表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
156/170

第156話「不調なのじゃ」

 リスタ王国 王城 謁見の間 ──


 ザイル連邦から、久しぶりに外務大臣ココロットが挨拶に来ていた。今回はクルト帝国の帝都に用があるとのことだったが、グレートスカル号への乗船を許可してくれたことに対する感謝を述べに来たのだった。


「お久しぶりです、陛下」

「うむ、久しぶりなのじゃ」

「此度もグレートスカルに、乗船せさせいただき感謝致します」


 リリベットは右手を軽く上げて応える。


「ところで、ラァミル王は息災じゃろうか?」

「はい、我が王の威光により、ようやく王都周辺は安定してきましたので、妃を……迎えるべく、私が帝都に向かうことになりました」


 猫の頭を持つココロットの表情は、リリベットには窺い知れなかったが心配そうに尋ねる。


「私が聞くのもおかしな話なのじゃが……大丈夫じゃろうか?」

「何のお話でしょう?」

「いや、お主……ラァミル王に義兄上(サリマール)殿が、嫁を勧めたとき取り乱しておったじゃろう?」


 ココロットはビクッと固まったあと、笑っているのか判別が付かない顔を傾けるとゆっくりとした口調で答える。


「何のお話でしょう?」

「い……いや、何でもないのじゃ」


 リリベットも藪蛇と感じたのか、それ以上は言及しなかった。


「ところで、陛下。あまり体調が優れないのでは?」

「そうじゃろうか? 顔色が悪かったか?」


 リリベットが自分の頬に軽く手で触れると、化粧が薄っすらと指に付いた。しかし、ココロットは首を横に振った。


「いいえ、人族が獣人の表情が読み取れないように、獣人も人の顔色などわかりませんから。ただ……少し匂いがいつもと違いましたので」


 ココロットが鼻をピスピスと動かすと、リリベットは少し驚いた顔をする。


「これは隠しことは無理そうなのじゃ……うむ、正直あまり体調はよくないのじゃ」

「それは大変でございます。すぐにでもお休みくださいませ」


 ココロットが心配そうに言うと、リリベットは少し辛そうに頷く。


「そうじゃな、すまぬがそうさせて貰うのじゃ。帰りも我が国に寄ってもらえるじゃろうか? その時にでも話そうなのじゃ」

「はい、陛下がよろしければ帰りも、グレートスカルを利用したいと思っていました」

「うむ、それではまた後日に」


 リリベットはそう言い残すと、ゆっくりとした歩調で謁見の間から出ていった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 通路 ──


 ココロットとの謁見が終わり謁見の間から出てきたリリベットに、部屋の隅で待機していたマーガレットが駆け寄ってきた。


「陛下、大丈夫ですか? あまりご無理は……」

「これぐらい大丈夫なのじゃ……どうせ、いつものなのじゃ」


 マーガレットに支えられながら、ゆっくりと歩くリリベット。化粧で上手く隠しているが、顔色は真っ青である。


「うっ……!」


 リリベットは小さくうめき声を上げると、その場にしゃがみ込んでしまう。マーガレットは慌てて彼女の背中を擦るが、これは自分では手に負えないと感じたのか、すぐに周囲に助けを求めた。


「貴方たち、ルネ先生を呼んできてっ!」


 近くに控えていた護衛の近衛隊員は、慌てた様子でルネを呼びに駆け出していく。マーガレットは、リリベットの背中を擦りながら励ます。


「陛下、しっかりしてくださいっ! もうすぐルネ先生が来てくれますからっ!」

「…………」


 しかしリリベットは何も答えられず、苦しそうに顔を歪ませているだけだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 女王寝室 ──


 通路で倒れたリリベットは、ルネの指示ですぐに彼女の寝室に運び込まれた。心配そうに見守るマーガレットの前で、ルネが診察をしていく。顔色は優れないが、すでにリリベットの意識はしっかりしており、ルネの質問にも普通に答えていた。


「ルネ先生、陛下は大丈夫ですか?」

「マーガレット……そんなに心配することではないのじゃ」


 リリベットは心配かけまいと無理に微笑むが、その様子がかつてマーガレットが仕えていた先王妃であり、リリベットの母ヘレン・フォン・フェザーと重なるのか珍しく取り乱していた。


