第169話「リスタの子なのじゃ」
リスタ王国 王城 南バルコニー ──
リスタ祭の準備も順調に進み、開催を翌日に控えていた。リリベットは眠る前に少し外の空気が吸いたいと、フェルトとマーガレットを連れて城下が望める南バルコニーに来ていた。
すでに臨月を迎えており、ゆったりとしたドレスでもお腹の膨らみがはっきりとわかる。フェルトはマーガレットが持ってきたローブを受け取ると、それをリリベットの肩に掛けた。
「身体を冷やすのはよくないよ、リリー」
「うむ、少しの間だけなのじゃ。祭の前のこの雰囲気が好きなのじゃ」
夜だと言うのに城下の明かりは灯り続けており、祭の準備を進めている国民の活気ある声が、風に乗って聞こえてくる。その活気が国自体の息吹として感じられるから、リリベットはこの雰囲気が好きだった。
リリベットは膨らんだお腹を擦りながら、町の明かりを見つめる。
「この国も私たちの愛しい子と同じ……共に健やかに育って欲しいと願っておるのじゃ」
「そうだね。その子が大きくなる頃には、もっと豊かな国になってるいるさ」
リリベットの隣に立ったフェルトが、微笑みながら言うと彼女も微笑み返した。しかし、リリベットが急に蹲って苦しみだした。
「うぅ……」
「リリー、大丈夫かい!? マーガレット、ルネ先生をっ!」
「は、はいっ!」
リリベットに駆け寄ったフェルトがマーガレットに叫ぶ。マーガレットはすぐに駆け出したが、リリベットは額に汗をかきながらフェルトの袖を掴む。
「そ……そんなに心配しなくても……大丈夫。子供が生まれるだけなのじゃ」
リリベットは無理やり微笑むが、すぐに苦痛に顔を歪める。しばらくして駆けつけたルネの指示で、リリベットは寝室に運ばれることになった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 女王寝室の前室 ──
翌朝リリベットの分娩は終っておらず、その寝室では夫であるフェルトと、侍医のルネが出産に立ちあい、手伝いとしてマーガレットを含む女王付きメイドたちが駆け回っていた。
マーガレットは、他の女王付きメイドたちに指示を出していく。
「部屋の温度を下げないように! 水と炎の魔石の予備を持ってきて!」
「は、はいっ!」
「汚れたシーツはすぐに運んで、綺麗なシーツを!」
「わかりました!」
まるで戦場のような状況で、昨夜から働き続けているメイドたちだったが、寝室から聞こえてくる苦しそうなリリベットの声に奮起して動き続けていた。
「陛下、頑張ってください……」
マーガレットは祈るように呟くと、真新しいシーツを手に寝室に入っていく。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 南バルコニーの通路 ──
リリベットの出産は最終段階に達していたが、フェルト以外の諸大臣と宰相フィン、そして王太子のレオンはリスタ祭のセレモニーに向けて動いていた。
宰相フィンは、緊張した様子のレオンを見つめて尋ねる。
「殿下、大丈夫ですか?」
「は……はい」
「陛下のことが心配かもしれませんが、あちら側はルネ殿とマーガレット殿がついています。彼女たちなら必ず成功させるでしょう。殿下はリスタ祭の成功させることだけをお考えください」
レオンは黙って頷く。元より覚悟を決めていたはずのレオンだったが、急に始まった母の出産に少なからず動揺していたのだ。レオンは深呼吸を繰り返すと、少し落ち着いてきたのか目を瞑って祈るような仕草をする。
ヘンシュ大臣が懐中時計を見ながら、宰相フィンに合図を送ると
「殿下、お時間のようです。準備はよろしいですか?」
「はい!」
その返事を待ってフィンは、手を上げてヘンシュ大臣に合図を送った。合図を受け取った彼は音楽隊に指示した。それに合わせて開催を報せるファンファーレが空高く響き渡った。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 南バルコニー ──
ファンファーレと共に、正装をしたレオン王子と宰相フィンが特設スネージに上がる。二人の姿を見た国民たちは、盛大な拍手と共に大きな歓声を送る。
