第166話「結婚式なのじゃ」
レオンが『王家の言葉』を国民に伝えてから約三ヶ月が経っていた。リリベットも安定期に入り、急激に体調を崩すことも少なくなってきている。またサリナ皇女の出産が近いため、アイラ皇女とジャハルを含む護衛は帝都に戻ることになった。
政務において女王不在のリスタ王国だったが、その期間は特に問題が起きていなかった。レグニ領から流れてきていた難民たちも、情勢の安定から帰国の途に就く者、王国で暮らすことを希望するものに分かれていき、難民キャンプも徐々に縮小している。
リスタ王国 東の城砦 アイオ家の屋敷 ──
サーリャは王都から東の城砦に移りアイオ家に滞在していた。ヨドスの喪に服した期間があったため、少し延びていた結婚式の準備のためである。一月ほど前から騎士家に相応しい所作を、コンラートの母やメイドたちに叩き込まれていた。慣れない作法を覚えるのに疲れはじめていたサーリャだったが、この日は王都からメアリーとシャルロットが結婚式を控えた彼女に会いに来ていた。
「メアリーちゃんと、シャルちゃん、よく来たね。元気だった?」
「うん、あたしたちは元気だよ」
「そうそう、心配しなくて大丈夫だよ」
サーリャはクスッと笑うと、じっとメアリーを見つめながら尋ねる。
「ちゃんと掃除している? ご飯とか大丈夫?」
「大丈夫だって……ねぇ、シャル?」
メアリーが同意を求めようとシャルロットの方を見ると、彼女は目を逸らしながら答える。
「うん、ご飯は大丈夫だよ。二人で交代で作ってるし」
「ご飯は? ひょっとして、また汚してるんじゃ?」
「だ……大丈夫だって、それより、ほらっ!」
メアリーは慌てた様子で、大きく立派な箱を取り出すとテーブルの上に置いた。
「これは?」
「結婚式のドレスよ。今、私が作れる最高傑作だと自信を持って言えるわっ」
メアリーはフンッと鼻を鳴らしながら、自慢げに胸を張ってから鍵を開けて蓋を開けた。
「わぁ……綺麗」
サーリャはドレスを手にしながら感嘆の息を吐いた。白く輝くドレスに美しい刺繍が施されており、どの仕事も丁寧に施されていた。自分の服装にあまり頓着しないサーリャだったが、親友が作ってくれた美しいドレスに目を奪われていた。
「どうかしら? たぶん大丈夫だと思うけど、ちょっと合わせて貰える? シャル、貴女も手伝って」
「うん、任せて!」
衣装室 ──
大きな鏡がある衣装室に移ってから、サーリャはメアリーとシャルロットに手伝って貰い、そのドレスに袖を通した。本当はドレスもアイオ家が用意しようとしたが、サーリャがこれだけは譲れないと説得したため、アイオ家もそこまで無理強いはしなかったのである。
「本当に綺麗ね! サーリャは美人だから羨ましいわ~」
メアリーは、サーリャを褒めながら丈などを確認していく。
「そんな、私なんて……」
「ううん、サーリャお姉ちゃん、凄く綺麗だよ!」
謙遜するサーリャに、シャルロットは目を輝かせながら答える。寸法などの確認を終えたメアリーは、もう一つの箱から丁寧にベールを取り出すとサーリャの頭に乗せた。
「このペールも素敵ねっ!」
「これは貴女のお母さんの物よ。亡くなる前にヨドスさんから修繕を頼まれていたの……」
「えっ?」
その瞬間、サーリャの瞳から涙が溢れ始める。メアリーは慌ててサーリャの肩を抱くように慰め始めた。
「思い出させちゃってごめんね。こうなると思ったから、どうしようかと思ったけど……やっぱり貴女を守るベールはこれかなって」
サーリャは涙を拭きながら、首を横に振って答えた。
「ううん……嬉しいの、お爺ちゃんとお母さんが、私の結婚を祝ってくれているみたいで」
その言葉にメアリーも泣き始め、我慢できなくなったシャルロットも、サーリャに抱きついて結局三人で泣き始めてしまった。
一頻り泣き終えたあと、メアリーは気を取り直してシャルロットの肩に手を置いて言う。
「よし、じゃ次はシャルの準備ね!」
◇◇◆◇◇
リスタ王国 東の城砦 結婚式特設会場 ──
しばらくあと、ついにサーリャとコンラートの結婚式当日が訪れた。リリベットは絶対に行くと駄々を捏ねたが、安定期とはいえ妊婦を半日も馬車で揺らすわけにもいかず、最終的にはフェルトの説得に応じて王城で待っている。その代わりではないが、王家からはレオンが参加することになり、彼女たちの友人である学芸大臣ナディア・ノルニルとメアリーも参加していた。
