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第146話「流通問題なのじゃ」

 リスタ王国 教授通り 甘味処『アムリタ』──


 教授通りにある甘味処『アムリタ』は、学生たちが放課後に寄るには丁度いい店で、いつもなら大人数で入ることは出来ないほど繁盛している。しかし、この日は何故か席がガラガラの状態だった。


「あれ、どうしたのかしら?」

「休みってわけじゃないみたいだけど?」


 レオンたちは首を傾げながら店に入ると、カウンターに立っていた店長が笑顔で挨拶をしてくる。


「これは殿下! ようこそいらっしゃいました」

「店長さん、やってますか?」


 開店当初は王族を迎えることに緊張していた店長も、何度も現れる王族たちにようやく慣れたのか、まともな接客が出来るようになっていた。そんな彼だったがレオンに対して済まなそうに頭を下げる。


「すみません。材料の仕入れに失敗してしまったようで、今日は飲み物しか提供できないんですよ」

「飲み物だけですか? 皆、どうしようか?」


 レオンが振り向いて確認すると、一同は頷いて答える。


「それじゃ、八人でお願いします」

「はい、ありがとうございます。では、こちらへどうぞ」


 店長に案内されて奥の席に着いた生徒たちは、それぞれ好みの飲み物を注文をする。注文を受けた店長は、丁寧にお辞儀をしてキッチンの方へ向かった。


「でも、どうしたんだろ? 仕入れを失敗するなんて」

「あの騒動で影響が出てるんじゃないか?」


 レオンとジークの会話に対して、商人の娘であるカミラが思い出したように呟いた。


「そう言えば、お父様も仕入れが大変だって言っていたわ」

「それなら、早く帰って手伝ってきなさいよ」


 その人ことを口火にカミラとシャルロットが喧嘩を始めると、店長が人数分の飲み物を運んできた。カミラとシャルロットは、慌てた様子で席に着いて恥ずかしそうに俯いている。テーブルに飲み物を置いていく店長にレオンが謝罪する。


「すみません、騒がしくして」

「いえ、他にお客さんもいませんから、気にしないでください」


 店長は苦笑いを浮かべながら会釈すると、カウンターの奥へ下がっていった。


「あら、美味しいですね。丁寧に淹れてくださっているのがわかります」


 紅茶を一口飲んだアイシャが、微笑みながら言うとレオンも頷いた。


「えぇ王城以外で飲むと濃かったり、逆に薄かったりすることが多いけど、ここのは丁度いい感じなんですよね」


 レオンが飲んでいる紅茶はマリーやマーガレットが淹れたものであり、徹底した管理のもと淹れられている。アイシャが口にしてきたのも同様に、薔薇の離宮のメイドたちが淹れた一級品だ。その二人を唸らせるほど、アムリタの紅茶は一級品だと言える。


「ジェニス、どうしたんだ?」


 少し考えて込みながらコーヒーを口にしていたジェニスに、ジークが首を傾げながら尋ねた。


「いえ、こんなしっかりした人でも、仕入れの失敗なんてするんだなって思って」


 そう答えたジェニスに、果実を絞ったジュースを飲んでいたラケシスが笑いながら答える。


「あははは、どんなにしっかりした人でも失敗ぐらいするでしょ。私だってよく失敗しているわ」

「お姉様はしっかりしてませんから、当てはまりませんが……」

「ちょっとイシス、どういうことっ!?」


 ラケシスは文句を言っているが、イシスは視線を外して澄ました顔をしている。そんな二人の様子に他のメンバーは笑いながら話を続けるのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 女王執務室 ──


 それから一週間が過ぎた頃、リリベットの元に一枚の報告書が届けられた。持ってきたのは財務大臣ヘルミナ・プリストである。この報告書は彼女の息子であるジェニスから、アムリタの店長の話を聞いたヘルミナが念のために調べた流通に関する結果だった。


 その報告を聞くなり、リリベットは額に皺を寄せて問い返す。


「……物資、特に穀物の流通が滞っておるじゃと?」

「はい、私の失策です」


 ヘルミナは苦々しいといった表情で頷いた。リスタ王国は海に隣接しており、穀物の生産に向いていない為、国内では塩害に強い品種を少量栽培しているだけである。そのため穀物類は国外からの輸入に頼っている。


 そういう事情から、国内での供給が不足しないように輸入しているのだが、陸路は難民騒動が始まる前から、東のレグニ領が情勢不安で輸入が滞っており、西のレティ領頼りになっていた。海路の輸入も難民に物資と人員を送るために、船舶を利用した影響で流通量が減っている。


