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第18話「潜入なのじゃ」

 クルト帝国 街道沿い ──


 フェルトたち使節団がポート領を出て街道を進んでいると、帝都の外郭防衛線である砦の一つに辿りついた。砦には二百~三百人の兵が常駐しており、関所として通行人の出入りを見張っている。


 フェルトが乗っている馬車には、リスタ王家の紋章が描かれており、通常は外交的儀礼から関所で止められるようなことはないが、この関所では何故か止められてしまった。


 不思議に思ったフェルトが馬車から降りると、いかにも新兵といった感じの歳若い女兵士が、緊張しているのか若干震えながら立っていた。そして、やや上ずった声で


「こ……ここからは皇帝陛下の領土である! 身分がわかるものと、つ……通行証ぉ、見せるようにっ!」


 フェルトはクスッと笑って馬車の中のカバンから、帝国側が発行しておいてくれた通行証を抜き取ると、その新兵に差し出した。


「これでよろしいですか?」

「み……身分のわかるものは!?」


 フェルトが少し困った顔をすると、怪しんだ新兵は彼に槍を向けてきた。しかし、その瞬間後ろから拳骨が振り下ろされるのだった。


「この馬鹿者がぁ!」


 新兵は頭を押さえて蹲る。彼女を殴ったベテラン騎士は、フェルトに対してすごい勢いで頭を下げる。


「申し訳ありません! こいつ、南部の田舎から出てきたばかりでして……リスタ王国の外務大臣フェルト・フォン・フェザー様ですね。帝都から速やかかつ安全に、帝都にお連れするように連絡を受けております」

「いえいえ、彼女は仕事をしただけですから、あまり怒らないであげてください」


 フェルトは特に気にしてないというジェスチャーをしながら、通行証を受け取ると新兵を助け起こして


「君、大丈夫だったかい? これからも頑張ってね」


 とウィンクをして馬車に乗り込むのだった。そして、砦から現れた帝国の騎兵が二十騎ほど護衛に付き、そのまま帝都に向かって移動を開始した。


 それを見送りながら、その新兵は少し顔を赤くして


「カッコいい人だったなぁ~」


 と呟いたのだった。



◇◇◆◇◇



 クルト帝国 帝都近郊の街道 ──


 砦を抜けたフェルトたちの使節団は支城がある都市に一泊したあと、さらに帝都に向けて進んでいた。そろそろ帝都を囲んでいる長大な城壁が見えてくる頃である。


 しばらく走っていると馬車が急に停止し、護衛の近衛隊員が慌てた様子でフェルトとリュウレが乗っている馬車に入ってくる。


「そんなに慌てて、どうしたんだい?」

「はい、それが前方にかなりの数の集団が現れまして、どうやら皇軍のようなのですが……」


 皇軍とは皇帝直属のエリート集団で、大陸最強の軍隊である。彼らは皇帝の命令のみ従うと言われている。


「皇軍? まさかサリマール様が?」


 フェルトはそう言いながら馬車の外に出て、遠くに見えている集団を見つめる。確かに皇軍の証である『黒地に黄金の龍』の旗を掲げていた。その集団から黒馬に乗った貴族らしい人物が、一人で近付いて来ている。


「あれは……」


 その金髪の男性は、すぐにフェルトたちのところまで駆け寄ってきた。そして馬から降り、フェルトを見つけると笑顔で握手を求めてきた。フェルトもそれに笑顔で応じる。


「久しぶりだな、フェル」

「はい、兄上も」


 この金髪の男性は帝国宰相レオナルド・フォン・フェザー、フェルトの兄であり、皇帝の妹であるサリナ皇女と結婚したため、帝国皇帝サリマールの義理の弟でもある。


 十年前はフェルトより一廻りは大きかった身体も、フェルトの成長と共に差はなくなっており、兄弟で顔も似ているため、違いと言えば髪が長いぐらいだった。


「しかし、どうして兄上がここに?」

「どうしてって、お前を迎えに来たのだよ。サリマール様も大変お待ちだぞ」


 幼少の頃からレオナルドは天才と呼ばれており、リスタ王国宰相のフィンと同じく、すべて自分で仕事をこなしてしまう傾向があったため、いつも多忙だったのだが最近では下の者たちを上手く使い、時間を作ることを覚えたようだ。


