第167話「それぞれの夜なのじゃ」
リスタ王国 東の城砦 結婚式特設会場 ──
「……新たに夫婦となる我々を、どうかよろしくお願いします」
という言葉で宣誓を終えるとコンラートとサーリャは観客にお辞儀をする。その瞬間、静かに聴いていた観衆たちは一斉に盛大な拍手を送る。
「幸せになれよ~!」
「聖女さまを泣かせたらゆるさねぇぞ!」
「子供の予定はいつだい~?」
祝福と共にからかいの言葉も飛び交っているが、この声援の大きさが二人の結婚を認める観衆の声であった。しばらくして観衆の声が治まると、貴賓席でコンラートの父ゴート・フォン・アイオが立ち上がった。
「皆の祝福を感謝する。本来であれば団長であるミュルンから祝福の言葉を贈っていただくのだが、本日はより相応しい方がいらっしゃっている」
ゴートが後を見て頷くと、レオンが前に進み観客の前に現れた。その姿に観衆たちは大きな歓声をあげた。
「おぉぉ、レオン殿下だぞ!?」
「王家の方が参列するなんて、珍しいなっ!」
「きゃぁぁぁ、レオンさま~」
王族はリスタの騎士の相続や結婚には口を挟まない、これが王家と騎士家の不文律であり、王家が騎士家の結婚式に参列したことは建国以降数えるほどしかない。
一番最近の例としては、十年ほど前のケルン家の結婚式にリリベットが参加しているが、通常は祝いの言葉を文書として贈る程度である。
「リスタ王国王太子のレオン・リスタです。お二人とも結婚おめでとうございます。本日は母の名代として参加させていただきました。事情は皆さんもよくご存知でしょうが、とても参加したがってました」
リリベットが妊娠中なのは全ての国民が知るところであり、レオンの言葉に皆が頷いている。
「僕にはまだ夫婦というものがよくわかりませんが、お二人は僕の両親のような仲の良い夫婦になってくれると思っています」
ここで一斉に笑いが漏れる。リリベットとフェルトが、とても仲がよいことも殆どの国民が知っている事実である。
「……それではお二人の末永い幸せを祈り、いま一度盛大な拍手をお願いします」
レオンはそう言いながら右手を上げた。それと同時に再び盛大な拍手が巻き起こるのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 東の城砦 アイオ家の屋敷 屋外宴会場 ──
レオンの祝福の言葉のあとも結婚式は恙無く進行し、コンラートとサーリャは晴れて夫婦となった。結婚式のあとはアイオ家の屋敷に場所を移し、祝いの宴が設けられていた。
宴が進み酒が入ってくると、単なる飲み会のような様子になっていく。
コンラートは早々に騎士団の仲間に連れていかれ、サーリャは「次は私が結婚するんだー」と酔っ払っているメアリーをナディアと共に介抱している。
そんな中、ゴートはある老紳士と酒を酌み交わしながら語り合っていた。
「ワシだって息子の幸せを願っておるぞ~! しかし、伝統を蔑ろにするのはどうかと思っただけなのだっ!」
酒が進み過ぎたのかゴートはだいぶ酔っており、相手の老紳士もゴートの肩に腕を回しながら答える。
「わかる! わかるぞ、俺の時もそうだった!」
「おぉ、貴方ならわかってくれると思っておったぞ!」
この意気投合している老紳士はザラロ・フォン・ケルン、つまり騎士家の不文律である騎士家同士の結婚を、最初に破った騎士団副団長のライム・フォン・ケルンの父であり、ジークの祖父である。
「しかし、まぁ良さそうな娘じゃないか? 俺の息子の嫁も負けてはいないがな、ははははは」
「……確かにな、あの子はいい娘だ。そのことに不満などないわ」
ザラロは笑いながら、空になったゴートの木製のジョッキに酒を注ぐ。
「それならいいじゃないか、ほら飲め飲めっ! 二人の末永い幸せに乾杯だ」
「あぁ、わかっているさ。乾杯っ!」
二人は木製のジョッキを打ち鳴らすと、一気に酒を煽るのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 東の城砦 アイオ家の屋敷 女の子の部屋 ──
大人たちの酒が進むと宴に参加していた子供たちは、アイオ家の屋敷に用意された部屋に戻ってきていた。
レオンを含め、式に参加した子供たちはアイオ家に一泊し明日帰る予定だった。レオンは護衛付きの貴賓室だが、ジークとジェニス、そして女の子たちで部屋分けされている。
「ふかふかだ~」
ベッドにダイブしたシャルロットに、カミラが呆れた様子で窘める。
「シャロ、そんなことで騒がない! それに何? そのやらしい下着は?」
飛び込んだ時に捲くれ上がったスカートを直しながら、恥ずかしそうに答えた。
「こ……これはベール・ガールの衣装に合わせて作ったのよ! そ、それに今夜はレオンさまと同じ屋根の下だしっ!」
