第142話「調練なのじゃ」
リスタ王国 王城 修練所 ──
その日も朝からレオンとジークが、フェルトに剣術を教わっていた。本格的な調練に入る前に身体を解すために準備運動をしていると、美しい金髪を後ろで束ねた少女が修練所に姿を現した。
「叔父様、私もご一緒してもよろしいですか?」
その問い掛けに、フェルトは困ったような表情を浮かべる。
「アイラ、私は兄上にあまりお転婆なことをさせないように、頼まれているんだがね?」
「あら、剣術は皇族の嗜みでしょう? 叔母様も習っていると聞きましたわ」
「リリーは事あるごとにサボっているけどね。まぁいいだろう、兄上には秘密にしておいてくれよ?」
「ふふ、わかってます」
アイラが朗らかに笑うと、レオンがボーっと見蕩れてしまっている。ジークは剣を納めるとアイラにお辞儀をする。
「こうしてお話するのは、はじめてでしたね。私が学園内で護衛を任されましたジーク・フォン・ケルンです」
「はじめまして、ケルン卿。私がアイラ・クルトです、学園内ではアイシャ・フォン・フェザーと名乗ることになりますが、護衛の任よろしくお願いしますわ」
アイラも丁寧にお辞儀を返した。皇族の証であるクルト姓では無用なトラブルを生むとのことで、アイラは今回もアイシャとして学園に通うことになっていた。
レオン、ジーク、アイラの三人は、まず素振りから開始した。多少違えど三名とも正当な帝国剣術の流れを汲んだ流派であり、基本的な型はほぼ同じものである。フェルトの掛け声に合わせて、全員が一糸乱れぬように剣を振る。
幼少の頃から父であるフェルトに教えて貰っていたレオンや、リスタの騎士を父に持つジークはもちろん、見た目が華奢なアイラすら、その二人にまったく引けを取らない動きをしている。これにはレオンやジークは元より、フェルトですら驚いていた。
「アイラ、なかなか筋がいいね。兄上に教えて貰っていたのかな?」
「はい、お父様が子供の時に……最近は「女性らしくお淑やかにしなさい」ばかりですが、こっそりジャハルに教えて貰ったりしてました」
アイラは父の小言を思い出したのか、苦笑いを浮かべて答えた。
「なるほどね、少し興味が湧いてきたよ。レオン……いや、ジークがいいかな? 調練に入る前に少し彼女の実力を見ておきたい、相手をしてあげてくれないか?」
「はい、それは構いませんが……大丈夫なんですか?」
ジークに馬鹿にするつもりはなかったが、アイラは眉を少し吊り上げてから頬を少し膨らませる。
「あら、女だからと言って甘く見ないで欲しいわ」
「甘く見たりなど……」
ジークを首を軽く横に振って否定したが、アイラは腰に木剣を構えたまま修練所の中心まで歩いていく。そして、ジークの方を見てニッコリと笑う。
「早く始めましょう、ケルン卿?」
「……わかりました」
ジークは諦めたように頷くと、壁に立てかけたあった盾を拾ってアイラの待つ中央へ向かう。そして、お互いが向かい合い剣を掲げると構えを取る。ジークは盾を前面に押し出した騎士家に伝わる伝統的な構え、アイラは一見棒立ちに見えるが自然体で剣を下ろした構えだった。これは彼女の祖父である剛剣公ヨハンと同じ構えである。フェルトは彼らに近付くと、軽く手を上げて開始の号令をかけた。
「それでは、はじめっ!」
その声と共に最初に動いたのはアイラだった。一気に駆け出してジークが構えた盾の中心を一突きする。
カーンッ!
