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第20話「皇帝なのじゃ」

 クルト帝国 エンドラッハ宮殿 謁見の間 ──


 皇帝の御所であるエンドラッハ宮殿の謁見の間は、リスタ王国の謁見の間(それ)とは比べ物にならない程、巨大かつ豪華な造りになっており、その何人(なんびと)をも圧倒する空間の中を、やや俯き気味にフェルトが歩いていた。彼の両隣には漆黒に金で飾りを施された鎧を着ている皇軍の兵士がズラリと並んでいる。


 フェルトは敷いてある絨毯の色が、変わるところまで進むとその場で傅いた。皇帝の側にいた大臣風の男性が、高らかに所属と名前を宣言する。


「リスタ王国 外務大臣フェルト・フォン・フェザー殿でございます」


 玉座に座る皇帝は、右手を軽く上げながら告げた。


「面を上げよ」


 その言葉にフェルトがゆっくりと顔を上げると、皇帝は嬉しそうに笑みを浮かべる。


「久しいな、フェルトよ。息災だったか?」

「はい、サリマール様もお元気そうで、なによりでございます」


 形式ばった挨拶ではあったが、その雰囲気は友人同士の再会といった感じで穏やかなものだった。サリマール皇帝は王笏で地面を突き、カーン! という音を打ち鳴らすと玉座から立ち上がった。


「ふむ、面倒な外交的な儀礼は果たした。後は余の部屋で話すとしよう……フェルトよ、ついて参れ」


 クルト帝国サリマール皇帝とフェルトは若い頃からの友人であり、レオナルドがサリナ皇女と結婚したことで義理の弟でもあった。しかし、体面を気にする大臣たちから儀礼を守るように言われ、仕方がなく謁見の間で挨拶を受けるという茶番を演じたのだった。


「レオ、お前も来い」

「はっ」


 サリマール皇帝はレオナルド宰相にそう告げると、そのまま奥に向かって歩き出した。その後をレオナルドとフェルトが後に続くのだった。



◇◇◆◇◇



 クルト帝国 エンドラッハ宮殿 皇帝の私室 ──


 サリマール皇帝が廊下を歩いている間に、従者たちが王冠やマント、王笏などを次々と持って行き、彼が部屋に戻る頃には普通の貴族風の格好になっていた。


 皇帝の部屋は数十人入っても問題がないほど広さがあり、帝国の贅の限りを尽くした美しい装飾に囲まれていた。サリマールはソファーに腰掛けると、近くにいた執事に軽く指で合図する。


 その執事は扉の前で振り返り挨拶をして、そのまま部屋から出て行った。そしてサリマールは、フェルトたちに対面のソファーを勧める。


「お前たちも座るがよい」

「はい」


 フェルトとレオナルドも同じように座ると、サリマールが深いため息と共に口を開いた。


「まったく皇帝であるというのも疲れる。こんなものになりたい奴らがいるなど気がしれんな」


 その言葉にフェルトは苦笑いを浮かべるが、レオナルドは首を横に振ってその行動を諌めた。


「陛下、弟は他国の者ですので、あまり羽目を外さぬように……」

「いいではないか、余とお前たちの仲だ」




 その後、仲の良い友達のように昔話や近況について歓談する三人だったが、ふとサリマールが暗い顔をしてフェルトに言った。


「お前は、幸せそうでよいな」

「突然どうしたのですか?」


 突然の発言にフェルトが驚いて尋ねる。サリマールは心底面倒そうな表情を浮かべながら答える。


「いやなに……最近はどいつもこいつも、余に后を持てとうるさいのだ。特にうるさいのがこいつだが」


 と言いながらレオナルドを指差す。レオナルドは心外といった様子で首を横に振る。


「それは当然でございましょう。私は帝国宰相として、陛下を諌めなければならない立場ですから、その御歳になるまで正室を取らないなど許されることではありません。いい加減に覚悟を決めてください」

「えぇぃ……正室などおらぬでもあの娘たちがいるではないか、余は彼女たち全員を愛しておるぞ」


 サリマール皇帝は現在三十六歳だが未だに正式な妻を娶っておらず、寵愛する五名の側室がいる。それに、貴族から贈られてきた名前も覚えておらぬ者たち数十名もおり、子供も三人いるが全て娘だった。


 帝国臣民としては早々に世継ぎを作り、帝国の体制を磐石なものにして貰いたいのだが、サリマール皇帝はなかなか頷かないのである。


「側室は、あくまでお世継ぎを作るための保険でございますが、別に側室の方々から選ぶなとは申しておりませんでしょう? 陛下がよろしければ、早々に側室から一人をお選びください」

