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第153話「面談なのじゃ」

 リスタ王国 王城 女王執務室 ──


 『トニス街道の戦い』から十日ほど経過していた。リスタ王国の女王リリベットの元に、ようやく勝敗の結果が届けられていた。部屋に入ってきた宰相フィンの顔を見て、リリベットが呟くように尋ねる。


「やはりフェザー公が勝ったのじゃな?」

「はい、主戦場になったフィフニート砦、及び主要都市のレグニターンも陥落した模様です。ただレグニ侯爵が討たれた後は、どちらも無血開城とのことです」


 レグニ侯爵エヴァンが討たれたあと、オーフェル侯爵と合流したフェザー公爵軍は、そのまま北上しフィフニート砦を守っていた兵を説得、その後主要都市レグニターンも掌握、エヴァンの妻と息子クイルの身柄を押さえたのだった。


「正直近年……と言うか建国時から、あまり仲が良い隣人ではなかったのじゃが、お主としては何か思うところがあるのじゃろうな?」


 リリベットは少し悲しげな瞳でフィンを見る。しかし、フィンは首を横に振る。


「いいえ、陛下……一度決別した相手ですので」


 高貴なる森人(ハイエルフ)である宰相フィンは、初代国王ロードスが若い頃からの彼に付き従っていた。その為、当時はロードスの臣下であった『武』のレグニ家、『智』のレティ家とも親交があったのだが、ロードスがリスタ王国を建国した時に、両家とは袂を分けたのだった。


 少し暗い雰囲気になったので、リリベットは気を取り直して少し明るめの口調で尋ねる。


「それで、今後の予想はどうなのじゃ?」

「はい、レグニ領はしばらく混乱するでしょうが、サリマール皇帝であれば早々に手を打つでしょう」

「ふむ、我が国としてはどうなのじゃ?」

「しばらくは難民が流れ着くかもしれませんが、レグニ領が安定すれば帰国を希望するものも多いでしょう。そのまま帰属を希望する者のみ、移民として手続きすればよいかと」


 リリベットは少し遠い目をすると、最近の忙しさを思い出しながら呟いた。


「ようやく、この問題も目処が立ちそうなのじゃ」



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 西リスタ港 海軍の詰所──


 オルグ率いるブラックスカルが難民船を牽引して、西リスタ港に入港したのは五日ほど前のことである。難民船に乗っていた難民たちは、劣悪な環境での航海が堪えたのか酷く衰弱しており、海軍が詰所として利用している倉庫は、さながら野戦病院になっていた。


 海軍から救援要請を受けた王国は、難民キャンプから戻ってきていた医師団を派遣、彼らの治療に当たらせていた。


「やっと帰って来たと思ったら、これか……」


 薬を作りながら、疲れた様子で愚痴っている町医者に、侍医のルネが背中を軽く叩く。


「この人たちだって好きでこうなってるわけじゃないんだ、ここが踏ん張りどころだよ」

「あぁ、わかってるさ」


 ルネに励まされて、再び薬草を擦り始める町医者に彼女は微笑むと、もう一度彼の背中を軽く叩いた。そして、周りで呻いている患者を見ながら呟く。


「怪我人はあんまりいないのが、唯一の救いだねぇ」


 横転などで怪我した者も多少はいたが、多くは慣れない船旅の影響や、住む所を失った心労からくる衰弱が殆どだった。それでも温かな食事を振舞われ、倉庫とは言え雨風を防げる場所を提供されていることから、徐々に回復に向かっている。


 ルネは一人の青年のところに行くと、彼を診察しはじめた。王国側が用意した平民風の服を着ているため印象がだいぶ違うが、彼は領土解放戦線(レジスタンス)のリーダー、ローム・フォン・ジャスである。


「我々を受け入れていただき、ありがとうございます」


 ロームがお辞儀をすると、ルネは首を横に振って答える。


「感謝なら陛下に直接するんだね。君はもう動いても大丈夫だろう」

「……わかりました」


 ロームは立ち上がると、再びお辞儀をしてから両手を軽く挙げる。その合図に合わせて衛兵が歩いて来て彼の両脇に立つ。領土解放戦線(レジスタンス)のリーダーであるという情報は、彼が王国に来た時点で王国側に報告が行われていた。


 王国側も彼の話を聞かねばならないということになり、その時点で王城に呼び出したのだが、衰弱が著しいという理由からルネが拒否。その意見をリリベットが酌み、彼の回復を待つことになったのだった。


 ロームを連行しようとしている衛兵たちに、元気になりつつあった難民たちが取り囲んで懇願する。


「やめてくれっ、連れて行かないでくれ」

「ジャス様に、ひどいことをしないでおくれよっ」


 衛兵たちは警戒しながら、難民たちを近付けまいとする。


「やめろ、近付くんじゃない!」

「安心しろ、陛下なら悪いようにはしないはずだっ!」


 しかしリリベットのことなど、よく知らない難民たちにはそんな言葉は信じて貰えるわけもなく、完全に取り囲まれてしまう。群衆の圧迫に恐怖を感じた衛兵は、震えながら槍を難民に向け叫ぶ。


