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第155話「騎士の決闘なのじゃ」

 リスタ王国 王城 女王執務室 ──


 宰相フィンが持ってきた報告書に目を通したリリベットは、少し考えてからフィンに尋ねた。


「これは……どういうことじゃろうか?」


 その報告書には、レグニ侯爵家は伯爵家に降格、レグニ領はそのまま家督を継いだクイル・フォン・レグニが治めるという。しかしクイルは歳若いため、後見にはフェザー公がなるとのことだった。


「おそらくレグニ領の反乱を避けるためでしょう。それにクイル・フォン・レグニは反逆罪に問われて処刑されるところでしたが、フェザー公が強く反対したと聞いています」

「うむ、義父(とう)様がのぉ? しかし民衆の反発も凄いじゃろうに……」


 前レグニ侯爵が行なった賊軍狩りは民衆を巻き込む形になってしまい、多くの難民を作り出す要因になってしまった。それはエヴァンが指示したものだったのかはわからなかくなっていたが、結果として被害にあった民衆はレグニ家を恨むことになったのである。


 単純に帰る場所がないからかもしれないが、リスタ王国に来た難民の内、半数近くが残留を希望しているのも、そのことが関係していると思われた。


 残留に必要な住居の建設費や諸々の費用は、クルト帝国が支払うことになっていたが、その話を詰めるために現在フェルトが帝都に向かっている。費用をクルト帝国が出すことで、リスタ王国としてはホッと胸を撫で下ろしていたが、資金があろうが住居の建設には時間がかかるため、しばらくはキャンプ暮らしをしてもらうしかなかった。


「問題は山積みじゃが、レグニ領はしばらく様子見が必要じゃな」

「はい、監視の数を増やしておきます」

「うむ、よろしく頼むのじゃ」



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 東の城砦 アイオ邸 ──


 東の城砦の中で一番大きく強固な建物であるアイオ邸。騎士団長ミュルン・フォン・アイオを含むアイオ家が住んでいる屋敷である。


 その一室通常であれば来客を迎え、楽しい会話をする場所である応接室に只ならぬ気配が渦巻いていた。その部屋にいるのは騎士団長のミュルン、その従士であるコンラート、コンラートの両親、そして最近聖女として、東の城砦内にまで名が聞かれるようになったサーリャである。


「……その娘と結婚したいと? そう言ったのか?」


 コンラートの父ゴート・フォン・アイオは、重々しい口調で聞き直した。コンラートは力いっぱい頷くと、サーリャの手を取り改めて宣言する。


「えぇ、私はここにいるサーリャさんと結婚するっ!」


 息子の発言にゴートは眉を吊り上げている。彼からすれば騎士家の伝統に則り、息子には同じく騎士家から嫁を貰うつもりだったし、その為に他家とも話をしていたからである。


「むぅ……ミュルン、お前からも何か言ってやれ」

「貴方の息子はすでに覚悟を決めているようだ、受け入れなければ騎士すらやめかねませんよ」


 話を振られたミュルンが忠告すると、ゴートは驚いた顔で息子を見つめる。コンラートは黙って頷くだけだった。


 しばらくの沈黙のあと、コンラートの母がサーリャを見つめながら朗らかに微笑んだ。


「ふふふ、コンラートが連れてきたお嬢さんが、貴女とは思わなかったわ。この前はありがとうね」

「なんだ、この娘を知っているのか?」

「彼女はリスタの聖女と呼ばれていて、私の友達の中では話題の人よ。私も前に調子が悪いとき診ていただいたわ」


 リスタの聖女と呼ばれるようになったサーリャは、東の城砦でも治療を開始していた。


 騎士を目指して訓練をしている若者は、未熟な技術のせいもあり生傷が絶えず、そんな若者たちを治療しているうちに騎士家の婦人たちにも話題になり、最近では息子の結婚相手にどうか? と真剣に考え始めている家もあるほどだった。


「あれから大丈夫ですか?」


 サーリャが控えめに尋ねると、夫人は微笑みながら答える。


「えぇ、もうすっかり」


 その後、夫人とサーリャが楽しげに話していると、いよいよ追い込まれた様子のゴートは、ソファーから立ち上がると壁に飾ってあった剣を手にして


「コンラート、ワシと立ち会え。決闘で判断する」


 と短く言い残して、部屋から出て行ってしまったのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 東の城砦 アイオ邸 修練所 ──


 コンラートとサーリャ、そしてミュルンはゴートを追って修練所に来ていた。この家の修練所の床は砂になっており、周辺は壁に囲まれている円形の建物だ。その中央に剣を携えたゴートが立っていた。