「むぅ……正直貴族連中の権力争いに、つき合わされるのは面倒だ。おぉ、そうだ! フェルトよ、お前娘がおっただろう? もう、それでよいのではないか?」


 いいアイディアだと言わんばかりに尋ねてきたが、フェルトは呆れた表情で答える。


「サリマール様、娘のヘレンは三つでございますよ」

「三つか……三十三歳差だな」


 わりと真剣な様子で考え込むサリマールに、フェルトは満面の笑顔を浮かべながら


「悩んでも、娘は差し上げませんよ」


 と答えるのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 子供部屋 ──


 フェルトがサリマール皇帝の会談しているころ、リリベットは公務を一段落させて子供部屋に訪れていた。へレンが眠った隙に、レオンとラリーは修練場に剣の稽古に行ってしまったため、部屋には昼寝から目覚めたばかりのヘレンとマリーが残っていた。


「ヘレン、寝ていたのじゃな」

「ん~? かぁさま?」


 眼を擦りながらヨタヨタとリリベットに近付き、スカートにしがみついた。リリベットはしゃがむとヘレンを抱き上げた。ヘレンはリリベットの胸に頬を寄せて


「ふかふか~」


 と嬉しそうに笑った。そんな娘に優しく微笑むと、リリベットはヘレンを抱いたままソファーに座る。マリーはスッと立ち上がると、お茶の準備を始めた。


「今日は何をしていたのじゃ?」

「ん~? おままごと~なのじゃ~」

「ほうほう、おままごととな?」


 マリーはその可愛らしい様子に、クスッと笑ってテーブルに紅茶を置いた。リリベットは首を傾げながらマリーに尋ねる。


「おままごととは、どんな遊びなのじゃ?」

「ごっこ遊びでございます。それぞれの役を演じる幼児向けの演劇と思えばわかりやすいかと……」


 マリーはリリベットの側付きメイドとして、幼少の頃から一緒にいたためリリベットが「ままごと」を知らないことに対して驚かなかった。リリベットは二歳で王位についたので同年代の友達は八歳になるまで出来ず、当然ままごとなどやったことがなかったのである。


「なるほど、演劇か……ヘレンは何の役をやったのじゃ?」

「かぁさまのやく~なのじゃ~」


 ヘレンは二パーと笑いながら答えた。リリベットは微妙な顔をしたが、マリーに助けを求めるように見つめる。


「ヘレン様が陛下、レオン様がフェルト様、ラリーが夫の役でございました」

「おぉ、なるほどなのじゃ」


 ようやく理解したらしく、リリベットはうんうんと頷く。


「それで、どんな劇なのじゃ? 母様にも見せて欲しいのじゃ」

「うん、いいよ~。じゃ、かぁさまがとぉさまの役ね~」

「うむ、任せるとよいのじゃ?」


 リリベットが少し首を傾げながら言うと、ヘレンは少し離れてから再びリリベットに抱きつきた。


「大好きなのじゃ~」


 突然の告白にリリベットが驚きながら首を傾げると、ヘレンは少し怒った様子で口の端を吊り上げる。


「『ぼくもだよ、リリー』でしょ!」


 娘が何に対して怒っているのかわからず、困惑して再びマリー助けを求める。マリーはクスッと笑って答えてくれた。


「ヘレン様は、陛下たちがいつもしている行動を真似ているのですよ」

「真似ているじゃと……いやいや、そんなことはしてないじゃろう?」


 マリーはしゃがみ込んで、ヘレンの目線に合わせると彼女に尋ねる。


「よくやってますよね~?」

「ね~」


 二人は楽しそうに笑っていたが、リリベットだけが自覚がないのか、いまいち納得できていない様子だった。





◆◆◆◆◆





 『ラリーの役職』


 ままごとの話をしている時、リリベットはふと気になりマリーに尋ねた。


「そういえば、ラリーはどんな役だったのじゃ? ラッツ役だったらしいが……」


 マリーは少し困ったような表情を浮かべて答える。


「えっと……立ってましたね」

「立ってたじゃと?」

「はい、ずっと陛下役のヘレン様の側について回ってました」


 その答えにリリベットは微妙な表情を浮かべると


「ラッツにも息子の前で、良いところを見せる機会を与えたほうがよいじゃろうか?」


 と呟くのだった。

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