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第149話「強襲なのじゃ」

 ノクト海 ブラックスカル号 ──


 手旗による救難信号を受けたブラックスカル号は、謎の船団から少し離れた形で並走する形で走っている。中型船の甲板に人々が溢れている様子を見たオルグは眉を寄せた。


「なんじゃ、ありゃぁ? 奴隷船か?」

「ひょっとして難民なんじゃないですか? 最近陸路じゃ、うちの国にも結構流れてきてるって聞きましたが」

「あぁ、難民だぁ?」


 オルグはしばらく考えたあと、頭を掻きながら命じた。


「とりあえず、停めるぞ! 奴らの風上を押さえろ!」

「了解っ!」


 ブラックスカル号が中型船に近付き、風上を押さえるように並走すると、人々を乗せた船は帆に風が受けれずガクンッと船足が落とした。その上で長い板で両者の船を繋ぎ、中型船に向かって大声で呼びかける。


「そっちの船じゃ話せそうもねぇ、代表者だけこっちに来いっ!」


 橋が架かった瞬間、群衆の中にはブラックスカル号に乗り移ろうと襲い掛かってくる者もいたが、乗組員はそれを許さず海に突き落としていく。人数はあちらの方が多く、迂闊に乗り込まれると船を占拠されかねない。


「待ってくれ、皆もやめるんだっ!」


 人混みを分けて一人の青年が、そう叫びながら掛けられた板の所に現れた。オルグは船縁に片足を乗せて、彼を睨みながら問う。


「お前が代表者か? 名は?」

「私が代表のローム・フォン・ジャスだ」

「よし、こっちにこい」


 ロームと名乗る青年がブラックスカル号に乗り込むと、二つの船を繋いでいた板はすぐに外された。中型船のほうからは悲鳴の様な抗議が響いている。オルグはロームと対峙すると、親指で自分を指しながら名乗る。


「ワシがキャプテンオルグだ。テメェら、いったい何者だ?」

「我々はレグニ侯爵の民衆狩りから逃れて来た者です。本当は七国同盟へ逃げ込もうとしたのですが、彼らは我々の受入れを拒否したため、仕方がなく船で海に……お願いです、我々をお助けください」


 ロームは頭を下げて懇願するが、オルグは髭を擦りながら唸る。


「う~む、一つ聞いてもいいか?」

「はい、なんなりと」

「あいつらを見りゃ、逃げてきたってのも頷ける。だが、貴族様があの中にいるのは何でだ? お前さん、貴族だろ」


 ロームは言いたくなさそうに口を噤んだが、やがて諦めたように話し始めた。


「はい、領土も失い名ばかりの貴族ですが……。あの船に乗っていたのは、私が領土解放戦線(レジスタンス)のリーダーだからです」


 ロームが言うには、ジャス子爵家はレグニ侯爵家に仕える小貴族だったが、十三年前の大戦の責任を追及されたおりに、サリマール皇帝より領土の返納を求められたレグニ侯爵は、ジャス家の領土を含む幾つかの領土を放棄、その補填を一切行なわなかった。


 ロームの父は領地を失った失意のなか死去し、彼は他に領土を失った者たちと共に領土解放戦線(レジスタンス)の結成を決意した。領土解放戦線(レジスタンス)も当初は平和な組織で、対話による交渉を試みていた。


 しかし、徐々にその志は変質していき、武力による領土奪還を目指す組織に変わっていってしまったのだ。ロームがそれに気がついた頃には、すでに彼にも制御できない組織になっており、各地で山賊まがいなことまでする始末だった。


 そんな中、レグニ侯爵が領土解放戦線(レジスタンス)を根絶やしにする作戦を決行、民衆に紛れていた領土解放戦線(レジスタンス)のメンバーをあぶりだすために、民衆ごと焼き払うという凶行に走る。


 当時レグニ領北部にいたロームは、逃げ惑う民衆をまとめ七国同盟へ亡命しようとしたが、七国同盟はクルト帝国との軋轢を避けるためにこれを拒否、行き場を失ったロームたち一行は仕方がなく海に出て逃げることになったのである。


 しかし脱出した者たちを満載にした船はまともに操船できず、流されるまま外洋に出てしまったところを、この船と出会ったとのことだった。


 一通り聞いたオルグは、腕を組んで考え込んでいる。しかし、決心したように頷くとロームの肩を叩いた。


「しゃーねぇな、要救難者を助けるのは海の習いだ」

「あ、ありがとうございますっ!」


 オルグは周りで見ていた船乗りたちに命じる。


「あの中型船はそのまま牽引するぞ、帆は畳ませろっ! 周辺の漁船の奴らは回収だ! 急げ、救難旗を掲げろっ!」

「アイアイサー!」


 オルグの命令に船乗りたちは迅速に作業を進めていく。数時間掛けて船を牽引しつつ、漁船では外洋を走れないため乗組員をブラックスカル号に回収する。準備が整った頃には夜になっていた。


