第145話「声明なのじゃ」
リスタ王国 東の城塞 難民キャンプ ──
小国ゆえの迅速な決定を下した国の指示により、王都より衛兵隊が派遣され、備蓄してあるテントや食料を輸送、設営を始めた難民キャンプには四百人近くの難民が押し寄せていた。衛兵隊長のゴルドは、大声で設営の指示をしている。
「テント班もっと急げ、まずは崩れなきゃいい! いつまでも野ざらしにしておくな、建てたところから詰め込んでいけ」
「わかりましたっ!」
「炊き出し班、全然足りないぞ。騎士団からも物資を供給して貰え、騎士どもがガタガタ言うなら俺のところに連れて来いっ」
「は、はいっ!」
「怪我人は、白い旗を掲げている大テントに運び込め! あそこに医者と治療士がいる。動けないヤツには肩を貸してやるんだ」
「了解です!」
次々と指示していくゴルドに、衛兵たちは大急ぎで動き回っていた。そのお陰もあってか、予想以上の早さで難民キャンプが形になっていく。
住む場所から焼きだされ路頭に迷って顔を伏せる民衆は、彼が傭兵時代に何でも目にしていた光景である。その様子を思い出しながらゴルドは舌打ちをして毒づく。
「最近は、ずっと平和だったってのに馬鹿どもがっ」
◇◇◆◇◇
リスタ王国 東の城塞 難民キャンプ 医療用テント ──
ルネ率いる医療班は休む間も惜しんで怪我人の治療を施しており、ある意味野戦病院のような状態だった。剣や槍で傷つけられた者や、焼き討ちにあい大やけどを負った者、逃げる時に転んで骨折した者など様々であったが、ろくな応急処置もせずに逃げて来た者たちも多く、治療を施しても助からない者も出てきている。
「戦場でもあるまいしなんて様だ、休む暇もないぞっ」
次々運び込まれる嫌気が差した町医者が愚痴をこぼしていると、ルネが大声で叱りつける。
「いい歳のおっさんがガタガタ言ってるんじゃないよ、少しはあの子たちを見習って手を動かしなっ!」
ルネが指差した方向には、彼女の娘であるミルが怪我人に包帯を巻いており、その奥ではサーリャが重傷者に治癒術を施している。二人とも懸命に治療を続けており、その姿を見た中年の町医者はバツが悪そうに自分の頭をペチペチと叩いたあとヤケ気味に叫んだ。
「次の患者を連れてこいっ!」
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 女王執務室 ──
翌日第一陣として送り出した衛兵隊からの報告を受けたリリベットは、宰相フィンと財務大臣ヘルミナを呼び出した。
「状況的にはかなりヒドい状況のようなのじゃ、私も一度現地を見ておきたいと思うのじゃが……」
リリベットの提案に、フィンは首を横に振った。
「お止めください。今の段階で陛下が向かわれてもやれることはありませんし、むしろ邪魔になるかと」
「ふむ……そうじゃな」
フィンにはっきり言われたことで、思い直したリリベットは別の提案をする。
「では、国民に対して支援を求めようと思うのじゃが、どうじゃろうか?」
「それはよいお考えかと、国庫にも限りがございますから」
国民に支援を求めるというリリベットの提案に、ヘルミナは同意、フィンも小さく頷いた。
「それではヘルシュに魔法具の準備を頼むのじゃ。このようなことしか出来ぬとは歯がゆいのじゃが……」
「いえ、国民に支援を求めるのは陛下にしかできません」
それから数時間後、リリベットは国民に対して魔法具を使用した『難民の受入れと、その支援に対する声明』を出したのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 役所 ──
王都には国民の暮らしを助けるために各所に役所がある。衛兵の詰所とは違い、店舗の申請や納税についての相談などに乗っている施設である。普段はそれほど忙しくない役所なのだが、現在は職員総出で大慌てである。
リリベットの『難民の受入れと、その支援に対する声明』により、国民たちが一斉に物資の提供や、「何か手伝うことはないか?」とボランティアに志願してきたためである。
普段から国民の暮らしに対して、誠実な行動してくれている王家に対して、ほとんど恩が返せてないと思っている国民が多い中、女王リリベットからのお願いと言える声明である。多くの国民がこのチャンスを逃すまいと動き始めてしまったのだ。
「課長~こんな数捌くのは無理ですよ~」
「城のほうには援軍を求めてある。もう少し頑張るんだっ!」
「ひぃぃぃぃ~」
