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第168話「準備なのじゃ」

 リスタ王国 王城 応接室 ──


 コンラートとサーリャの結婚式から数日が経過していた。その新たな夫婦になった二人が、式に参加できなかった親友に、結婚の報告するために王城を訪れている。


 応接室に通された二人がソファーに座って待っていると、ゆったりとしたドレスを着たリリベットがマーガレットを連れて部屋に入ってきた。


「待たせたのじゃ」

「お久しぶりです、陛下」


 右手を上げて応えたリリベットは、ボディラインのわからないドレスのせいかお腹の膨らみはまだ目立っていないが、体調は以前会った時より安定している様子だった。


 リリベットが二人の対面に座ると、二人は立ち上がって丁寧にお辞儀をして結婚の報告をする。


「コンラート・フォン・アイオ、そして妻サーリャ・アイオ、結婚の報告に参りました」

「ふむ、二人ともおめでとうなのじゃ。盛大な結婚式だったと聞いておるのじゃ。まぁ座るがよい」


 二人は再びお辞儀をするとソファーに腰を掛けた。リリベットは微笑みながら尋ねる。


「サーリャにしては華やかな装いじゃな? とても綺麗じゃぞ。それにアイオ姓を名乗ることにしたのじゃな?」


 この日のサーリャは貴族風の華やかなドレスを着ており、やや着慣れてない感じが出ているものの一端の貴族婦人に見える。彼女は普段の修道服でよいと思っていたのが、アイオ家の一人として登城するならドレスを着ていくように言われたのだ。


「はい、陛下……身も心もコンラートさんの妻になると決めましたので、アイオの姓をいただくことにしました」


 リスタ王国の婚姻に夫婦同姓という法律はない。どちらかと言えば、リリベット・リスタとフェルト・フォン・フェザーのように別姓を名乗ることの方が多い。ただし家名がある場合、子は主家の家名を引き継ぐため、家族であることを強調することを目的に同姓への変更することもある。それでも貴族の証であるフォンを名乗らないところが、サーリャらしいところだった。


「ふむ、幸せそうでなによりなのじゃ。夫婦のことで何か困ったことがあれば、先達である私に聞くとよいのじゃ」


 リリベットが自慢げに胸を張ると、サーリャはクスッと笑って頷く。


「はい、その時はよろしくお願いしますね」

「うむ、任せるのじゃ」


 女王付きのメイドの一人がティーセットをカートに乗せて運んできた。そのメイドがコンラートとサーリャにお茶を淹れている間に、マーガレットがリリベット用の飲み物を用意する。妊娠中のリリベットはお茶が飲めないため、侍医のルネが特別に用意された飲み物である。しかし味はあまり好みではないのか、リリベットは口にした瞬間微妙な表情を浮かべている。


「陛下、今日は顔色がよろしいようですね」

「んっ? あぁ、そうじゃな、今日は比較的調子がいいのじゃ、それにもう安定期じゃからな。サーリャも妊娠してから二、三ヶ月は大変じゃから、覚悟したほうがいいのじゃ」


 リリベットは優しく自分の腹部を擦りながら答える。「妊娠」という単語から意識してしまったのか、サーリャはコンラートを一瞥してから、恥ずかしそうに俯いてしまう。


「あはは、初々しいのじゃ。のぉ、マーガレット?」

「はい、とても可愛らしいですね」


 リリベットにからかわれると、サーリャはますます顔を赤くしてしまう。それに対して、コンラートは苦笑いを浮かべながらリリベットに頼む。


「陛下、あまり妻をいじめないでください」

「あはは、すまぬのじゃ」



◇◇◆◇◇



 クルト帝国 帝都 薔薇の離宮 アイラ皇女の部屋 ──


 リスタ王国から帝都に戻ってきているアイラ皇女が、机に向かってペンを手にして手紙を書こうとしていた。内容は叔母であるリリベットに向けた近況報告である。


「えっと……何から書こうかしら? やっぱりのレクス(おとうと)ことかな?」


 レクスとは先日サリナ皇女が出産した男児で、アイラ皇女の弟の皇子だ。クルト皇家待望の男児となり、現状では皇帝の継承権一位である。つまり、このままサリマールに男児が生まれなければ彼が次期皇帝になる。母子ともに健康状況に問題はなく。アイラも一安心しているところだった。