「リスタ王国、万歳!」
「レオンさま~!」
「おぉぉぉぉぉ、リスタ王家万歳っ!」
その大きな歓声に応えるべく、レオン王子は大きく手を振る。普段はあまり手を振ったりしないフィンも軽く手を上げて応えていた。
ヘンシュ大臣から宝玉を受け取ったレオンは、予定通りに『王の言葉』を始めた。
「国民の皆さん、リスタ王国女王リリベット・リスタが名代レオン・リスタです。本日は我が国にとって晴れの日になります。僕は王家の一人として、この日を迎えられたことを嬉しく思います」
宝珠によって王都全域に伝わるレオンの言葉に、国民たちは大いに盛り上がっていた。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 女王寝室 ──
レオンの演説が始まる少し前、リリベットの寝室では産声が響き渡っていた。
「ぉぎゃぁぁぁぁ! んぎゃぁぁぁぁ!」
荒い息を吐いているリリベットから、侍医のルネが取り出したのは可愛らしい女の子だった。リリベットを励ますために、ずっと声を掛け続けていたルネはやや掠れた声で報告する。
「陛下……女の子です。可愛らしい女の子ですよ」
その言葉に昨日の深夜から頑張っていたリリベットも、ようやく笑顔を見せる。付き添っていたフェルトは、ルネから娘を受け取るとリリベットの横に寝かせて微笑む。
「リリー、ありがとう……頑張ったね」
「ふふ……元気な子なのじゃ……」
泣いている娘を愛おしそうに触れて、リリベットが目を細める。しかし体力がもう限界なのか、弱々しい口調でマーガレットを呼ぶ。
「マーガレット……頼むのじゃ」
「はい、陛下。お任せください」
マーガレットはそう返事をすると、リリベットたちの娘を抱いて、沐浴させるために前室に向かった。リリベットは、その背中を見送ったあとフェルトに尋ねる。
「フェルト……名前は何がよいじゃろうか? お主のことじゃから……案ぐらいはあるじゃろう?」
「うん、女の子だったし、エリーゼはどうかな?」
その言葉にリリベットは少し驚いた顔をする。しかし、すぐに微笑を浮かべた。
「エリーゼ……エリーゼ・リスタか……お婆様と同じ名前じゃな……いい名前なのじゃ」
「よかった、気に入ってくれたみたいだね」
「うむ……レオンにも伝えて欲しいのじゃ」
フェルトは頷いて、リリベットの額にキスをする。
「わかった、すぐに伝えるよ。だから、リリーは少し休むんだ」
「そうさせて……貰うのじゃ……」
リリベットは、そう言って力尽きるように瞼を閉じたのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 南バルコニー ──
レオンが『王の言葉』を伝えている最中に、一つの伝言が飛び込んできた。レオンはその伝言に驚いて言葉が詰まらせてしまったが、すぐに気を取り直して国民に対して報告を続けた。
「……失礼しました。僕にも皆さんにも、よいお知らせが届きました。母、女王リリベット・リスタが先ほど出産、母子ともに健康とのことです。生まれたのは女児で、名をエリーゼと名付けられたとのことです」
その言葉に国民たちは、割れるばかりの歓声を上げる。
「おぉぉぉぉ、女王陛下万歳!」
「リリベット様、おめでとうございますっ!」
「こんな日に生まれるなんて、リスタの子だっ!」
「エリーゼ王女万歳っ!」
大興奮の国民の歓声はなかなか止むことがなかったため、レオンはそのまま開催の宣言をすることにした。
「それでは、ここにリスタ祭の開催を宣言しますっ!」
そのままなし崩し的に始まったリスタ祭だったが、エリーゼ誕生と相まって近年稀に見る大賑わいになったという。
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『リスタの子』
リスタ王国、三代目国主リリベット・リスタの娘エリーゼ・リスタのこと。リスタ王国の建国記念日と同日に産まれたため『リスタの子』と呼ばれるようになった。
後に成長したエリーゼも、リスタ王家の一員として国民を愛し愛される存在になっていくのだった。