「じゃ、帰るぞっ! 総帆開けぇ!」

「総帆開けっ!」


 オルグの号令で総帆を開いたブラックスカル号は、難民船を引きずるようにリスタ王国へ進み始めるのだった。



◇◇◆◇◇



 レグニ領 南部の砦 ──


 ファザー領と隣接している南部の砦には、二千ほどの兵が詰めていた。朝日が昇り始めたころ、見張りは目を細めながら周辺を確認していた。


「見張りなんて退屈なだけだぜ」

「そう言うな、中央の連中は賊軍狩りに駆り出されてるって話だぞ? そっちよりゃマシだろ?」

「あぁ、聞いたよ。なんでも民衆ごと皆殺しだそうだな。侯爵様も何を考えていらっしゃるのか」

「おいおい、侯爵様の悪口はまずいぜ。どんな場所に飛ばされるか……」

「どうせ、ここより僻地なんて……んっ!?」


 見張りの二人が軽口を叩き合っていると、見張りの一人が南の方角から砂煙が上がっているのを確認した。


「なんだ、ありゃ?」

「竜巻か……って、あれは騎兵だっ!? 敵襲だ! 半鐘を鳴らせっ!」


 見張りの一人が望遠鏡で確認すると騎兵の軍団が、猛スピードでこの砦に向かってきていた。見張りが慌てて警鐘を鳴らすと、兵士たちが慌てふためいた様子で城壁上に登り警戒を強める。


「あの旗印は、フェザー公爵のだぞ!」

「どういうことだ、なんでフェザー公爵軍が!?」

「いいから、狼煙を上げろっ!」


 混乱しながらも決められていた狼煙を上げ、震える手で弓を構える兵士たち、しばらくして肉眼で見えるほど接近したフェザー公爵軍は、何故か砦などなかったかの如くそのまま通り過ぎていく。


 何が起こったかわからず、戸惑いながらお互いの顔を見合わせる兵士たち。


「なんで襲ってこないんだ? 追いかけたほうがいいのか?」

「ば……馬鹿を言うな、あの剛剣公の軍だぞ? 野戦で勝てるわけないだろっ!?」


 以前の大戦時に抵抗した砦は、ほぼ全滅したという話はレグニ侯爵軍の中、特に南部の要塞に詰めている兵士の中では有名な話だった。そのため兵士たちは、通り過ぎていくフェザー公爵軍に安堵のため息をつき、決して追おうとはしなかったのだった。



◇◇◆◇◇



 レグニ領 レグニターン レグニ侯爵の屋敷 ──


 最南端にある砦で上げられた狼煙は砦間を繋ぎ、主要都市レグニターンまで届いていた。狼煙の報せはすぐにレグニ侯爵の元に伝えられた。エヴァン・フォン・レグニ侯爵は、机を叩きながら立ち上がって叫ぶ。


「なんだと!? どこの者だ? 数は?」

「わかりませんが南部からの報せということは、おそらくフェザー公爵軍か皇軍かと……」

「ぐぅ……とにかく各地の兵を集めよ、皇軍ならまだしもフェザー公爵なら猶予はない」

「侯爵様、まずは落ち着いてください。南を守る砦がそんなに早く落ちるとは思いません」


 エヴァンは、その兵士を殴り飛ばすと怒鳴りつけた。


「貴様は馬鹿かっ! 公爵ならちまちまと砦など落としたりはしないっ! まっすぐにこの街に向かってくるぞ。至急伝令を飛ばし、三日以内にフィフニート砦まで召集せよっ! そして南部の砦には、なんとしてもフェザー公爵軍の足止めせよと伝えるのだっ」

「はっ、はい!」


 兵士は痛む頬を押さえながら立ち上がると、大急ぎで部屋から出て行くのだった。





◆◆◆◆◆





 『フェザー公爵の強襲戦術』


 拠点及び退路を確保しながら進攻する通常の戦術とは違い、砦や支城を無視して目的地を強襲する戦術。野戦つまり平地での戦闘に、絶対の自信を誇るフェザー公爵軍の得意戦法で進軍速度はかなり速い。


 しかし、先発する騎兵と糧食や飼葉などを運ぶ荷駄隊に分かれているため、荷駄隊から二日以上の距離を離すと継戦が困難になる。そして荷駄隊には後続の主力部隊から、五百人規模の輸送隊が行き来して継続した補給を続けている。

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