「親愛なる叔母様、先日とても可愛らしい弟が産まれました。名前はレクス・クルトです。不思議ですがあの子を見た瞬間、私が守らないといけないと実感が芽生えてきました。姉弟(きょうだい)とは、そう言うものなのでしょうか?」


 特に今回生まれた子は継承権一位として、下位の継承者に狙われる可能性がある子供である。アイラでなくとも守らなくてはと思うものだ。


「……本当は学園に戻りたかったけど、お母様も心配なのでしばらく帝都にいるつもりです。レオン様やヘレン様にもよろしくお伝えください」


 その後は近況報告として差し障りがない内容の報告を書き込むと、アイラは封をした手紙を手にして部屋を後にするのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 会議室 ──


 それから二月が過ぎていた。


 この日会議室にレオン王子、宰相フィン、外務大臣フェルト、財務大臣ヘルミナ、典礼大臣ヘンシュ、近衛隊長ラッツ、衛兵隊長のゴルドの七人が集まっていた。今回の議題は二ヵ月後に控えたリスタ王国建国祭、通称『リスタ祭』についてだ。


 リスタ祭はリスタ王国で行われる祭の中でも一番規模の大きなもので、七日間昼夜問わず全国民がお祝いする祭だ。多くの出店や演劇の特別公演などの催しも多くある。王家としては最初と最後のセレモニーで『王の言葉』があり、それ以外は諸外国からの賓客への対応が主になる。


「ふむ……しかし、困りました。此度のリスタ祭では『王の言葉』なしですかな?」

「あぁ、今回は代わりを殿下に頼むしかないな」


 ヘンシュ大臣が唸りながら切り出すと、フィンが軽く頷きながら答える。


「はい、わかりました。任せてください」


 レオンが頷くと、続いてヘルミナが資料を提出しながら報告を開始した。


「期間中の一番消費が激しい酒類の貯蓄は万全です。グレートスカル以外の船団運用が功を奏していますね」


 リリベットが進めた大陸間輸送の拡充のおかげで、リスタ王国の輸出入力は格段に高くなっている。酒類以外の輸入も強化しており、先の難民問題で起きた物資不足も何とか持ち堪えることができた。


 フィンは資料に目を通しながら、ゴルドとラッツを一瞥して尋ねる。


「警備のほうはどうか?」

「まぁ例年通りで問題無いでしょうや、王都の警備は紅王軍(クリムゾン)と連携して対応しますぜ」

「ふむ、レオン殿下の身辺は私と近衛が護ろう。ヘレン殿下にはマリー殿が付いているし、近衛を何名か回しておけば十分だろう。エアリス卿は残りの近衛とともに、王城と陛下の近辺を護ってもらう」

「はっ、心得ました」


 フィンが次々と指示を出し警備関係の話がまとまると、続いてフェルトが外交関係の話を始めた。


「諸国からの訪問客に関してだが、基本的には部下たちに対応してもらうことになりそうだ。何と言ってもリリーの出産予定と、リスタ祭の開催日がほぼ同じだからね。その期間はついていてあげたいんだ」

「ふむ、フェルト殿はその方がいいだろう。対応は私とレオン殿下でも問題ない」


 外務大臣が外交の場に顔を出さないなど、普通ならフィンが認めるようなことではなかったが、リリベットは出産前が一番不安になりがちになるので、精神的安定を図る意味でもフェルトが側についていることが最善だった。


「では各種手配は、プリスト卿とヘンシュ卿が中心に行ってくれ」

「はっ」

「心得ましたぞ」


 こうしてリスタ祭に向かって大まかな段取りが決まり、それぞれが動きはじめるのだった。





◆◆◆◆◆





 『愛される体』


 妊娠初期は殆ど動かなかったリリベットだったが、安定期に入るとマーガレットを連れて中庭を歩く姿が度々目撃されていた。リリベットの様子を窺いにきたサーリャが心配そうに尋ねる。


「大丈夫ですか、陛下?」

「うむ、少しは運動しなくてはいかんのじゃ。妊娠はただでさえ体型が崩れやすいからのぉ、サーリャも気を付けるのじゃぞ」


 リリベットが頷きながら答えると、サーリャは首を傾げながら尋ねる。


「でも、陛下はそんなに体型が崩れてないと思いますが……」

「油断は大敵なのじゃ! もし太ってしまったら、フェルトに愛して貰えなくなるかもしれないじゃろ!?」


 リリベットの力一杯の主張に、サーリャは少し照れてから苦笑いを浮かべるのだった。

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