またジェニスやカミラ、ジークやエアリス姉妹などのシャルロットの友達たちも参加している。こちらはベール・ガールに選ばれたシャルロットの応援が目的の一つになっている。
ケルン卿を含む西の騎士の半数近くも参加しており、難民だった者たちもリスタの聖女の結婚ということで祝福に訪れている。
特設会場に続くバージンロードの先に、ベールに覆われている一角がある。その中に新郎のコンラートと新婦のサーリャ、そしてベール・ガールとして白い衣装に身を包んだシャルロットが、緊張した面持ちで立っていた。
「シャルちゃん、大丈夫? 私より緊張してるみたいだけど」
「だ……大丈夫! 任せて、お姉ちゃん」
強がっているが明らかに緊張した様子のシャルロットに、サーリャは微笑みながら彼女の頭を撫でる。
「ねぇ、シャルちゃん、知ってる?」
シャルロットは首を傾げて、サーリャを見つめる。
「昔、陛下も身分を隠して、ベール・ガールをやったことがあるらしいわよ?」
「あぁ、あったね。確かケルン卿の時だ。私も団長と一緒に参加してたけど、アレには驚いたよ」
コンラートは当時のことを思い出したのか、目を細めて笑っている。
「その時ベール・ガールの仕事が終わったあと、自分の席に戻らないといけなかったらしくて、簀巻きにされて屋根の上を運ばれたらしいわ」
「す、簀巻き!? あははは、女王陛下を簀巻きにしたの!?」
幼少の頃のリリベットを知らないシャルロットは、今の姿で簀巻きにされている女王を思い浮かべて笑い出す。その様子にサーリャは安心したように頷いた。
「もう大丈夫そうね」
「うん、大丈夫! 任せて、お姉ちゃん」
それを待っていたかの如くファンファーレが響き渡り、サーリャたちと観衆とを遮っていたベールが切って落とされた。
姿を現した新郎新婦に観衆たちから大きな歓声が上がる。バージンロードの左右に並んでいた騎士たちに、団長であるミュルンが剣を抜きながら号令を掛ける。
「総員抜剣! 掲げぇ!」
バージンロードの左右に控えていた騎士たちは、一斉に剣を抜くと天高く掲げ、剣をゆっくりと前に倒してアーチを作る。その間をゆっくりと歩いて進む新郎新婦に向かって、騎士たちは祝福の言葉を投げかけていく。
「コンラート! そんな美人を娶るとは上手いことやったな!」
「幸せになれよっ!」
サーリャのベールを持ち上げて、後ろを歩いているシャルロットにも仲間たちから温かな声援が送られた。
「シャルロット、とっても可愛いわよ!」
「がんばれ、シャルロット君!」
「あははは、シャルがしおらしいなんてっ! 珍しいものを見たわ!」
中にはからかう声も混じっていたが、シャルロットは澄ました顔で親族と王家や大臣たちが座っている貴賓席の方を見る。お目当てのレオンは祝福の拍手をしながら声援を送っている。
「お二人ともおめでとうございます。シャルさんも頑張ってっ!」
その声を聞いたシャルロットは、満足そうに笑みを浮かべて自分の仕事に集中する。コンラートとサーリャは観衆に手を振りながらゆっくり歩き、やがて特設ステージまで辿り着いた。ベール・ガールの仕事はここまでなので、シャルロットは観衆にお辞儀をすると、ステージの幕の裏側に消えていった。
ステージ上のコンラートとサーリャは、一歩前に出ると宣誓の言葉を述べる。
「皆さん、本日は私コンラート・フォン・アイオと、彼女サーリャ・ハンのためにお集まりいただきありがとうございます」
コンラートに続いて、サーリャもお辞儀をする。宣誓の言葉の最中は観衆も静かにするのがマナーであり、会場は静寂に包まれている。コンラートとサーリャは、そのまま宣誓の言葉を続けていく。
◆◆◆◆◆
『伝統的な結婚式』
リスタ王国では国教が制定されていないため、結婚を神に報告するようなことはない。集まってくれた者たちに対して『宣誓の言葉』と呼ばれる口上を述べ、二人の結婚を認めた参列客が拍手を送ることで、結婚が認められる形式になっている。
もちろん帝国人に多いヘベル教の式や、サーリャのラフス教の式などもあるが、今回の仕切りはアイオ家であり、ラフス教の式ではなく伝統的な形式が取られることになった。