 それでもヘルミナの予想では、国内備蓄を考慮して十分賄えるはずだった。


「ふむ、難民の影響で多少は滞るとは予想はしておったのじゃが……今後の予想はどうなっておるのじゃ?」

「はっ、このまま流通が正常化しなければ、穀物を中心に物価の上昇が懸念されます」

「むぅ……そうなると、まずいことになるじゃろうな」


 現在国家を上げて、難民問題の対処に追われているリスタ王国である。昔から暮らしている国民からすれば、他所からの面倒ごとに対処するより、国民の暮らしに目を向けて貰いたいのは当たり前の話だった。


「お主や宰相の予想が外れるなど珍しいのじゃ。原因はわかっておるのじゃろうか?」

「はい、調べた結果この騒動に応じて、穀物を買占めている商人がいるようです」


 ヘルミナの言葉に、リリベットの眉が跳ね上がる。


「つまり流通の鈍った穀物を狙って、商人が意図的に流通を止めて値を吊り上げようとしているのじゃな?」

「はい、違法性がないかも調べましたが、商人側も考えているようでフェーンズ卿の見解では、法的に問題のない範囲とのことでした」

「そうなると……打つ手なしじゃな。まったく、商人たちはいつも問題ばかり起こすのじゃ」


 リリベットがしばらく考えていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。その音に対してリリベットは顔を上げると


「マーガレットじゃな、どうしたのじゃ?」


 と尋ねる。ドアが開くとリリベットの予想通り、マーガレットが現れてお辞儀をする。


「陛下、お客様がいらっしゃいましたが、いかが致しましょうか?」

「今、忙しいのじゃ」

「わかりました」


 マーガレットが再びお辞儀をして前室に戻ると、前室から声が響き渡った。


「陛下~! 重要な用件があるんや~追い返さんといてや~!」


 その声を聞いて、リリベットはため息を付く。


「この声はファムじゃな、見計らったかのように来たのじゃ」


 彼女は執務机の席から立ちあがり扉まで歩き、前室の扉を開きながら訂正した。


「マーガレット、通すのじゃ」


 マーガレットは頷くと、近衛によってつまみ出される瞬前だったファムを呼びとめ、ラッツと共にリリベットの執務室へと通すのだった。


「おおきに、陛下。助かったわ~」

「追い払われたくなければ、次からは事前に許可を取ってから登城するのじゃ」


 気楽に話しかけてくるファムに、リリベットは小言を言いながら彼女にソファーを勧めた。ファムが座るとリリベットとヘルミナが対面に座り、リリベット側のソファーの後には、ラッツとマーガレットが控えていた。


「それで、今日は何の用なのじゃ?」

「いやぁ、困っとるんやないかと思うてなぁ~」

「ラッツ、こやつを追い出すのじゃ」

「はっ!」


 リリベットの命令にラッツが一歩前に出ると、ファムは耳をピーンと立てて慌てて首を横に振った。


「うわわわ、待ちぃ! わかった、わかったわ~、腹の探りあいを楽しみたい気分やないのやな? 今日来たんは穀物のことや」


 予想通りの回答にリリベットは満足そうに頷く。


「お主が一枚噛んでおるのじゃろうか?」

「いやいやいや、待ちぃやっ! 確かにウチのところにも話は来たけどなぁ、きっぱり断ってやったわ~」


 ファムは思いっきり首を横に振ると答える。リリベットがヘルミナを一瞥すると、ヘルミナは頷いて答えた。


「確かに今回の件では、狐堂の関与は認められていません」


 ファムはウンウンと頷いている。リリベットは、疑いの眼差しをファムに向けると尋ねる。


「お主が儲け話に乗らないとは珍しいのじゃ、何を企んでおるのじゃ?」

「ひっどいわ~、食い物を締め付けるなんて恨みを買うだけで儲けは少々! そんな話、ウチが乗るわけないやろ~?」


 現在、商人たちは穀物を買い占めて備蓄している状態である。それを値が高騰してから売りに出せば莫大な利益をあげることができる。しかもその後も流通量を制御できれば、その状態を維持することも出来るのだ。ファムが言う少々といったレベルの話ではないはずである。


「お主は私に迷惑は掛けるが、国に対して被害を与えるといった一線は決して越えぬのじゃ……何か提案があってきたのじゃろう? それは双方に利益がある話のはずなのじゃ」


 リリベットの言葉に、ファムはニヤッと笑って尻尾をバサバサと振っている。





◆◆◆◆◆





 『奇妙な信頼関係』


 リスタ王家と御用商人ファムの間には奇妙な信頼関係がある。常に利益を追求することに余念がないファムだが、リスタ王家に困ることがあると、結果として全てを賭けてそれを守ってきたのである。


 これはリリベットが法を盾にファムを脅してきても、別の形で必ずファムに損害の補填をしてきたことで彼女の信頼を得ていること、狐堂の基盤がリスタ国にあるため国が潰れてしまっては困るという、ファムの思惑などが関係している。

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