「ち……近寄るなと言っているっ!」

「止めてくれ、民衆に槍を向けるなっ」


 慌てた様子で止めに入るローム。そんな一触即発と言った雰囲気が漂う中、倉庫内にルネの怒声が響き渡った。


「やめなっ! また怪我人を増やすつもりかいっ! あんたらも陛下なら大丈夫だ、安心しなっ!」


 かつてはグレートスカル号の船医として、海賊のような船乗りたちを相手にしてきたルネである。彼女の言葉には荒くれ者すら従わせるなにかがあった。彼らが流れ着いてから、今まで親身に世話をしてくれたルネの言葉に、難民たちは諦めたように肩を落としぞろぞろと離れていく。


 ようやく解放された衛兵たちは、ほっと息を吐くと槍を立ててロームの背中を軽く押した。


「それでは行きましょうか」

「あ……あぁ」


 難民たちは連れて行かれる指導者の背中を見送りながら、ただ祈るしかなかったのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 応接室 ──


 リリベットや諸大臣たちは、自身の執務室で応対することが多いため、あまり使われていない応接室だが、王城付きのメイドたちがいつも清潔に保っている。


 衛兵に連れられてこの部屋に来たロームは、衛兵に言われるままソファーに座っていた。しばらくすると扉が開き、赤いドレスを着たリリベットを先頭に、隊長のラッツと近衛隊員たちが入ってくる。


「待たせたのじゃ」


 リリベットはそう言いながらロームの横を通り過ぎると、彼の対面のソファーに座った。近衛隊員たちは、彼女たちのソファーの後ろに背筋を伸ばして控えている。


 ロームの後ろにいた衛兵たちは、役目が終わったので敬礼をすると、そのまま部屋から出ていった。


「改めて挨拶させてもらうのじゃが、私がこの国の女王リリベット・リスタなのじゃ」


 ロームは慌てて、深々と頭を下げながら名乗る。


「お……お会いできて光栄です、女王陛下。私の名は、ローム・フォン・ジャスでございます」


 リリベットは右手を軽く上げて挨拶を受けると、にっこりと微笑みながら言う。


「そんなに畏まらなくてもよいのじゃ、頭を上げて楽にするとよい」


 ロームは頭を上げると、少し驚いた表情を浮かべる。一国の王とは言え、自分と大差ない年齢のリリベットから王者の気風を感じられたからである。


「さて、さっそくじゃが……お主が領土解放戦線(レジスタンス)のリーダーということでよいのじゃな?」

「は……はい、名ばかりではありますが」


 ロームが答えると、リリベットは頷いて話を続けた。


「サリマール皇帝の勅命を受けたフェザー公爵に、レグニ侯爵が討たれたことはもう聞いたじゃろうか?」

「なっ……なんですって!?」


 取り乱して立ち上がったロームに、近衛隊員たちは腰の剣に手を掛けた。リリベットは軽く手を上げてロームを制すと、そのまま手を下げて彼を座らせた。


「その話は、本当なんでしょうか?」

「念のために確認を取らせておるのじゃが、ほぼ間違いないようなのじゃ。レグニターンも公爵軍が掌握済みで、おそらく帝都に今後の沙汰を確認しているところじゃろうな」


 ロームはショックが隠せない様子で、考え込んでいる。


「そこで問題なのじゃが……おそらく帝国は、領土解放戦線(レジスタンス)のリーダーであるお主の引渡しを要求してくるのじゃ」

「は……はい、そうですね」

「お主は我が国民ではないのじゃから、友好国から引渡しを要求されれば応えねばならぬのじゃ。断れば戦争もありうるのじゃからな」


 ロームは黙って頷く。


「お主は、これからどうするつもりなのじゃ? 我が国の国民になりたいと申すなら、誰であれ拒否はしないのじゃ。要請が来る前に出国すると言うのであれば、それもお主の自由なのじゃ」


 リリベットの提案にロームは、心底驚いた顔をして目を見開いている。目の前の女王は、戦争が起きる可能性があっても望むのなら庇護すると言っているのだ。しかし、ロームにそれほどの豪胆さはなかった。彼は首を横に振る。


「関係のないこの国に、ご迷惑をお掛けするわけには参りません。すぐにでも出て行かせていただきます」

「そうか……わかったのじゃ」


 リスタ王国の東西はクルト帝国の領地である。もし彼が出国すれば、すぐにでも捕まってしまうだろう。そんなことはローム自身をよくわかっていた。


「ですが……願わくば、私と一緒に来た彼らが希望するのであれば、受け入れていただきたい」

「ここはリスタ王国なのじゃ、誰であろうとも受入れを拒否することはないのじゃ」


 リリベットはそう言うと、話は終わりだと言わんばかりに席を立った。そして、部屋を出て行くために扉に向かって歩いていく。その途中で何かを思い出したように立ち止まると


「そう言えば……グレートスカル号が、明日ジオロ共和国に向けて発つのじゃ。あれほど大きな船はなかなかないのじゃ、我が国に来た記念に見ていくとよい」


 と言い残すとラッツを残して、そのまま出て行ってしまうのだった。





◆◆◆◆◆





 『引渡し要求』


 リスタ王国はその性質上、クルト帝国に追われている人が沢山住んでいる。度々クルト帝国から引渡し要求があるが、リスタ王国は国民になった者を庇護しており、その要求に応じたことはない。


 クルト帝国側も昔ほど熱心な要求はしておらず、ある種流刑地のように利用している節がある。

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