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第19話「女医なのじゃ」

 リスタ王国 地下坑道 ──


 リスタ王国の統治はリスタ王家三代に渡り、建国五十四年を迎えている。


 この国の地下に住んでいるドワーフたちは、初代国王の「地上に被害がなければ好きに拡張してよい」という契約に従い、建国時から延々と坑道を掘り進め、今では巨大な迷宮のような坑道になっている。


 彼らは基本的に王国の出来事には無関心で、酒や材料を買いに外に出てくる以外はあまり外に出てこない。あとは鍛冶仕事としての交流ぐらいで、地上が戦場になろうと特に気にしなかったのである。


 しかし、十二年前の大戦では、彼らが造った最高傑作であるグレート・スカル号が、帝国艦隊に航行不能にされると、ひどくプライドを傷つけられたのかドワーフたちは態度を一変、リスタ王国の援軍として加勢に現れたのだ。


 それ以来、以前よりは交流があるのだが、それでも偏屈なドワーフたちは地下でひたすら鎚を振るっているのが日常になっている。


 そんなドワーフたちが、せっせと拡張した坑道に侵入してしまったシャルロットだったが、さっそく迷子になっていた。


 点在する魔導式ランタンの灯り以外は、目印もなく方角もわからない坑道である。泥や煤だらけの壁に手を付きながらトボトボと歩いているが、急に寂しくなったのか涙目になりしゃがみ込むシャルロット。


「ここ、どこよぉ~」




 しばらくして落ち着くと、気合を入れ直して立ち上がった瞬間、闇の先が揺らめいた気がした。


「誰、そこに誰かいるの!?」


 シャルロットの声に反応したのか、暗闇の中から毛むくじゃらな生物が現れ、驚いたシャルロットはそのまま気を失ってしまった。毛むくじゃらはノソノソと歩き、ランタンの灯りのところまでくると全身が映し出された。それはヒゲの塊でありドワーフの職人だった。


 ドワーフは気絶しているシャルロットを見下ろすと


「なんじゃぃ、この泥助はぁ? 子供は来ちゃいけないって言われてるだろぉがぁ?」


 とため息をついて、彼女を担ぎ上げて暗闇に消えていくのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 地下専用港 ──


 リスタ王国の王城地下にある専門港には、丁度グレート・スカル号が停泊しており、船乗りたちが積荷を降ろしていた。


 そこにシャルロットを担ぎ上げたドワーフがノソノソと現れると、泥だらけの彼女を地面に下ろした。地下専用港とドワーフたちの工房『土竜の爪(ドリラー)』が、繋がっているのは知っていたが、普段姿を現さないドワーフが来たことに船乗りたちは驚いていた。


 しかし、そのドアーフは船乗りたちに向かって


「おぃ、また子供が入ってきてたぞぉ、気をつけろぉ」


 と言い残して、さっさと坑道のほうへ帰って行ってしまった。突然、少女が送り届けられたことに驚いた船員たちは、シャルロットに駆け寄ると揺すりながら声を掛ける。


「おいっ! 君、大丈夫か?」


 しかし、シャルロットの意識は一向に戻らなかったので、近くで作業を監督してた財務省の文官にこの事を伝えた。


 文官は突然のことに困った表情を浮かべたが、気を失っている少女を放っておくわけにもいかず、王城の医務室へ運ばれることにしたのである。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 医務室 ──


 医務室に運び込まれたシャルロットだったが泥だらけだったため、軽く診断したあと命に別状がないと判断され、メイドたちによって風呂場に連れて行かれてしまう。そしてお湯を掛けられた瞬間飛び起きたが、わけのわからないまま全身を隅々まで洗われてしまったのだった。


 そして、ワンピース型の病衣に着替えさせられたシャルロットは、他人に身体を洗われたことへの羞恥心で顔を俯きながら、大人しく医務室の椅子で座っている。彼女を診断した女医は軽く頷くと診断結果を伝える。


「外傷もないし、意識もしっかりしている……まぁ問題ないだろう」


 この女医の名前はルネと言い、かつて王室の典医をしていたロワの孫娘である。以前はグレートスカル号の船医をしていたが、ロワが引退を決めたあと後継としてルネが典医についたのだ。産科の知識も持っており、レオンやヘレンの出産に立ち会ったのも彼女である。


