第165話「王家の言葉なのじゃ」
リスタ王国 王城 南バルコニー ──
リリベット懐妊の噂が広まってから二十日ほど経過していた。ようやく国民に対して公式発表の場が設けられ、リリベットの代わりにレオンが演説することになっていた。
正装に着替えたレオンがリリベットから預かった王笏を手に、宰相フィンと執政のフェルトと共にステージの前で待機している。
「レオン、大丈夫かい? だいぶ緊張しているようだが」
「は……はい!」
フェルトが緊張している息子に声を掛けるが、レオンの返答はたどたどしいものだった。王子として生を受け、公式の場にも何度も立っているが主役として立ったことはない。まだ七歳の子供であり緊張するなというのも無理な話である。
「大丈夫、私も付いているからな」
「は……はい!」
通路の奥からは、発表を心待ちにしている国民の歓声が聞こえてきている。宰相が手を上げると、典礼大臣ヘンシュが頷いて音楽隊に合図を送る。
それに合わせてファンファーレが響き渡ると、レオンがビクッと震えた。フェルトはにこやかに微笑むと息子の背中を軽く押す。
「さぁ、行こうか」
「は……はいっ!」
レオンは返事をすると覚悟を決めたのかゆっくりと歩き出し、バルコニーの先に設置されたステージに立つ。レオンの姿を見た国民は一層大きな歓声を上げた。
「おぉ、レオン殿下だっ!」
「きゃぁ可愛い~!」
「レオン王子~!」
レオンは一度深呼吸をすると、宝玉を手にして事前に打ち合わせてあったスピーチを始める。
「国民の皆さん、お集まりいただきありがとうございます。我が母、女王リリベット・リスタの名代としてお話させていただくことになった……レオン・リスタです」
正装に身を包み髪を後ろに流したレオンの姿に、観客の中にいたシャルロットやカミラは興奮して騒いでいた。
「きゃぁぁぁ、レオンさま~!」
「ちょっと、シャル! その望遠鏡貸してよ! 私も見たいっ!」
「嫌よ、自分で持ってこないのが悪いのよ」
「船乗りのアンタと違って、そんなもん常備してるわけないじゃない!」
バルコニーの下では、そんなことになっているとは露知らずレオンの言葉は続いていた。
「この度は国民の皆さんに対して、この国の女王リリベット・リスタの懐妊を報告します」
待っていたその言葉に国民は大歓声で応える。
「おぉぉぉぉぉぉ!」
「おめでとうございます、陛下~!」
「女王陛下万歳! リスタ王国万歳!」
しばらく歓声が治まるのを待って、レオンがフェルトから委任状を受け取ってさらに話を進める。
「この期間は女王陛下には安静にしていただき、国政に関しては王太子レオン・リスタ、宰相フィン、執政である父フェルト・フォン・フェザーに委任されました。皆さんの生活に支障がないように務めます」
ここでフェルトとフィンがステージに立ち、国民の前に姿を現した。二人とも国民から人気がある人物なので大きな声援が巻き起こる、
「フェルト様っ! おめでとうございますっ!」
「宰相閣下がいれば安心だっ!」
「レオンさまも頑張って~!」
レオンやフェルトは手を振り、その声援に応える。
「それでは王家からの言葉は以上になります。皆さん、今後もよろしくお願いします」
レオンが閉めの言葉を告げると、国民は今一度大きな歓声を上げたのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 アイラの部屋 ──
レオンたちの演説が終わってから数日後、アイラの元に一通の手紙が届けられた。アイラはナイフで封を切り手紙を取り出した。手紙を持ってきたジャハルは直立不動で待機している。
手紙は彼女の父レオナルドからだった。内容はザイル連邦との婚姻問題が解決したので、帝都に戻ってくるようにとの連絡だった。それを読んだアイラは、つまらなそうに呟いた。
「せっかく学園生活が楽しくなってきたのに、もう帰ってこいだなんて酷いと思わない?」
「私に聞かれましても」
ジャハルは表情を崩さず答えると、アイラはさらに面白くなさそうな顔をした。
「貴方だってシャルマール先生の剣術の授業はすごいって噂になってるし、意外と楽しんでるんじゃない?」
「任務ですから」
淡々と答えるジャハルに、アイラは呆れた様子でため息をつく。
「わかっているわ、お父様の命令は絶対ですもの」