 その陰にはサリナ皇女の助けがあったと噂があるものの、レオナルドが急に態度を変えた理由は謎とされている。


 こうして兄弟の再会を果たしたフェルトたち一行は、皇軍に守られながら帝都に向かうのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 裏通り ──


 その頃、大通りから少し外れた裏通りを、シャルロットが歩いていた。最近の彼女は必死に勉強に勤しんでおり、ちょっとした息抜きとして外に出かけたのである。


 シャルロットが、こんな裏通りに来ているのには理由があった。サーリャに「リスタ王国の歴史」の授業を受けているときに「リスタ王国にある、もう一つの都市」の話を聞いて興味を持ったのだ。


 この「もう一つの都市」とは、建国時から住みついているドワーフたちの王国のことで、建国時から今に至るまで地下に複数の坑道を掘り、まるでもう一つの街のようになっているらしいのだ。


「えっと……確かこの辺に?」


 坑道への入り口は、リスタ王国各地に点在しているが巧妙に隠してあり、サーリャに聞いても場所は教えてくれなかった。そもそも子供は迷う危険性があるため、ドワーフとの約束で、坑道には侵入してはいけないことになっているのだ。


 しかし、子供というのは好奇心旺盛であり、そんな話を聞けば捜すに決まっている。そこでシャルロットは、一緒にサーリャの授業を受けていた子供たちに場所を聞きだし、ちょっと場所だけ確認しようと裏通りまで来たというわけだ。


 シャルロットは、裏通りの一角に人が数人入れそうな鉄製のボックスを発見した。


「これかな?」


 そう呟くと、その箱の蓋の取っ手を掴み開けようと試みるが、鍵のようなものは掛かってないが重くて持ち上がらなかった。


「ぐぬぬぬ……開かないじゃない!」


 シャルロットは苛立ちながら鉄の箱を蹴り飛ばした。ごわーんという鈍い音が鳴り響く。


 この重さの蓋が子供たちでは持ち上がらないため、子供の侵入を防ぐ門の役割をしているのだ。しかし、その障害がシャルロットの冒険心、つまり海賊魂に火をつけてしまうのだった。


 彼女は近くに転がっていたロープを拾い上げると、取っ手に頑丈に結び付ける。この特殊な結び方も船乗りなら誰でもできるものだった。


 さらにマスト登りの要領で、柱を伝って屋根の上まで上がると、煙突にロープを回して自分の身体にも結びつける。そしてロープの長さを調整して懸垂下降の応用で引っ張りながら地面に降りていく。いくら軽いと言っても全体重をかけられた蓋は、重い音を響かせながら徐々に開いていく。シャルロットは、そのまま箱の中に飛び込むとロープを巻きこんで蓋が閉じてしまった。


「やったぁ!」


 侵入に成功にシャルロットは飛び跳ねながら喜んだが、すぐに問題に気がついたのだった。鉄製の蓋が重すぎて中から開けることができなかったのである。


「開かないじゃないっ! ……こうなったら奥に進むしかないか」


 鉄の箱の中は地下へと続く階段になっており、魔導式のランタンがあるため暗くはなかった。しかし、吹き込んでくる風が何とも不気味な雰囲気を醸し出していた。


 シャルロットは生唾をごくりと飲み込むと、覚悟を決めてゆっくりと地下に向かって歩き始めたのだった。





◆◆◆◆◆





 『すれ違い』


 なし崩し的に結婚したレオナルドとサリナ皇女だったが、新婚早々すれ違いの生活をしていた。レオナルドは彼なりに彼女を愛していたが、前宰相の暗殺により宰相になってから間もなかったことも相まって、ほとんどエンドラッハ宮殿で働き詰めの生活を送っていた。


 そのことを不満に思っていたサリナ皇女だったが、それでも彼の邪魔はしたくないと我慢していた。しかし、伝え聞こえてくる義弟夫婦の仲睦まじい結婚生活の話を聞いて、いよいよ我慢できず感情のままレオナルドに心情を告白した。


 それに驚いたレオナルドは、それまでの生活を省みて徐々に生活習慣を変え、サリナ皇女との時間を取るようになり、今では誰もが羨む夫婦として宮中でも噂になるほどになったのである。

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