商人たちと交流することも多く、多少なりとも彼らの価値基準に合わないといけないのだろう。
オーフェル侯爵は、フェルトをソファーに座らせると自ら棚を開けて飲み物の準備を始めた。
「酒で、よろしいかな?」
そう尋ねてきたオーフェル侯爵に、フェルトは恐縮しつつ答える。
「はい、ありがとうございます」
オーフェルはワインボトルと、グラスを二つ取り出すとフェルトの対面に座り、テーブルの上にグラスを置いて注ぎはじめる。
「どうぞ、軽い食事でも用意させようか?」
「いいえ、結構です」
フェルトは軽く首を横に振って答える。オーフェルは特に気にした様子はなく、ワイングラスを傾けている。
「しかし、本当に久しぶりだね。最後に会ったのが、確か……」
「十五年ほど前ですね。確か帝都で行われた祝賀会の時かと」
フェルトの言葉に頷くと、オーフェルは懐かしむようにフェルトを見つめる。
「あぁ、そうだった。本当に懐かしいな……お互い随分歳を取ったものだよ」
「あはは、そうですね」
その後、お互いの思い出話などをしたあとで、フェルトが最近の動向を尋ねる。
「最近は変わりありませんか?」
オーフェルは少し考えると口を開いた。
「この辺りは帝都に近いから、比較的安定しているけどね。先の大戦でお父上が管理を任されることになった土地では、若干反乱が起きているようだけど残念ながら管轄外でね」
オーフェルは本当に残念そうな口調で語っている。この管理を任された土地というのは、リスタ王国の東の国境に面する皇帝直轄地のことである。つまり旧レグニ領の一部で皇帝の強権によって領地替えとなったため、それなりに反発も起きているのだった。
「父上が忙しいと仰るのも無理はないのか……」
「そう言えば休暇が欲しいとぼやいていたね。叛乱など私に任せていただければ、すぐにでも平定してみせるのだけど」
そもそも武力を持って支配するのなら、大陸最大の軍を持つフェザー公であれば半年も掛からず平定しているはずである。未だに反乱が起きているということは柔和策を取っており、さらに裏で反乱の糸を引いている連中がいるのだろう。
考えられる候補としては、領地を奪われたレグニ侯爵が有力だった。民衆に反乱を起こさせてフェザー公爵に管理能力がないと意識付け、折を見て皇帝に直訴するつもりなのだろう。しかし、フェザー家の諜報能力でも証拠が掴めないというのもおかしな話だった。
フェルトが少し考え込んでいると、オーフェル侯爵はクスッと笑った。それに気がついたフェルトがはにかむと首を傾げて尋ねる。
「どうしたのですか、オーフェル卿?」
「いや、そうして考え込んでいらっしゃると、レオナルド宰相閣下とよく似ておいでだと思ってね」
「そ……そうですか?」
確かに顔立ちは似ているが、幼少のころから偉大すぎる兄比べられて過ごしてきたフェルトは、あまり似てると言われたことがなかったので少し照れていた。
オーフェルは、パンッと手を叩いてから話を切り替えた。
「さて、そう言えばまだ予定を聞いていなかったけど、この街への滞在はどの程度かな? フェルト殿さえ良ければ、いつまでも居ていただいて構わないのだが?」
「いえ、明日には発つつもりです。父上が待っておりますので」
「そうか、それは残念だね。では、せめてシェフ長に今日の食事は、存分に腕を振るうように伝えるとするよ」
オーフェルはそう言いながら、テーブルに置いてあるベルを鳴らした。しばらくして、メイドが一人入ってきた。
「フェルト殿を部屋まで案内するように」
「はい、かしこまりました」
メイドはカーテシーでフェルトに一礼すると、フェルトとともに部屋から出て行った。
その晩、オーフェル侯爵の歓待を受けた使節団一行は、翌日にはフェザー公が待つフェザターンに向けて出発するのだった。
◆◆◆◆◆
『フェザー公爵軍の雄』
フェザー公爵軍、大陸最強と謳われるフェザー公爵が率いる領主軍である。大陸が安定してから大規模な出陣はなくなったが、今でも戦場にフェザー家の紋章が翻れば逃げ出す傭兵たちが沢山いる。
そんな公爵軍が、最後に大規模な軍事行動を行ったのは今から十二年前の大戦、いわゆる「幼女王の聖戦」と呼ばれている戦だ。フェザー公爵はサリマール皇帝の命を受け、リスタ王国を包囲していた一角であるレグニ領に侵攻を開始。
それに慌てたレグニ侯爵軍は包囲を解き、南部に配置している兵を総動員してフェザー公爵軍と対峙することになった。
対峙する大軍を見つながら、フェザー公爵は不適に笑う。
「はっははは、これほどの大軍と相見えるとは、なかなか無い機会だぞ」
「はっ! 胸が躍ります」
そう答えたのは若き日のオーフェル侯爵だった。フェザー公は右手に持った大剣セラフィムを掲げると、騎士たちを鼓舞していく。
「我らこそが最強である! 我々はそれ信じているが、それを証明する時が来たのだ!」
「おぉぉぉぉぉ!」
騎士たちは手にした武器を掲げて声を張り上げている。それを満足したように頷くと、フェザー公はセラフィムの切っ先をレグニ軍に向け、馬を走らせながら叫んだ。
「では、征くぞ! 全軍、我に続けぇ!」
この戦いは結果的にはフェザー家の圧勝に終った。この戦で大きな活躍をしたオーフェル侯爵は、長剣のオーフェルとして名を馳せることになったのである。