表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
151/170

第151話「追撃なのじゃ」

 クルト帝国 フィフニート砦 ──


 翌朝、フェザー公爵軍が、再びフィフニート砦の前に姿を現した。しかしフィフニート砦の城壁上には、兵の姿がなく静まり返っていた。公爵軍の中からヨハンが前に出ると、砦に向かって挑発するように叫ぶ。


「いつまで砦に身を隠しているつもりだ? 『武』のレグニの名が泣いているぞっ!」


 しかし、砦からは何も反応がない。あまりに静かな様子にヨハンは首を傾げると、馬を翻して騎士たちが待機している場所まで戻ってきた。


「……どう思う?」

「まさか逃げたわけではありますまい」

「レグニ侯爵が、これ程の砦を放棄する理由がありません」


 隊長たちもレグニ侯爵が、この砦を放棄するとは思ってはおらず、どのような罠があるか探りはじめる。


「おそらく引き付けて、伏せている兵で攻撃してくるつもりかと思いますが」

「ひょっとして砦の外に伏兵がいるのか? 砦を攻略している間に挟撃してくる可能性もあります」


 隊長たちは周辺を警戒するように見回すが、砦の周辺は平坦な場所で伏兵が隠れているような場所は見当たらない。そんな中、ベテランの隊長が進言する。


「閣下、私の部隊にお任せくださいっ!」

「……わかった、お前たちに任せよう。十分気をつけよ」

「はっ!」


 隊長は敬礼で返すと自分が率いる部隊の前まで戻り、槍を突き上げて騎士たちを鼓舞する。


「閣下より、先駆けの名誉をいただいたぞっ!」

「おぉぉぉぉ!」


 騎士たちは、それぞれの武器を突きあげて応える。そして、その部隊は隊長に付き従い砦に向かって突撃を開始した。だが砦にどんなに近付き罵声を浴びせても、矢を撃ち込んでみても砦に動きはなく、痺れを切らした隊長は攻城を命じる。


「炸薬の用意だ、取り掛かれっ!」

「はっ!」


 その号令に五十人ほどの騎士たちが馬から降り、扉を破壊する準備に取り掛かった。


 しかし、その瞬間を待ってたように城壁上に多数の兵が姿を現すと、扉に密集していた騎士たちに一斉に矢を射掛ける。騎士たちは盾を頭上に構えていたが、近距離からの斉射には耐えられずまとめて撃ち抜かれてしまう。


「うあぁぁぁぁ」

「くっ、撤退だ! 援護しろっ!」


 隊長の撤退の号令に動ける騎士たちは、負傷者を引きずるように抱えながら一斉に門から引き上げ始める。その間も砦からは矢が容赦なく飛んできたが、援護に飛び出た騎士たちが、盾を掲げて守ることで何とか防ぐことができた。しかし完全に足止めされ、撤退もままならない状態になってしまっていた。


 後方に待機していたヨハンは、救援に向かうべく残りの部隊を率いて、矢の雨に晒されていた部隊の間に割って入ると、砦に向かって矢継ぎ早に射掛ける。突然の反撃に砦の兵たちは攻撃の手を緩めて鋸壁の間に身を隠した。


 その隙を突いて撤退中の部隊は、十分な距離を取ることができたのだった。ヨハンは撤退した部隊に駆け寄ると、ベテランの隊長に状況報告を求めた。


「損害は、どうだっ!?」

「死者七、負傷十六……申し訳ありません」


 ベテランの隊長は悔しそうな顔で報告すると、ヨハンは砦の方を向き剣を突きつける。その切っ先は真っ直ぐにエヴァン・フォン・レグニを捉えていた。ヨハンはそのまま剣を砦と逆の方に振ると


