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第148話「漂流船団なのじゃ」

 クルト帝国 フェザターン フェザー公爵の屋敷 大会議室 ──


 フェザー公爵の元にレオナルドが出したサリマールの命令書が届く頃には、周辺地域から騎士たちがフェザー公のお膝元であるフェザターンに集まっていた。フェザー領にも難民は流れて着いていたため、その報告を受けたヨハンが独断で早馬を出し、各地を守る騎士たちを呼び戻していたからである。


 レオナルドからの命令文を受け取ったヨハンは、大隊長クラスだけ大会議室に呼び出すことにした。ヨハンが大会議室に入ると、中には彼を除き六人の男たちが座っていた。その中の一人はヨハンの右腕と言えるオーフェル侯爵もいる。


「皆、よく来てくれた。事情は聞いていると思うが、先ほど陛下より勅命が下った」

「おぉ!」


 彼らはヨハンの命令であれば何でもする男たちだが、他の領地に攻め入るとなると大義名分が必要である。それは勅命であれば、これ以上の物はなかった。


「聞くところによると、多くの民が苦しんでいるとのことだ。他領の事とは言え帝国の臣民である。もはや一刻も猶予がない! そこで現在集まっている三千だけで先発するっ!」

「三千でですか?」


 隊長の一人が確認するために発言した。いくら大陸最強の公爵軍と言ってもレグニ侯爵の兵力は、少なくとも数万はいると言われている。戦力比が十倍ともなれば、彼が心配するのも当然だと言えた。


「その通りだ、先発隊の指揮は私が執る。オーフェルは後詰として、現在集まってきている兵力と輸送の指揮を執れ」

「はっ、わかりました」


 オーフェル侯爵が敬礼すると、ヨハンは力強く頷いた。そして彼が立ち上がると、一同が一斉に立ち上がる。


「それでは征くぞっ!」

「はっ、フェザー公に勝利を!」


 こうして、ついにフェザー公爵軍がレグニ領に向けて動き出すのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 大通り ──


 そんな国際情勢など、まったく知らない買い物中の主婦たちが店先で話している。


「最近、物が高くなってきたと思ってけど、そんなこともなかったわね~」

「なんでも難民の影響で物が入ってこなくなってたようだけど、陛下がちゃんと対応してくれたらしいわよ?」

「へぇ、やっぱり陛下はちゃんと私たちのことも見てくれているのね」


 これはファムから提供された穀物を、王家の名義で市場に流した影響だった。これにより市場は安定しており、高騰を狙って穀物を買い占めていた商人たちも慌てて放出し、現在のリスタ王国の穀物の流通量は通常より多いぐらいだった。


 その結果、穀物の値段は通常より下落する形になっている。少し疲れた様子の商人が、噂話をしている主婦たちに声を掛ける。


「あんたら、小麦買わないかね? 安くしとくよ……」

「小麦はさっき安い店で、大量に買っちゃったからいらないわ~」

「私も~ごめんなさいねぇ」


 主婦たちは愛想笑いを浮かべながら、そそくさとその場を離れていく。商人はがっくりと肩を落として毒づく。


「この大量に売れ残った小麦をどうすりゃいんだ……倉庫代だってタダじゃねぇし、くそっあいつらの口車に乗らなきゃこんなことには!」


 落ち込んでいる商人の前を、尻尾をバサバサと横に振り、上機嫌な鼻歌を歌っているファムが通り過ぎていく。その穀物商人は、そんなファムに声を掛けた。


「おぅ、狐堂! 随分ご機嫌じゃねぇか?」

「はっ、あんさんは随分不景気な顔やなぁ?」


 小馬鹿にしたような態度のファムに、商人は我慢しながら笑顔を作ると


「そうなんだよ、小麦が売れなくて困ってんだ。アンタのところで買ってくれねぇか? 安くしとくぜ」

「あははは、しばらく穀物の仕入れはやめとんのや。せっかく倉庫が空いたんやから、もっといいもん仕入れなあかんやろ」

「ぐぬぅ……同じ商人じゃねぇか、困ってるときはお互い様だろ?」


 懇願にも似た商人の言葉だったが、ファムは腹を抱えて笑いはじめる。


「あはははは、何を言うとんのや! ウチの商圏(なわばり)で悪さしようとした罰や、お仲間と一緒に地面でも舐めときや~」

「くっ……」


 商人はガクッと膝をつき項垂れる。ファムはフンッと鼻を鳴らすと、再び尻尾をバサバサと振りながら、その場を後にするのだった。



◇◇◆◇◇



 ノクト海 ブラックスカル号 甲板上 ──


 その日のノクト海は、強い風が吹いていた。海洋巡回艦隊『ベークファング』の旗艦ブラックスカル号はその風を受けて順調に進んでいる。その甲板上で、座り込んだオルグ・ハーロードが首を傾げていた。