アイラは諦めた様子だったが、首を横に振ると手紙を手に席を立った。
「ちょっと叔父様に相談してくるわ。貴方はもう休んでいいから」
「わかりました、お出掛けの際はお声をお掛けください」
アイラがフェルトの部屋に相談に向かうと、ジャハルは用意された控え室に戻っていった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 外務大臣執務室 ──
フェルトが書類仕事をしていると、姪のアイラが尋ねてきた。フェルトは手を止めて顔を上げると尋ねる。
「おや、どうしたんだい? 珍しいね」
「はい叔父様、少しご相談が……」
アイラはそう言いながら、父から届いた手紙をフェルトに差し出した。フェルトはそれを受け取ると手紙に目を通してクスッと笑う。
「ふむ、兄上は相変わらずのようだね」
「そうなんですよ! 自分の都合ばかりで、私の事情なんて聞いてもくれないんです」
「それで……私にどうしろと言うんだい?」
フェルトが首を傾げながら尋ねると、アイラは身を乗り出して答える。
「出来れば、もう少し皆と学園に通いたいんですっ!」
「う~ん、わかった。私の方からも説得してみる。おそらく、もうしばらくは大丈夫だろう。しかし、サリナ皇女の出産を控えている四月後には一度帰国すること、皇女も心細いだろうしね。その先は自分で説得するしかないかな」
フェルトの言葉に、アイラはパァと明るい顔になってお礼を言う。
「はいっ、叔父様ありがとうございます!」
その後フェルトが送った手紙により、アイラの滞在が三月ほど伸びることになったのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 観光案内所 ──
馬車の乗降所の案内所で受付をしているリオナは、今日も忙しく働いていた。王国が力を入れている温泉事業が順調のため、最近は温泉目当ての観光客も増えており、どの馬車に乗ればいいのか尋ねてくる人が多いのである。
「なぁ、温泉ってどこから行けばいいんだ?」
レオナがカウンターに座っていると、ふいとそう声を掛けられた。彼女は反射的に笑顔で答える。
「ようこそ、リスタ王国に! ……って、アレ?」
元気よく挨拶したもののカウンターの先には誰もいなかった。リオナが首を傾げていると、カウンターからニョキっと茶色い手袋が伸びていた。リオナが身を乗り出してカウンターの下を覗き込むと、目一杯手を伸ばしている女の子がいた。
その女の子は綺麗な金髪を後ろで二つ結っており、そこから長い耳が伸びている。しかしフィンやミリヤムみたいな白い肌ではなく、浅黒い肌をしていた。
「えっとダークエルフの子かな? 迷子かな?」
「誰が迷子だっ! これでもあんたより年上なんだぞっ! それにあたしはダークエルフでもない、ハイエルフとナイトエルフのハーフだ!」
プリプリと怒っている様子は、明らかに小さな女の子にしか見えないが、森人族は長命なため見た目では判断がつかない。リオナは頭を下げて改めて尋ねる。
「大変失礼しました。えっと……温泉の行き方でしたか? 温泉ならあちらに『温泉行き』と看板が出てますので、そちらから乗っていただければ」
「そう……ありがと。ところでその温泉は美人になったり、背が伸びたりする効能はあるの?」
変な質問をする子だなと思いながらも、リオナは笑顔のまま答える。
「はい、美容には良いらしいですよ。成長はわかりませんが、代謝は良くなると聞いてます」
「そっ……よし! 今度こそ、期待できるかも」
その小さな森人はそう呟くと、緑色のマントを翻すと案内所をあとにするのだった。
◆◆◆◆◆
『通路の影』
レオンたちが演説をしている時、バルコニーに繋がる通路には二つの人影があった。
「陛下、お部屋にお戻りください」
「何を言うのじゃ、レオンの……我が子の初めての演説じゃぞ? 聞き逃すわけにはいかんのじゃ!」
やや興奮気味のリリベットに、呆れた様子のマーガレットが窘める。
「陛下に休んでいただきたくて、レオン殿下が頑張っているんですよ?」
「大丈夫なのじゃ! 重病と言うわけでもあるまいし、今は調子がいいのじゃ!」
結局レオンの演説が終わるまで聞いていたリリベットだったが、終了する間際に気分が悪くなり寝室に戻ることになるのだった。