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第162話「聖女の奇跡なのじゃ」

 リスタ王国 王城 女王執務室 ──


 サーリャとコンラートが東の城砦に着いたころ、リリベットの執務室には主の姿はなく、その執務机にはレオンが代わりに座っていた。不調のため政務から身を退いているリリベットの代わりに、彼が政務を手伝っているのである。


 手伝うと言っても幼少の頃のリリベットと同じく、政治に関しては宰相と諸大臣が協議を行い、レオンは最終確認と判を押すのが仕事だった。リリベットは政務中の秘書役として彼女付きのメイドを頼っていたが、彼にはジェニス・プリストが補佐として付いていた。


「レオン様、こちらの書類には不備があります。差し戻しておきますね」

「あぁ、わかった。頼むよ、ジェニス」


 そこに無人のはずの前室からノックの音がする。


「誰だろうか?」

「僕が出ます」


 ジェニスがドアを開けると、そこには宰相フィンが立っていた。フィンはジェニスを一瞥してから、レオンに会釈をする。


「失礼します、殿下」

「フィン宰相、どうかしましたか?」

「はい、どうやら東の城砦の難民キャンプで、暴動が起きているようです」


 フィンの言葉に、レオンは驚いた顔をして立ちあがる。


「えぇ!? いったいどうして?」

「現在情報を集めているところですが、クルト帝国から来ていたマーレス・フォン・アイガー子爵が難民に襲撃され、その騒ぎが暴動に発展したようです」

「し……子爵は無事ですか?」


 フィンは頷くと報告を続ける。


「はい、どうやら致命傷は避けれたようです。現在は東の城砦に居られます」

「ほっ……最悪の事態は避けれたということですね」


 難民キャンプは特区として難民から選ばれた代表が管理しており、法的にはリスタ王国内であってもクルト帝国の一部として扱われている。リスタ王国としては土地を貸して支援をしている状態ではあるが、王国の国内でクルト帝国の使者であるマーレスが殺害されれば、さすがにクルト帝国も黙っていない。最悪戦争に発展する可能性もある大事件である。


「騎士団の動きはどうなってますか?」

「はい、騎士団としても難民に手は出せず城砦に立て篭もって、難民たちの説得を続けているようです」

「では、双方被害は出ていないと?」


 フィンは目を瞑り首を横に振った。


「いえ、子爵を襲撃した者が反撃され重傷を負ったとのことです。現時点では生死不明ですが、これが暴動の原因のようですが……」

「そうですか……では、王家(ぼくたち)はどうすればいいんだろう?」


 レオンが首を傾げながら意見を求めると、ジェニスが答える。


「ミュルン団長であれば、ちゃんと対処してくれると思う。こちらとしては迂闊に動いて刺激しないほうがいいんじゃないかな? もし何かするとすれば、暴走した難民たちが王都に流れ込まないようにするぐらいか」

「そうだね……王都防衛となると、衛兵隊に頼むことになるかな?」

「衛兵隊では召集や移動に時間が掛かってしまうから、紅王軍(クリムゾン)に動いて貰った方がいいんじゃないかな? 彼らは王家直属の遊撃部隊だから、こういう時に迅速に行動してくれるはずだ」


 二人の会話を黙って聞いていたフィンは満足そうに頷いている。彼らの会話から次代の王政の姿を観ているのかもしれない。


「宰相閣下はどうお考えですか?」

「うむ、概ねジェニスの意見に賛成だが、現時点では難民たちを刺激しないように、直接姿を見せずに街道を封鎖するに留めたほうがいいだろう。迂闊に武装した集団が背後から姿をみせようものなら、パニックになるのは必至だからな」


 意見に間違いがないうちは任せるが、問われれば的確な案を答える。こうして彼は昔からリスタ王家と、その臣下たちを育ててきたのである。


「なるほど、確かにその通りですね」

「では、そのように手配と言うことでよろしいですか?」


 レオンがやや自信がなさそうにフィンに尋ねると、フィンは微かに笑って答える。


「わかりました、殿下。私の方からミュゼ隊長に伝令を出しておきます」

「お願いします」


 いつも厳しいフィンが認めてくれたようで、レオンはどこかほっとした様子で微笑むのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 東の城砦付近 難民キャンプ ──


 難民たちの前に姿を現したサーリャに彼らは一斉に駆けよってきた。コンラートは腰の剣に手をかけて警戒を強める。


「おぉ、聖女様……」

「聖女様、城砦の奴らカールを斬った奴を隠しているんだ!」

「ちくしょう、帝国の貴族どもめっ!」


 口々に文句を言っていたが、サーリャは凛とした顔で告げる。


「今は、そんなことを言っている場合ではありません! そのカールさんはどこにいるんですか?」


 その問い掛けに、先ほど叫んでいた女性が答えてくれた。


「聖女様、こっちです! カールはあっちのテントに!」


 サーリャとコンラートは囲んでいた難民たちを抜けて、その女性の後についていく。難民たちもそれに続き、ようやく東の城砦の包囲が解かれた。そのため城壁上で警戒していた騎士たちも、ようやく安堵のため息をつくことができたのだった。