「退くぞ、撤退だっ!」


 と号令を掛ける。その命令に各隊長たちは一切の躊躇なく各部隊に伝達していき、フェザー公爵軍は一斉に撤退を開始したのだった。



◇◇◆◇◇



 クルト帝国 フィフニート砦 ──


 城壁の上でエヴァンは肩を震わせながら、撤退していくフェザー公爵軍を睨みつける。しかし、兵たちは撤退する公爵軍の背中を見て、歓声を上げはじめた。


「おぉぉぉ、フェザー公爵軍が逃げていくぞっ!」

「我々の勝利だっ!」


 その歓声に苛立ちつつもエヴァンはマントを翻すと、城壁の階段を駆け下りて怒鳴り気味に叫んだ。


「出撃だっ! 馬を持てっ!」


 その声に驚いた将軍たちは、すぐにエヴァンの元に駆け寄り諌めていく。


「閣下、いけません! 奴らの撤退は、明らかに誘いです」

「今出ていけば、どんな伏兵がいるか!」


 しかし、エヴァンは引かれてきた愛馬に飛び乗ると、腰から剣を引き抜いて掲げた。


「黙れっ! あのフェザー公がそのような小細工をするものかっ!」

「しかし……」

「貴様たち、それでも『武』のレグニの将軍かっ!? 今こそ我々の『武』を示す時だっ!」


 将軍たちは、その言葉にハッと気付いたようにお互いの顔を見合わせると、一斉に頷きあって剣を天高く掲げた。


「わかりました……我々の馬も持てぇ!」


 エヴァンの意思に感化された将軍や兵士たちも、『武』のレグニの名を継ぐ者たちだった。かつてはリスタ王国初代国王ロードスと、肩を並べた猛将たちの子息たちなのだ。エヴァンの鼓舞によって士気を最高潮まで高めた将兵たちは、次々と馬に飛び乗っていく。エヴァンは剣を正門に向けて振り下ろすと


「開門せよ! 我に続けぇ!」


 と号令を下したのだった。


 こうして撤退を開始したフェザー公爵軍を追撃するため、レグニ侯爵軍はフィフニート砦から出陣したのである。



◇◇◆◇◇



 クルト帝国 フィフニート砦の南方 トニス街道──


 フェザー領とレグニターンを繋ぐトニス街道を、撤退中のフェザー公爵軍の先頭にいるヨハンに、古くから仕える老将ハルト伯爵が声を掛けてきた。


「奴ら追ってきますかな?」

「エヴァン・フォン・レグニという男は、戦略と言うものがわかる男だ」


 勅命を受けて敵対しているが、ヨハンは軍人としてのエヴァンの事を認めており、必ず追いかけてくると確信していた。


 そんな折、最後尾の騎士がヨハンたちの元に駆け寄り報告する。


「後方より土煙が迫ってきてます。数はわかりませんが、かなりの数かと」

「やはり来たか」


 ヨハンはニヤッと笑うと、セラフィムを天高く掲げて叫ぶ。


「フェザーの騎士たちよ、今こそ我々の力を示すときだっ!」

「おぉぉぉぉ!」

「反転だ、転進せよっ!」


 セラフィムを回しながら号令を出したヨハンを先頭に、各部隊は旋回を開始する。




 しばらくあと、レグニ陣営 ──


 フェザー公爵軍を追いかけていたレグニ侯爵軍を、突撃隊列を敷いたフェザー公爵軍が待ち構えていた。


「対面の丘で隊列を組めぇ!」


 先頭を走っていたエヴァンは号令を掛けて、全部隊を対面の丘に向かわせる。続々と追いついてきた騎兵たちは、公爵軍同様に突撃隊列を敷いていく。フィフニート砦からは一万程出陣していたが、ここまで付いてこれたのは騎兵五千騎ほどだけだった。それでもフェザー公爵軍の二千騎弱に比べれば、倍以上の規模である。


 将軍の一人がエヴァンの元に駆け寄ると、公爵軍を睨みながら尋ねる。


「閣下、公爵軍は動きませんな?」

「ふん、こちらの準備が整うのを待っておるのだろう」

「あくまで騎士らしく正々堂々ですか?」


 エヴァンは頷くと整いつつある隊列を見回す。そして、剣を突き上げて怒鳴りつける。


「隊列、急げっ!」


 兵たちは慌てた様子で整列を急ぐ。隊列が整う前に攻めてこない公爵軍のある意味恩情とも取れる行動に、エヴァンは苛立ちを隠せなかった。


「数は倍以上ですが、正面から粉砕しますか?」

「あぁ、小細工は無駄だろうからな。一応、弓の準備はさせておけ」

「わかりました。斉射後、突撃ですな」


 将軍は頷くと、馬を駆けさせて各部隊に伝達に向かうのだった。




 対面のフェザー公爵軍 ──


 ヨハンは正面に展開していくレグニ侯爵軍を、真っ直ぐな瞳で見つめている。ハルト伯爵がヨハンに確認するように尋ねる。


「続々と増えておるわ。倍近くいるようですな……」

「……今、攻めろと?」

「はははは、まさか! 閣下がそんな命令をするわけがありませんからな」


 ハルト伯爵は笑いながら答える。彼はヨハンの性格をしっかりと把握しており、正面からの対決を好むのを知っていた。


 ヨハンは敵陣から目を逸らさぬまま、少し済まなそうな顔をすると


「すまないな……」


 と呟くのだった。





◆◆◆◆◆





 『ハルト伯爵』


 オーフェル侯爵がヨハンの右腕なら、ハルト伯爵は左手と呼べる存在だ。


 元々は侯爵だったが家督を息子に譲った際に爵位を譲り、元々持っていた伯爵を名乗る様になった。先代のフェザー公爵から仕えている老将で、老齢により力は衰えているが用兵に関しては、ヨハンより巧みだと言われている名将である。


 一度引退しており息子が治めている領地で隠居生活を送っていたが、後進を育てるためにフェザターンで騎士や兵の調練するのが生甲斐になっている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