「子供がそんなもの穿いたって、レオンさまだってドン引きよ」
カミラが鼻を鳴らしてそっぽを向くと、シャルロットはゴロゴロと回転しながらベッドを移動してカミラに近付くと、ドレスのスカートを掴んで捲くり上げた。
「どうせ、カミラも凄いの穿いて……うわぁ」
「ちょっ! なにするのよ、シャル!」
カミラが顔を真っ赤にしながらスカートを押さえてシャルロットに文句を言うと、シャルロットはカラカラと笑いながら逃げる。
「あはは、それじゃメアリーお姉ちゃんと大差ないじゃない」
「こ、こら~!」
そんな二人を見ながら、エアリス姉妹は呆れた様子で窘める。
「ほら、二人ともあんまりはしゃがないの~」
「本当に二人とも仲がいいよね」
それに対して、走り回っている二人は
「仲良くなんかないっ!」
とハモるのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 西の城砦 ケルン家の屋敷 ──
東の城砦で宴会が行われていたころ、西の城砦を守護する騎士団副団長のライム・フォン・ケルンの屋敷では、ささやかな晩餐が行われていた。晩餐に招かれたのは紅王軍の団長ミュゼ・アザルと、彼女についてきたコウマオリィ、そして何故かラッツの息子ラリーが来ている。
西の城砦からも半数以上の騎士が、コンラートとサーリャの結婚を祝いに行ってしまっているため、手薄になった西の国境線の防衛を遊撃部隊である紅王軍が、補う形で展開していた。
かの大戦から十数年間、西の国境は平和であり、この日も特に問題なく監視任務を終えることができた。その後、ライムはミュゼを晩餐に誘い現在に至っている。
「今日は騎士団の代わりを頼み、申し訳なかったな」
「いえ、任務ですから」
ライムの言葉に、ミュゼがに答える。その答えに安心したようにライムが頷くと、料理を勧めながら
「そう言って貰えると助かる。さぁ食事にしようか。結婚式の料理ほどではないだろうが、妻の料理は美味いぞ」
「飯なのだ~」
「こら、マオ! はしたない」
相変わらずマナーなどあったものではないマオリィをミュゼが窘めるが、ライムの妻ナタリーが笑いながら答える。
「良いんですよ、ミュゼさん。子供は元気があった方が、食卓も楽しくなりますしね。えっと、そちらの子は……確かマリーさんの?」
「はい、ラリー・エアリスです」
「まぁまぁ、旦那さまによく似ているわ。私も昔、陛下付きのメイドをやっていたから、お母様には大変お世話になったのよ」
母の話を出されてラリーは少し照れている。その後、しばらく笑いに溢れる晩餐になったが、ふとライムが尋ねた。
「二人は学園に通っているんだったか? ジークはしっかりやってるんだろうか?」
「はい、お噂はよく聞いてます。ぼくたちは初等部なのであまり詳しくはわかりませんが、お姉様たちが『ジークさんは格好いい』とか、そんな話ばかりしてますから」
それを聞いてナタリーは笑いながら言う。
「ふふふ、それは……お姉さんのうちどちらかが、ジークのお嫁さんになってくれるかもしれないわね」
「まだそう言う話は早いと思うが、私は反対しないぞ。父上とは違うからなっ!」
ライムは両腕を組んで答えた。それを見たナタリーは微笑んでいる。
「それで二人は学園生活を楽しめているのかしら?」
ナタリーが尋ねると、マオリィが手を振り上げて答える。
「勉強はイマイチだけど、楽しくなってきたのだー!」
勉強はイマイチという言葉にミュゼの鋭い眼光が光る。そして、ラリーが付け加えるように答えた。
「はい、僕もとっても楽しいですよ。マオリィさんが大変ですが……」
「あら、詳しく聞きたいわ。ラリー君?」
「あぁ、ラリー! ダメなのだ!」
ようやくミュゼの目が笑ってないことに気が付いたマオリィは、慌ててラリーを止めようとするが、その前にラリーが答えてしまった。
「いつの間にか矛姫団というのが出来ていて、僕もよく連れまわされています」
「へぇ……マオ、後でお話しましょうね? 詳しい話が聞きたいわ」
「わ……わかったのだ」
ミュゼの殺気にマオリィは震えながら、食事を続けるのだった。
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『矛姫団』
初等部に形成されたコウマオリィを中心にした集団。構成員はエザリオなどマオリィにやられた者、マオリィの強さに惹かれた者などで、マオリィが考え付く危ない遊びばかりするので、教師たちによく注意されている。
ラリーは、そんな集団に入ったつもりはないのだが、マオリィが彼を気に入っているのかよく連れまわすので、矛姫団の副団長的なポジションだと周りからは思われていた。