ある意味嬉しい悲鳴であったがこの騒動の結果、役所の機能、及び王城の機能の一部が麻痺する状況に陥ってしまった。この件に関してリリベットの唯一の誤算は、自身の人気を過小評価していたことだろう。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王立学園 中等部の教室 ──
ボランティアに志願した学生も多く、いつもより少ない教室内でレオン、ジェニス、カミラ、シャルロットの四人が集まっていた。話題はもちろん難民についてである。
「サーリャお姉ちゃんが帰ってこないんだよ」
衛兵隊と共に難民キャンプに向かったサーリャが、帰ってこないことを心配したシャルロットが呟いた。カミラも心配そうな顔でシャルロットの背中を撫でている。
「僕たちにも何か手伝えることないのかな?」
「ご自身のお立場を考えてください、殿下。どこに行っても殿下が行けば、護衛などに人を割かねばいけませんから」
レオンの質問に答えてくれたのはジェニスだった。彼が言うことももっともなのだが、レオンは沈んだ顔をする。シャルロットを慰めていたカミラは急に怒り出した。
「こらっ、ジェニス君! レオンさまをいじめると許さないぞ!」
「そうだよ、許さないよっ!」
カミラに続いてシャルロットも怒り出したので、ジェニスは弱った顔をして後ずさる。レオンは笑いながら答える。
「あははは、別にジェニスにいじめられているわけではないよ」
四人がそんな話をしていると、ジーク、アイシャ、エアリス姉妹の四人が教室に入ってきた。その中でアイシャは首を傾げながら尋ねてくる。
「レオン王子、暗い顔をしてどうなさったんですか?」
「この国の王子なのに、何も出来ないのが心苦しくて……」
小さいながら王族の責任を果たそうとしているレオンの横顔が、凛々しいと感じたのかシャルロットとカミラはボーっと見蕩れている。アイシャは少し考えたあと微笑むと
「王族と言っても、何でもできると思うのは傲慢です。こういう時こそ、王族は国の支えとして、じっくりと構えていなくてはならないわ」
と窘めた。アイシャは皇族として幼い頃から帝王学を学んでおり、皇族の一員として恥ずかしくない振るまいを身に付けている。本来であれば王太子であるレオンも同様に学んでいるはずだが、リリベットは元より父であるフェルトもその辺りにはあまり頓着してないため、レオンはアイシャに比べると成長の余地がまだあるのだ。
レオンは小さく頷くと、アイシャの瞳を真っ直ぐに見つめる。
「そうですね。今は皆さんを信じることにします」
レオンが出した答えにアイシャが微笑むと、じっと見つめあっている二人に嫉妬したのかシャルロットが割って入ってきた。
「レ、レオンさまっ、気晴らしに少し出かけようよっ! この騒動のせいでレベッカさんが忙しくて、練習がないんだよっ!」
物資や人員の輸送に海洋ギルドの船舶を使っているため、レベッカも大忙しなのである。
「えっ、あ……うん、じゃちょっと出かけようか?」
急に言われたため、レオンが歯切れのよくない返事をするとシャルロットはパァと明るい顔になる。そうなると面白くないのはカミラである。彼女はシャルロットを押しのけると
「私も行きます、レオンさまっ!」
「ちょっと、カミラはお店の手伝いがあるでしょーが!」
シャルロットはカミラを押し返しながら反論する。二人が喧嘩をしている間にアイシャがレオンに尋ねる。
「私もご一緒しても?」
「えぇ、もちろんですよ、アイシャさん」
即答するレオンにシャルロットが落ち込み、カミラと何かヒソヒソと相談を始める。アイシャの提案にジークは小さく頷くと、自分も行くことを告げる。
「アイシャさんが行くなら、私も行こう」
「ジークが行くなら、当然私もいくわ」
「もちろん、私も」
そのまま芋蔓式にエアリス姉妹も参加することになり、レオンはジェニスの方を向いて
「ジェニスも来るだろ?」
「うん、今日は行こうかな」
こうして結局いつもの八人で、放課後の街に繰り出すことになったのである。
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『レグノ領難民問題』
レグノ侯爵の強引な領土解放戦線討伐作戦が起因とした難民問題は、レグニ領に隣接しているリスタ王国、フェザー領、七国同盟に影響があり、多くの難民が流れついていた。
リスタ王国は国是に沿って難民の受け入れを決定したが、七国同盟はクルト帝国との関係悪化を懸念して受け入れを拒否、フェザー領は自国民ということで限定的に受け入れているが、先の大戦時に争ったこともあり民衆の心象的にはあまりよくない。
リスタ王国の現時点での受け入れは四百人程度だが、この数は東の城砦の人口に対して八分の一程度の数であり早くも物資を逼迫しつつある。