 なぜか気落ちしているシャルロットにルネは首を傾げ、彼女の服の端を掴むとスカートを引っ張りあげるように一気に捲り上げた。


「ん~? 怪我とかはしてないよな?」

「きゃぁぁぁぁぁぁ!」


 突然のことにシャルロットは、絹を切り裂いたような叫び声を上げる。ルネは長い間、船医として海賊たちに囲まれていたため、少々デリカシーが欠けているのだ。


 叫び声を聞いて、リリベットたちが診療室に入ってきた。丁度シャルロットが担ぎ込まれたと聞いて、様子を見に来ていたのだ。


「な……なんの叫び声なのじゃ!?」

「いえ……ちょっと他に外傷がないか確認しようかと……あぁ、失礼」


 ルネは説明しながら、リリベットの後ろにいる人物に気がつくと、捲りあげていたシャルロットの服を戻した。シャルロットはルネを睨みつけたが、その視線の端に少し顔を赤くして、シャルロットから視線を逸らせているレオンの姿が見えた。


 その瞬間顔を真っ赤に染めて、先ほどより大きな叫び声を上げると、そのままベッドに潜り込み頭の先からシーツをかぶって隠れてしまった。


「もう嫌……死にたい」


 そう呟いたシャルロットに対して、リリベットもルネも首を傾げ、唯一レオンだけが謝罪して部屋から出て行く。


「いったい、どうしたのじゃ?」

「さぁ?」


 デリカシーが海賊基準のルネに、羞恥心の基準が王族のリリベットである。シャルロットの繊細な乙女心などわかるはずもなかった。


「よくわからぬが、サーリャを呼びに使いを出したのじゃ。彼女が来たら一緒に帰るとよい、今後は坑道には近寄らぬようにするのじゃぞ?」


 と言い残して、リリベットも診察室から出ていくのだった。



◇◇◆◇◇



 クルト帝国 帝都 薔薇の離宮 ──


 しばらく後、クルト帝国の帝都に着いたフェルトたちは、すでに夜になっていたためレオナルドが居住しているサリナ皇女の離宮に迎え入れられていた。皇軍は帝都の前まで同行すると、フェルトたちと別れ皇軍用の通路を通りエンドラッハ宮殿の駐屯地へ向かった。


 使節団はそれぞれの部屋に通され、フェルトとリュウレはサリナ皇女と会っていた。


「お久しぶりです、サリナ皇女殿下」


 サリナ皇女の手を持って、フェルトの丁寧な所作の挨拶だったが、彼女は少し不機嫌そうな顔をする。


「こちらこそお久しぶりですね、フェルト様。義弟(おとうと)が来ると楽しみにしてましたのに、義姉上(あねうえ)とは呼んでくださらないのね?」

「ははは、貴女のような若く美しい方を、義姉上(あねうえ)と呼ぶのは抵抗がありまして……」


 彼らの年齢は、フェルト三十歳、サリナ皇女が二十八歳である。フェルトは照れるように笑いながら誤魔化した。


「それに奥様は、やはり来ていないのね?」

「はい、リリーも一度、皇女殿下や兄上とはお会いしたいと申しておりますが、何分勝手が出来ない身ですので……」


 残念そうに答えたフェルトに、サリナ皇女は軽く手を叩いて隣にいたレオナルドに向かって提案する。


「それなら私たちが会いにいきましょうよ、レオ。是非義妹(いもうと)に会ってみたいわ」

「む……そうだな、いや、やはり難しいのではないかな?」


 帝国宰相であるレオナルドが帝都を離れるのも問題だが、皇族であるサリナ皇女が他国に向かってなにかあった場合、かなりの国際問題になる。それでもサリナ皇女はレオナルドを見つめながら


「ダメ……ですの?」


 と少し甘えた口調で囁いた。これにはレオナルドも白旗を上げるしかなかった。


「わかった、一度陛下に尋ねてみるよ」


 その様子にフェルトは眼を丸くして驚いていた。あの誰にも負けることはないと思っていた偉大なる兄が、妻に甘えられて説得されている姿など想像もできなかったからである。そんなフェルトの袖をリュウレがクイクイと引っ張る。


 フェルトがリュウレの方を見ると、彼女はボソリと呟いた。


「フェルト様も、あんな感じ……」





◆◆◆◆◆





 『ルネ先生とヘレン』


 シャルロットが担ぎ込まれたと聞いた時、リリベットは子供たちと過ごしていた。リリベットが様子を見に行ってくると言うと、レオンも「シャルさんが心配」だからとついて行くことになった。


 そして、ヘレンが急に立ち上がったリリベットに尋ねる。


「かぁさま、どこにいくの~?」

「うむ、シャルロットを見舞いにルネの所なのじゃ、ヘレンも行くか?」


 ヘレンはルネの名前が出た瞬間、怯えた表情でマリーに抱きついて嫌々と首を振っている。彼女にとってルネは苦い薬を飲ませ、痛い針を刺してくる相手なのである。


 こうしてリリベットは、レオンだけ連れて診療室に向かうことになったのだった。


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