 仮設テント内 ──


 女性に連れられてサーリャたちが入ったテントの中には、胴体部分に包帯を巻かれた青年が眠っていた。顔色はすでに血の気を失い土気色といった感じだが、微かに上下に揺れる胸の動きで彼がまだ生きていることがわかる。


 その青年を見たサーリャは慌てて青年に駆け寄ると、すぐに治癒術を掛けはじめた。


「どうやら出血は止まっているみたいですが、すでに血が抜けすぎているようです。どうしてすぐに医師に見せなかったんですか!?」


 少し非難めいた言葉に、女性は声を張り上げた。


「私だってそうしたかった! でも一通りの治療が終った医師団は引き上げていたから、医者は城砦内の街にしかいないのよっ!」


 通常時であれば何も問題なく城砦内の街で治療できた案件であるが、難民が暴徒と化したため城門は堅く閉じられてしまったのだ。元々彼が引き起こした状況とは言え、それが彼にとっての不幸だと言えた。


「それで、どうなんですか? 彼は……カールは治るんですか!?」


 サーリャは黙って首を横に振る。


「時間が経ちすぎているわ、このままじゃもたないかも……せめてお爺ちゃんなら」


 カールはすでに生きているのが不思議な状態であり、サーリャの治癒術でも回復が見込めない状況だった。治癒術は生命力を活性化させるものなので、すでに生命力が限界まで落ちている重傷人や、寿命が近い老人などには効果が薄い。


 より高位の治癒術を使えるヨドスであれば、この状況でも可能だったかもと思いながらサーリャは必死に治癒術を掛け続ける。


「そ……そんな、カール! カール! 聖女様、お願いです。彼を助けて、助けてよぉ」


 泣きながらすがり付いてくる女性に、サーリャは瞳に決意を宿らせると答えた。


「……やれるだけ、やってみます」


 短く息を吸い集中するようにカールを見つめると、サーリャの手の輝きが増していく。しかし、それに伴い彼女の額から汗が噴き出てきた。限界に近い治癒の力は彼女の精神と体力を削っていくのだ。


「サーリャさん……」


 コンラートは心配そうに呟くと、サーリャの肩に手を置いた。


「ラフス様、お願いします。この者に生きる力を……」


 その瞬間、彼女の耳にだけ声が聞こえてきたのである。声は小さいが、幼い頃からずっと聞いてきた声だった。


「サーリャや……ラフス様の御力は愛の力じゃ。人を愛することを知ったお前になら……きっと出来るよ」

「……お爺ちゃん?」


 サーリャがそう呟くと、カールにかざされた彼女の手の輝きが直視できないほどの光を放ち始める。


「きゃぁっ!」

「うわ……なんだ!?」


 輝いている時間は数秒間だったが、その輝きが治まると倒れているサーリャと血の気が戻ったカールが姿を現した。


「サーリャさん!?」


 コンラートが駆け寄ってサーリャを抱き上げると、彼女は薄っすらと目を開ける。


「コンラートさん?」

「よかった、サーリャさん!」


 コンラートはそのままサーリャを抱き締める。女性はカールに駆け寄りながらサーリャに尋ねる。


「聖女様、カールは!? カールは大丈夫なんですか?」


 サーリャは首だけカールに向けると、安心したように微笑んだ。


「……はい、しばらく安静にしなくてはいけませんが、もう大丈夫でしょう」


 それを聞いた女性は、カールに身を寄せて泣きはじめるのだった。


 こうしてリスタ王国の難民キャンプで起きた暴動は、なんとか沈静化したのである。





◆◆◆◆◆





 『聖女の奇跡』


 この出来事は、後に『聖女の奇跡』と呼ばれるようになる。死に瀕した青年を救った奇跡の光であると、元難民たちは口々に褒め讃えたのだ。


 しかし、その青年にとってここで死ななかったのが、良かったかはわからない。


 リスタ王国は騒乱罪で青年の国外追放を決定した。この決定は宰相フィンによる決定だったが、例え女王リリベットでも同じ決定をしただろう。他国の使者に対する暗殺未遂である。例えリスタ王国でも庇い切れない状況なのだ。


 そしてカールはリスタ王国を出た瞬間、おとなしく帝国の兵士に捕まることになった。彼は出国する時に衛兵から受け取ったある手紙を受け取った。しかし、それを読むとわざと川に投げ捨てた。その手紙は王国の名で「彼には情状酌量の余地あり」と減刑を求める内容だったという。

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