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第16話「使節団なのじゃ」

 リスタ王国 教授通り 布問屋 ──


 突然扉が開き白毛玉(ラビッツネスト)の美人店長を中心に、衣服を扱う店の店員たちが乗り込んできた。そして、この問屋の主である中年男性を取り囲んで問い詰める。


「ちょっと布を卸せないってどういうこと!?」

「う……うちも商売なんだ! そんな風にすごまれたって、売れんものは売れんぞっ!」


 布問屋の主は怯えた表情を浮かべながらも、きっぱりと断る。


「仕方ない……」


 白毛玉の店長はため息をつくと、スカートのポケットに手を入れた。布問屋はさらに怯えた表情で後ずさる。


「な……何をする気だ、衛兵を呼ぶぞ!?」

「何もしないわよ、これをよく見なさい!」


 ビシッと差し出されたのは一枚の紙だった。布問屋はそれを読むと驚いた表情を浮かべながら、がくっと膝から崩れ落ちた。


「そ……そんな馬鹿な……」


 その紙には「布を適正価格で平等に販売するように」と書かれており、リリベットのサインが記されていたのだった。これは店を飛び出した白毛玉の店長が、ちょうど通りかかったリリベットに事情を話して書いてもらった念書であり、法的にはなんの効力もないが、この王政の国において絶対的な力のある文書だった。


 布問屋も一瞬「偽物では?」と疑ったが、女王のサイン偽造が判明すると、偽造罪に不敬罪がプラスされ私財没収のうえ極刑になるため、たとえファムでもそのようなマネはしないことを知っていた。


「これでもゴネるようなら、陛下に来てもらいますから」

「くぅ……わかった」


 こうして布問屋が折れ、布を仕入れることができるようになると、各店舗は急ピッチで制服の製作を進めることになったのである。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 衛兵詰所前の広場 ──


 翌日の早朝、王城に最も近い詰所の広場で数人の若者が素振りをしている。しかし何度も振って疲れ果てているのか、素振りのタイミングは皆バラバラになってきており、休んでしまっている者すらいる。


「セイ……ヘィ……はぁはぁ」


 そんな衛兵にしては歳若い彼らに対して、彼らを任されているゴルドの怒声が飛んだ。


「オラァ、テメーら! 腕が下がってんぞ、数増やされたいかぁ!?」

「す……すみませんっ! セイ! セイ!」


 この朝からしごかれているのは、実は学園祭の初日にジークたちに絡んでいた男子学生たちである。武器を持って女生徒に襲い掛かるなど、本来であれば退学でもおかしくなかったが、彼らも前途ある若者ということで、リリベットの温情により何とか退学処分を免れた。しかし衛兵の訓練に参加を命じられ、ゴルドに性根を叩き直して貰うことになったのだった。


「健全な肉体には、健全な精神が宿るって言うしな、気合を入れろ。テメーら!」

「は……はい」


 ゴルドに発破をかけられた男子生徒たちは、涙目になりながらもひたすら木剣を振り続けるのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 謁見の間 ──


 学園祭は、初日に学生同士のいさかいや制服問題などがあったものの無事終了した。それから一週間が経った頃、謁見の間にフェルトと数十名の使節団が玉座の前で傅いていた。


 フェルトが立ちあがると、不機嫌な顔で玉座に座っているリリベットに告げる。


「女王陛下、帝国へ向かう使節団及び近衛隊、計二十六名です」


 リリベットは立ちあがると右手を軽く上げた。


「うむ、今回は帝国各地を歴訪するのじゃったな?」

「はい、事前にご報告した通り、西廻りで帝都へ、そして帰路の途中でフェザー領に寄るつもりでございます」


 フェルトはしっかりとした口調で答えるが、リリベットは明らかに不満げな顔をしている。


「期間は、一月じゃったな?」

「はい」

「短くなってもよいのじゃぞ?」

「はい」

「しかし、長くなるのは絶対に許さぬのじゃ!」

「わかっております」


 このような問答は、フェルトが外務大臣として出国するたびに行われるので、フェルトはもちろん使節団も慣れている。リリベットは諦めたように俯くと、再び右手を軽く上げた。


「では、外務大臣フェルト・フォン・フェザーよ。私の名代として、お主を使節団の代表に任ずるのじゃ。道中は気を付けるのじゃぞ」

「はっ!」


 フェルトが敬礼すると、使節団が一斉に立ちあがる。


「では、行ってまいります」


 フェルトがマントを翻して使節団と共に謁見の間を後にすると、リリベットは玉座に崩れ去るように座った。壁のところに控えていたマーガレットが、トレイに薄めたワインを乗せて運んでくる。