「いったい、何処行ったんだぁ?」


 彼らは後々リスタ海軍に編入される予定になっているが、まだまだヒヨッ子の海軍の代わりに哨戒任務を続けていた。しかし、識別マークやベークファングの活躍により、運行するのが難しくなったのか、何か別のトラブルが起きたのかはわからないが、ここ一月ほど偽リスタ商船団の姿がまったく見えなくなってしまったのだ。


 リスタ王国からすれば、偽商船団さえ消えてくれれば問題ないのだが、暴れ損ねたオルグからすれば面白くない状況だった。


「範囲を広げてみるかぁ。おーい、もう少し南下するぜ、面舵一杯だっ!」

「アイアイサー、面舵いっぱーい!」


 オルグの号令に船乗りたちは、元気よく返事をすると船を南に進め始めた。




 そのまま半日ほど南下すると、見張りが何かを発見したようで甲板に向かって叫ぶ。


「針路上、多数の船影っ! 中型船が一隻、あとは漁船だと思います!」

「漁船だぁ?」


 オルグは首を傾げて望遠鏡で南方を覗く。確かに見張りの言う通り、中型船を中心に三角帆の小型船が多数浮かんでいる。


「なんだ、ありゃ? あんな船で外洋まで出るつもりかぁ?」


 中型船はともかく、周辺の漁船はどう見ても内海用であり、外洋に出た瞬間波に攫われて転覆するのが目に見えていた。


「所属はっ?」

「旗は掲げてません!」


 公海上では所属を示す旗を掲げることが、三大陸基礎条約に記載されている。オルグは首を傾げると、自慢の髭を擦りながら考え始めた。


「接近するぞっ、所属と目的を確認しろっ!」

「あいあいさー!」


 船乗りたちは返事をすると、帆を調整し件の船団む向けて舵を切った。そして、所属と目的を確認する信号旗を掲げるのだった。



◇◇◆◇◇



 ノクト海 謎の船団 ──


 中型船に漁船多数という異様な船団は、北西に向かって進んでいる。進んでいると言うよりは流されているのだが、その中心である中型船の甲板には溢れるほどの人が乗っており、荒れている海に翻弄されていた。


「正面から海賊船と思われる船が接近してきてますっ!」


 マスト上の見張り台から張り詰めた声が聞こえてくると、甲板上の群衆は混乱状態に陥った。しかし、逃げ場のない海の上である。祈るようにその場にへたり込む者、何とか逃げようと人々を押しのけようとする者、その影響で海に放り出される者などが続出している。


 そんな中、唯一開けた場所である舵の近くで、一人の青年が望遠鏡で前方を確認する。船体も帆も黒い船が真っ直ぐ近付いてきていたが、その青年はその船が掲げていた旗に気がついた。そして、混乱している群衆に対して大声で叫ぶ。


「みんな、落ち着くんだ! あれは海賊船ではない! リスタ王国の船だ」


 その声で群衆たちは落ち着きを取り戻したのが、依然いつ暴動が起きてもおかしくない危険な状態だった。見張りの船乗りが改めて叫ぶ。


「前方の船はリスタ王国の巡回船、所属と目的を求めていますっ!」


 驚いた青年が空を仰ぐようにマスト上を見ると、通常掲げられている旗が見当たらない。


「旗を掲げろ。帝国旗だっ!」


 しかし、騒がしい群衆の声で返事は聞こえてない。甲板上は操船が出来ないほど人に溢れており、とても旗など掲げられる状態ではなかった。


「前方の船の砲門が開きましたっ!? 信号『停船せよ、さもなくば轟沈する』」

「ひぃぃぃぃぃ」


 その見張りの一言で、再び恐慌状態に陥った群衆は甲板上で右往左往する。その状態を何とか落ち着かせようと青年は大声で叫ぶ。


「みんな、大丈夫だ! 手旗信号で送れ! 『我、クルト帝国船、交戦の意思なし。操船できず、救難を求む』だ」

「わ、わかりましたっ!」


 その声でマスト上の見張りは、腰に差していた白と赤の旗を狂ったように振り始めた。





◆◆◆◆◆





 『公海を航行する船は所属を示すこと』


 三大陸基礎条約に示されている条約の一つ。


 公海を航行する船は所属を示すこと、それを怠る船は無国籍船として扱い、航海の安全は保証しないものとする。


 無国籍船、つまり海賊として扱われるため、轟沈されても文句は言えないのである。領海内で運用される漁船などは適用外であり、基本的に国旗などは掲げていない。

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