 コンラートは入り口付近に立てかけてある刃引きの剣を取り出すと、そのままゴートの前に立つ。


「父上、無理をなされるなっ!」

「だまれ、まだまだ現役の頃と変わらんわっ!」


 彼も昔は従士だった。オリジナルのリスタの騎士であるミュルンの父、ソルベ・フォン・アイオの従士を務めていた人物である。年齢を理由に引退したが、本人はまだまだ現役のつもりだった。


「ワシを倒せれば、お前たちの結婚を認めてやろう。さぁ構えるがいい」

「……わかりました」


 コンラートはそう言うと腰を落として剣を構えた。そんな二人を見て、ミュルンは呆れた様子で呟く。


「ふぅ……まったく不器用な人だ」

「不器用……ですか?」


 サーリャが首を傾げながら尋ねると、ミュルンは苦笑いを浮かべる。


「叔父上はもう君のことを認めている。だが、それを認めるのが嫌なのだ。そこでこんな小芝居をしているのだろう」


 サーリャが何かを言おうとした瞬間、コンラートが気合を入れた声を共にゴートに突撃を開始した。その振り下ろしにゴートは、剣を寝かせて滑らせるように受け流す。


 そして、そのまま流れるように剣を持ち上げると、コンラートに向かって振り下ろした。コンラートは何とか剣を掲げてそれを受け止める。


「どうした、コンラート! その程度かっ!」

「まだまだぁ!」


 その後も打ち合っている二人をハラハラして見守るサーリャだったが、この不器用な親子の会話は終わりを告げることになる。


 剣を合わせて力比べをしていたゴートとコンラートだったが、ゴートが急に崩れ落ちるように倒れこんだのだ。片方が急に脱力したことで、コンラートは前のめりに倒れてしまう。


 コンラートはすぐに立ち上がって剣を構えたが、ゴートは腰を押さえたまま立ち上がれずにいた。


「父上っ!?」


 コンラートが剣を収めて駆けつけようとすると、ゴートは片膝をついたまま剣を向ける。


「何をしているか、ワシはまだ戦えるぞ!」

「父上、もう無理です。負けをお認めください」

「ぐぬぬぬ……」


 ゴートは油汗をかきながら何とか立ち上がろうとするが、やはり痛めた腰のせいで立ち上がることはできないようだった。しかし急に腰の辺りに温かさを感じると、痛みが退き何事もないように立ち上がることができた。


 ゴートがそちらを見ると、そこにはサーリャが心配そうな顔をしてゴートを見上げていた。ゴートは神妙な顔をして尋ねる。


「娘、お主の仕業か? なぜそのようなことをした? あのまま放っておけば、コンラートの勝利は確実だっただろうに」

「コンラートさんが勝てるからといって、痛みを感じている方を放ってはおけません」

「ほぅ、なかなかしっかりしたお嬢さんだ……しかし、離れていなさい」


 ゴートは微かに微笑むと、剣をコンラートに向ける。それに応じるように、コンラートは少し離れてから剣を構えた。


 ゴートもコンラートの構えは、明らかに次の一撃に全てを賭ける気迫に満ちていた。


「いきます、父上っ!」

「来いっ、コンラート!」


 二人が交差すると、ゴートの剣が弾け飛び地面に突き刺さった。ゴートは振り返ると、ニヤッと微笑みを浮かべる。


「強くなったな、コンラート。お前の勝ちだ、好きにするがいい」

「あ……ありがとうございますっ!」


 深々と頭を下げたコンラートが頭を上げると、同時にサーリャが飛びついてきた。


「コンラートさん!」

「サーリャさん!」


 コンラートはサーリャを抱きとめると、そのままキスを交わす。ゴートは目を伏せて、修練所から出ていこうとすると、ミュルンが笑いながら声を掛ける。


「ふふふ……叔父上、わざと剣を放しましたな?」

「フン、あの娘の優しさに手が滑ったのだ」

「素直じゃないな、元々負けてやるつもりだったのでしょうに」


 そんな笑い話をしながらゴートとミュルンは、修練所にコンラートとサーリャを置いて、そのまま部屋をあとにするのだった。





◆◆◆◆◆





 『騎士の決闘』


 騎士の中には物事の判断を、決闘によって決めようとする考えを持つものがいる。これは古来あった決闘裁判から派生した考えで、勝者は神に選ばれた神聖な者とし、他者はそれに異議を唱えることを禁じている。


 ゴートがこの方式を選んだのは、騎士家の伝統を重んじる者たちの口を塞ぐことも目的だったのかもしれない。

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