「陛下、城外までお見送りはしなくても、よろしいのですか?」

「うむ、別れは昨晩十分……それより寝ておらぬ、今日の公務は休むと宰相に伝えてほしいのじゃ」


 マーガレットは頷くと同じく側に控えていたサギリを呼んで、リリベットに手を貸しながら寝室に連れていくのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 ラフス教会の一室 ──


 フェルトが王城を出発している頃、ラフス教会の一室では移民街の子供が集められて勉強会が行われていた。教師はサーリャが行っており、シャルロットも生徒として参加している。


 リスタ王国側が支援している学習塾と同等程度の、読み書きと簡単な計算を教えており、サーリャはその人柄から子供たちにも人気だった。現在は学力を調べるためのテストが終ったところである。


「シャルちゃんは、特に教える必要はなさそうですね?」


 サーリャがシャルロットの答案を見ながら首を傾げた。シャルロットはドヤ顔で鼻を鳴らすと


「当然! 親父が勉強しろってうるさかったんだから! これだけ出来れば、もう勉強なんてしなくてもいいよね!」


 と自慢げに言っているが、海賊になるにも読み書きと計算ぐらいは出来なければ話にならないので、実は子供の頃から真面目に勉強していたのだ。


「せっかくレオンさまと同じ学校に通えるんだから、頭が悪い子って思われるの嫌だし」

「あらあら、シャルちゃんは乙女ね~」


 完全に恋する乙女の瞳をして、レオンと一緒に学校に通う想像をしながら、うっとりしているシャルロットを微笑ましく思いながらも、サーリャはふと思い出したように言った。


「でもシャルちゃんも大変ね」

「なにが大変なの、サーリャお姉ちゃん?」


 シャルロットが首を傾げながら尋ねる。


「聞いた話ではレオン殿下はすごく優秀らしいから、すぐに中等に上がっちゃうかもしれないわ」


 王立学園では優秀と認められれば、年齢に問わず初等から中等に上がってしまう。当然カリキュラムも違うのだから教室どころか校舎すら違い、ほとんど交流する機会がなくなる旨をシャルロットに伝えると、彼女は驚いた顔をしながら首を横に振った。


「そんなの困る! せっかくレオンさまと一緒に学校に通えると思ったのにっ!? サ……サーリャお姉ちゃん、どうすれば?」

「そうね……やっぱり、もっと勉強するしかないんじゃないかしら?」


 その言葉を聞いた瞬間、シャルロットはおもむろに机に向かって勉強を始めるのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 西の城砦へと続く街道 ──


 使節の一団が街道を移動していた。フェルトや外交官たちは数台に分けた馬車に乗っており、その周りを馬上の近衛隊が守っている陣容だ。


 フェルトが深く椅子にもたれかかりながら、目の前の女性に声をかける。


「店の方はよかったのかい?」

「大丈夫、心配ない……一人置いてきた」


 この感情の起伏が感じられない独特の喋り方をする女性は、かつて彼の侍女だったリュウレだった。どこからかフェルトが帝国に行くと聞いてついてきたのである。フェルトは疲れた表情を浮かべながら答える。


「……今の帝国なら、リュウレの護衛が必要なほどの脅威はないと思うけどね」

血染め(ブラッディ)や、ラッツ(あいつ)がいないなら、暗殺者に対応できない、私が必要(いる)。それに秘密だけど女王に頼まれた」


 リュウレの言葉に、クスッと笑うとフェルトは眼を瞑った。


「秘密って言ってしまってるじゃないか、まぁリリーの命令なら仕方がないね」

「私は女王に仕えているわけではない……彼女との間に守秘義務はない」

「なるほど、一理あるね……悪いけど少し眠らせて貰うよ。昨日から寝てないんだ……」


 フェルトはそう呟くように言うと、ゆっくりと眠りについたのだった。





◆◆◆◆◆





 『お留守番』


 コーヒーの香りが漂う宿屋「枯れ尾花(ガスト)」のカウンターで、一人の青年が物思いにふけていた。


 彼はフェザー家の密偵で、旧レティ領である皇帝直轄領の担当の一人である。数年前リスタ王国の裏の顔役となったリュウレと再会し恋に落ち、たびたび報告に託けてリュウレに会いに来ているのである。


 今日もウキウキしながらリュウレに会いにきたところ、彼女から


「いいところに来た……お前、留守番」


 と言いつけられて、カウンターに座って待っているのである。


「でも、リュウレさんと一緒になれば、俺もこうしてカウンターに座ることもあるかもしれないし、いい練習だと思えばいいかな? あぁリュウレさん、早く帰ってこないかな~」


 などと都合のいい将来設計をしているが、彼は知らなかったのである。この留守番が一月も続くことを……。


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