盾の中心を打ち抜いた衝撃が、ジークの腕を通して左肩を抜けていく。
「ぐぅっ!?」
予想外の攻撃に一瞬硬直するジーク、アイラは軽やかなステップでジークの左側に廻りこむ。盾のせいでアイラの位置が見えなかったジークだが、咄嗟に盾を振り回すように薙ぎ払う。
「きゃっ!?」
急に盾が迫ってきたことに驚きつつも、アイラは咄嗟に後に飛び退いて躱した。ジークが盾の死角に入られても反応できたのは、以前フィンの忠告を覚えていたからだった。
そんな二人を見てフェルトは頷く。
「二人ともやるな。レオンもよく見ておくといい」
「はい、父さまっ!」
再び対峙していた二人だったが、今度はジークから動いた。盾を構えたままアイラに駆け寄ると、振り上げた木剣を一気に振り下ろす。アイラは回転しながら躱して、再びジークの左側に流れるように廻りこんだ。
「まるで舞ってるみたいだ」
「無駄のない良いステップだね」
レオンは見蕩れながら呟くと、フェルトが感心しながら答える。
ジークが再び盾で薙ぎ払うとアイラはそれを潜り込み、振り上げるように木剣を振るう。ジークは残った木剣で咄嗟にそれを防ぐと、距離を取るために後に飛び退いた。
「まさか皇女が、こんなに動けるなんて思わなかったよ」
「少しは見直していただけたかしら?」
二人が構えたところで、フェルトが終了の号令を掛けた。
「そこまでっ! 二人とも良い動きだったよ」
「ありがとうございます」
フェルトは二人に近付くと、まずジークにアドバイスをしていく。
「しかし、ジークは盾を振り回し過ぎたね。振り払うにしても横ではなく斜めに振るといい、右上から左下に振り下ろすか、右下から左上に振り上げるんだ。そうすれば少しは避けにくくなるからね」
「はいっ、わかりました!」
ジークは力強く頷いた。続いてフェルトはアイラにアドバイスをする。
「アイラもさすが兄上の子だね、今の状態でも十分身は守れるだろう。しかし、最後の攻防では盾を潜り込んだ姿勢から、振り上げるのは少しいただけないな。あそこまで潜り込むなら、そのまま足を払ったほうがいい。まぁ言ってもわからないだろうから、少し構えてみなさい」
フェルトに言われてアイラが普通に中段で構えると、フェルトも中段で構えて対峙する。
「じゃお手本を見せよう」
そう言ったフェルトが上段突きの構えを取ったので、アイラは咄嗟に防御体勢を取る。しかし、これはフェイントでフェルトは潜り込むように身体を沈め、アイラの足を薙ぎ払った。
「くっ!」
アイラは咄嗟に飛んでそれを躱した。この反応だけでもたいしたものだが、フェルトはそのまま一歩踏み込んでアイラの顔の横の空間を貫くように木剣を突きを出す。この攻撃に跳んでいたアイラは反応できずに、そのままストンっと着地する。
「……と、こんな感じで攻めるのが良いだろうね」
フェルトがニッコリと微笑むと、アイラは目を輝かせていた。
「さすが叔父様ですっ!」
「ははは、私も父上には随分と鍛えられたからね。三人とも頑張れば、これぐらいならすぐに出来るようになるさ」
アイラ、レオン、ジークの三人は、一様に目を輝かせると大きな声で返事をする。
「はいっ、頑張ります」
◇◇◆◇◇
その日の昼頃、リスタ王国 王城 修練所 ──
フェルトたちが行なっている朝の調練に対して、修練所の片隅で現在行なわれている調練は、まさにお遊びのようなものだった。
今の時間は近衛隊の定期調練が行われており、副隊長サギリによる厳しい指導が行なわれている。隊長のラッツは隅のほうでリリベットとヘレン、そしてなぜか一緒に並んでいる妖精たちに剣術を教えている。
「とりあえず、素振りを……百ぐらいでいいですか?」
「多いのじゃ」
「おおいのじゃ」
リリベットたちが文句を言うと、ラッツは小さくため息をついて訂正する。
「じゃ五十回でいいですよ。それじゃ始めますよ? いち……に……さん……」
かなりゆっくり振っているにも関わらず、リリベットは何とか付いてきているが、ヘレンはすでに遅れており、妖精たちに関してはバラバラに踊っているようにしか見えない。
振り終わるとリリベットは少し息が乱れているし、ヘレンは遊んでるつもりなのかキャッキャと笑っている。妖精たちの中には、倒れてピクピクと痙攣しているのもいた。
「陛下、もう少し体力をお付けになったほうがいいですよ?」
「わ……わかっておるのじゃ」
「のじゃ~」
そんな少々情けない女王たちの姿を見て、近くで厳しい調練を積んでいる近衛の隊員たちは「俺たちが護らねばならない」と決意を新たにするのだった。
◆◆◆◆◆
『アイラの剣術』
剛剣公フェザー公爵の直系の孫である彼女は、父レオナルドに幼少の頃から剣術を習っていた。レオナルドも程ほどの護身ができればよいと思っていたが、血は争えないのか剣術でも才能を開花させてしまう。
しかし、サリナ皇女はそんな娘に「淑女らしく」して欲しいと思っており、お茶などの女性らしい趣味を教えていく。アイラも別に剣術だけが好きというわけでもなく大人しく従っていたが、それでも身体を動かすことも嫌いではないので、こそこそと護衛騎士であるジャハルに頼んで剣術を教えて貰い現在に至っている。