第160話「お祝いなのじゃ」
リスタ王国 王城 学芸大臣執務室 ──
王城に着いたメアリーは、まずリリベットに謁見を求めたが、連れてこられたのは学芸大臣の執務室だった。
中に入ると部屋にはナディアだけおり、執務机に座ってメアリーを見つめている。
「よく来たわね、メアリー」
「どうしたの、ナディアちゃん? 私、陛下に用があるんだけど」
なぜ連れてこられたかわからないメアリーが首を傾げると、ナディアは首を横に振る。
「陛下は体調不良でお会いになれないわ。ねぇ、メアリー今日は城下が騒がしいようなんだけど何でかしらね?」
「ナ……ナディアちゃん、なんだか目が怖いよ?」
明らかに怒っているナディアに、メアリーが後ずさる。
「さっき衛兵に聞いたんだけど、ある噂が流れてるみたいなの。しかも出所は『陛下の友人』だって言うじゃない?」
「へぇ……そ……そうなんだ?」
「私は誰にも喋っていないし、サーリャは人の噂話を楽しむような子じゃないわよね?」
迫力が増すナディアに、メアリーは目を逸らす。
「……何か言うことは?」
「ごめんなさい、手紙を貰った時に口を滑らせましたっ!」
メアリーが凄いよく頭を下げると、ナディアはため息をついて席を立つと、メアリーにソファーを勧め自分は対面に座った。
「まったく……気をつけなさいよ? この噂のお陰で、朝からヘンシュ大臣が走り回っているんだから」
リリベットの妊娠の噂が広まってしまったことに関して、後手に回った国は急いで公式発表をすることが決定した。調子が悪いリリベットを国民に見せると、不要な動揺が走る可能性があるため、異例ながら女王からの発表ではなく、レオン王子からの発表ということで調整が進んでいる段階だ。
その式典のために、典礼大臣ヘンシュが走り回っているのだった。
「それで、陛下にお祝いを言いに来たの? 残念だけど朝から調子が悪いみたいで、侍医のルネ先生から安静にさせるように言われているのよ」
「そうなんだ……じゃナディアちゃんでもいいんだけど」
メアリーはリリベットから受け取った手紙を見せながら、サーリャの説得について説明した。ナディアは困ったような表情を浮かべると
「う~ん、それはちょっと難しいわね」
「どうして?」
「メアリーの言うこともわかるけど、国が支援するぐらいじゃサーリャは納得しないと思うわ」
普通の国民に国から全面的に支援するという案は、財政面から考慮しても難しいのだがヨドスは国の英雄であるため、リスタ王国としても金銭的、及び人的支援を行なうことに難色を示すことはない。
しかしナディアには、その程度でサーリャが納得するとは思えなかったのだ。
「まぁ一度、ヨドスさんとサーリャで、ちゃんと話したほうがいいんじゃないかしら?」
「う~ん、そうだよね。ちょっとヨドスさんに相談してみることにするわ」
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 子供部屋 ──
城内や城下が騒がしくなったことを肌で感じているのか、ヘレンはそわそわしていた。ソファーに座っているマリーのスカートを引っ張ると首を傾げる。
「さがわしいのじゃ~まつりなのじゃ?」
「いいえ、違いますよ。あれは皆さんが『陛下おめでと~』と言っている声です」
マリーが優しく微笑みながら答えると、ヘレンはパァと明るい顔して両手を広げる。
「おそとまで、おでかけしたいのじゃ~」
「おでかけですか? でも城下は今騒がしいですからね」
マリーが渋ると、ヘレンは涙を浮かべながら上目遣いで訴えかける。
「めぇなのじゃ?」
「……仕方ありません。では、行きますしょうか?」
「わーいなのじゃ!」
マリーのお許しが出るとヘレンはピョンピョンと飛び跳ね、その周りを妖精たちが走り回っていた。しかし、マリーはそんな妖精たちを見つめると
「貴方たちはお留守番ですよ?」
その言葉に妖精たちが「ヒィー!」とか「ヒャー!」とか言いながら、一斉に抗議を開始すると、マリーは冷ややかな瞳で見下ろしながら首を傾げ
「……何か?」
と尋ねた。妖精たちは一斉に震え上がり、それ以上は何も言わなくなる。しかし、ヘレンは再びマリーのスカートを引っ張りながら懇願する。
「シブたちもつれてくのじゃ~」
「仕方ありませんねぇ……わかりました。貴方たち籠に入っていなさい、勝手に出たらわかってますね?」
妖精たちはコクコクと頷くと、一斉にマリーが指差したサンドイッチなどを入れる手提げ籠に入っていく。