「それでルネよ、どうなのじゃ? 変な物は食べた覚えはないのじゃが?」

「……これは」


 深刻な顔をして診察していたルネだったが、ふと微笑むとリリベットの手の上に優しく手を乗せて告げた。


「御懐妊ですよ、陛下。おめでとうございます……つまり、お子を宿されたのですよ」

「…………」


 リリベットはルネの言葉が理解できなかったのか、時が止まったようにボーっとルネを見つめていたが、しばらくして自分の腹部を慈しむように触れる。


「そうか……この感覚はそうじゃったのじゃな」

「陛下、おめでとうございます」


 マーガレットは、ベッドサイドに駆け寄ると祝いの言葉を述べる。それに対してリリベットはぎこちなく微笑む。


「うむ……ヘレンの時から約五年も経っているのじゃ。もう授からぬかもと心配していたのじゃが……」

「何を言っているんですか、陛下はまだお若いのですから大丈夫ですよ」


 リリベットの言葉に、ルネは呆れた様子で首を横に振った答える。ルネの言う通り、リリベットはまだ二十三歳である。十分妊娠適齢期だと言えるのだ。


「それで、ルネよ……今後はどうすればよいのじゃ?」

「三度目ですからお分かりかと思いますが、まずは無理をされないように……そして、しっかり栄養を取るようにしてください。これに関しては、私からジュスティさんに伝えておきます。あと当たり前ですが、いつも着ているようなコルセット付きのドレスはおやめください」


 ルネの忠告にリリベットは黙って頷く。


「これからは、どこに行くにもマーガレットなどのメイドを、必ず一人はお付けください」

「うむ……マーガレット、よろしく手配を頼むのじゃ」

「はい、お任せください」


 その後もルネの注意を聞いている内に、再び気分が悪くなったリリベットは、そのまま休むことになった。



◇◇◆◇◇



 数時間後、リスタ王国 王城 女王寝室 ──


 リリベットは体調が安定している間に、宰相のフィンを呼び出すことにする。すでに妊娠の報告を受けていたフィンは、時を置かずに彼女の寝室に訪れた。部屋の中にはベッドの上で半身だけ起こしたリリベット、ベッドサイドにはマーガレットが控えていた。フィンはベッドサイドで、お辞儀をすると懐妊の祝辞を述べた。


「陛下、おめでとうございます。臣下として、これ以上ない慶びでございます」

「うむ、ありがとうなのじゃ。まぁ座るとよいのじゃ」


 リリベットに言われたまま、フィンは椅子に腰掛けた。


「今日、呼んだのは他でもない。出産を控えた身で、国政に関わることは出来ぬのじゃ。そこで、しばらくはお主とフェルトに任せることにするのじゃ」

「はい、わかりました。ご安心ください」


 リリベットは初産であるレオンの出産を控えていた時期に、精神的に不安定になったことがあり、その教訓からこの時期は国政に関わることは避けていた。冷静な判断ができなくなるのを恐れているからである。


「うむ、便宜上とはいえ執政職はフェルトになるのじゃ。フェルトは現在帝都に向かっているところじゃが、戻るまでは宰相が執政を代行するのじゃ。彼が戻り次第、お主にはサポートを任せたいのじゃ」

「かしこまりました」


 フェルトは難民支援の細かいすり合わせをするために、クルト帝国の帝都に向かっており、戻ってくるのは十日ほど後になる予定だった。


「念のため正式な委任状をしたためて、持ってきて欲しいのじゃ」

「はい、お任せください。昼前には持ってまいります」

「うむ、任せたのじゃ」


 フィンは立ちあがるとお辞儀をする。


「些事はすべて我々臣下にお任せください。お心を乱さぬよう務める所存です。陛下はお体のことだけお考えくださいませ。それではまた後ほど……」

「うむ、まったく心配などしておらぬのじゃ」


 リリベットは笑って部屋から出ていくフィンを見送った。代々リスタ王国の国王と宰相フィンの間には絶対の信頼関係があり、彼であれば国政を任せても一切心配する必要はないと思っているのだ。





◆◆◆◆◆





 『宰相フィンと王家の関係』


 初代国王から宰相として仕えているフィンは、リスタ王国を誰よりも知り尽くしている人物である。今は内政面でその手腕を振るっているが、軍事面でも優秀で卓越した戦略眼を持ち、自身の剣技だけでなく部隊の指揮能力も高い、そして臣下として一歩下がった振るまいも忘れない、まさに忠義の士というに相応しい人物である。


 そんな彼を代々の国王は絶大な信頼を寄せており、彼の言に関してはあまり異議を唱えることはなかったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