「それでは殿下、おでかけ用に着替えましょうか?」
「はーいなのじゃ~」
マリーは手提げ籠を持ち上げると、ヘレンを連れて別室に向かうのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 大通り ──
ヘレンを抱き上げた状態で大通りまで出てきたマリーは、大通りの賑わいをみてため息をついた。屋台ではリリベットの懐妊祝いと称したセールをしていたり、舞い上がった国民が昼時から酒を煽っていたりしていたからだ。
「皆さん、はしゃぎすぎですね」
「おまつりなのじゃ~!」
ヘレンの声に反応して、国民たちが一斉にヘレンとマリーを見る。その視線にヘレンはビクッと震えると、マリーに思いっきり抱きついた。
「おぉぉ、ヘレン殿下! おめでとうございます。これでお姉さんですな~」
「ヘレン殿下も新しい兄弟が出来て、嬉しいでしょう!」
大人たちが言っていることがあまり理解できてなかったが、みんなが笑っていたので自然とヘレンも笑う。そんな調子で何度か取り囲まれながらも大通りを進んでいくと、飴を売っている屋台の前を通りかかった。
「おっ、ヘレン殿下、おめでとうございます! これお祝いですよ、持ってて……って、あっ」
棒つきの飴を差し出してきた屋台のオヤジは、ヘレンを抱き上げているマリーにようやく気がついた。
「これはこれは、マリーさんじゃないですか……あっ、やっぱり飴はマズイですよね?」
マリーを怖がりながら一歩後ずさった屋台のオヤジだったが、マリーは優しく微笑みながら首を横に振った。
「いいえ、ありがとうございます。殿下、この方が飴をくれるそうですよ?」
「わーい、ありがとなのじゃ~」
ヘレンが手を伸ばすと、屋台のオヤジは驚いた顔をしながら、飴をヘレンに差し出した。ヘレンが二パーと笑いながらそれを受け取ると、飴をペロペロと舐め始める。
その瞬間、手提げ籠の蓋がパカッと開いたが、マリーががっしりと押さえて呟く。
「捻りますよ?」
嬉しそうに飴を舐めているヘレンも、それを満足そうに屋台のオヤジも気がつかなかったが、マリーの手提げ籠が小刻みに震えていた。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 教授通り 甘味処『アムリタ』 ──
しばらく大通りを歩いていたマリーたちだったが、レオンたちにもお土産を買って帰ろうということになり、教授通りの甘味処『アムリタ』まで来ていた。
混み合うような時間ではなかったため、店長に誘導されて二人は椅子に腰掛ける。この店は意外と子供連れも多いのか、椅子の高さを変える台を用意してくれたため、ヘレンも問題なく座ることができた。
「おすすめのケーキを二つと、紅茶とこのジュースを一つ」
「シブたちのもなのじゃ~」
ヘレンが手足をパタパタ動かしてアピールすると、マリーはため息をついてから注文を追加した。
「……では、ケーキをやはり四つと、冷たい紅茶をカップで一つお願いします」
「おすすめケーキ四つと、果実ジュース一つ、紅茶が二つ、その内一つが冷たくてカップでですね?」
「はい、お願いします」
注文をとった店長は、不思議そうに首を傾げながらキッチンに向かった。
しばらくして戻ってきた店長はケーキを四つ、ジュースをヘレン、紅茶をマリーのところに置くと笑顔でテーブルから離れていった。
マリーがテーブルの上で籠の蓋を開けると、妖精たちがぞろぞろと出てくる。
「貴方たちのケーキはその二つです。そして冷たい紅茶を用意してもらったので、行儀よくするのですよ?」
妖精たちは返事をすると、嬉しそうにケーキを食べ始めた。ヘレンはすでに食べており、口の周りがベトベトになっている。マリーが微笑みながら口の周りを拭いてあげると
「おいしいのじゃ~」
とはしゃぐのであった。
◆◆◆◆◆
『籠の中』
飴の甘い匂いに誘われて、ケキが手提げ籠のゆっくりと蓋を開けて外を窺っている。それに対して、リーダー格であるリーフが慌てて窘める。
「ちょっとケキ、やめなさい! マリーに怒られるわよ!」
「平気、平気~。ちょっと甘いもの貰って来るだけだから~! って、うわっ!」
手提げ籠の蓋を叩くように閉められたため、ケキはそのまま籠の中に落下した。
「いたた……なんだ~?」
ケキが立ち上がって閉まってしまった蓋を見つめていると、外から
「捻りますよ?」
という恐ろしい声が聞こえてきた。妖精たちは首を捻られる想像をしながら、震え上がったのだった。