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第141話「新造艦なのじゃ」

 リスタ王国 王都 西リスタ港 新造艦の機関室 ──


 リスタ王国が狐堂から譲り受けた(・・・・・)五隻の船が進水式を終えて、エリーアス率いるリスタ王国海軍に配備されてから、三日ほどが経過していた。兵士の中には船に乗るものも初めての者もおり、まずは港で停泊中に訓練を行っている。


 五隻の船は最新式の魔導帆船であり、船に乗った経験があるものも魔導型の船に乗ったことはないため、一から研修を受ける必要があった。そのための講師として、クイーンリリベット号の機関室に配属になったミルが説明に来ていた。


 エリーアスとそれぞれの船の艦長及び副官、そして機関室付きの乗組員たちの前でミルが説明を始めている。


「さて皆さん、今日はよろしくお願いします。クイーンリリベット号の機関士のミルです」


 ミルは丁寧にお辞儀をしたが、説明を受ける乗組員たちはミルの幼い容姿に疑いの眼差しを送っている。


「おいおい、こんなお嬢ちゃんで大丈夫か?」

「魔導機関ってのはこんなお嬢ちゃんでも使えるのか、それなら余裕そうだぜ」


 ヒソヒソと話している乗組員たちに、エリーアスが怒鳴りつける。


「貴様ら、失礼だぞ! ちゃんと話を聞けっ!」

「は……はいっ!」


 乗組員たちは慌てて姿勢を正す。


「皆さんが思っている通り、魔導機関は簡単ですよ〜。基本的には全自動で動いてくれます」


 その話を聞いて、まじめに聞いていた乗組員たちも安心した様子になったが、ミルはニッコリと微笑むと付け加えるように言った。


「ただし調整を誤ったりすると、船ごと吹き跳びますから気を付けてくださいね」


 クイーンリリベット号の循環型精霊力式動力炉に比べれば、通常の魔導動力炉は暴走のリスクは少ないが、それでも一度臨界点を越えれば、船ごと吹き飛ばすのは容易な破壊力を秘めている。その言葉で乗組員たちの内、機関室に配属された者たちは真剣な表情に変わった。


「魔導機関は基本的に入出港、風の無い凪の時、そして嵐のような強風時に帆を畳んで航行する時などに使用します」

「あ……嵐の中を奔るのか?」


 乗組員たちは戸惑った様子で、お互いの顔を見ている。船乗りの常識では、荒天時はシーアンカーを使うなどして、船首を波に向けて漂泊するのが普通である。嵐の中を奔るなど自殺行為以外の何者でもないのだ。


「もちろん巨大船であるクイーンリリベット号や、グレートスカル号のような安定性はこの船にはありませんから、あまりに波が高いときは無理です。しかし、風の影響を受け難くなるので多少の無理はできます。この辺りの判断は艦長さん次第ですね」

「う……うむ、そうだな」


 艦長と副官も、ようやく話を聞く気になったようで姿勢を正している。


「それでは起動させていきますので、手順を覚えてくださいね」


 ミルは一つ一つの手順を確認しながら、動力炉を起動を開始した。ミルは起動音と共に動き出した動力炉に、はめ込まれた宝玉を指差す。


「この宝玉が、この色の時は動力炉は安定しています。でも……」


 宝玉に伸びている管にあるバルブを開くと、宝玉の色が赤に近付いていく。その瞬間、危険を報せる警告音が鳴り響いた。乗組員たちは聞き慣れない音に、慌てた様子で首を横に振っている。


「この音は警告音です。この音が鳴っている時は、速やかに動力炉を調整するか強制カットを行ってください。調整はこのバルブを開け閉めして調整します。強制カットするための手順は、このレバーを……」


 ミルが少し高い位置にあるレバーに飛びつくと、それを思いっきり引き下げる。ガコンッという音と共に警告音が鳴り止み、宝玉の色が平常の状態に戻っていく。


「通常動力炉を起動している時は帆を畳んでいますので、動力をカットするということは船が完全に止まることになると覚えておいてください。戦闘時に船が止まればどうなるか、皆さんならお分かりになるでしょう」


 説明を聞いている者たちは、ごくりと生唾を飲み込む。


「起動中の機関室には必ず一人は居てください。停泊時などはこの鍵を回して完全に停止させますが、停止から起動までには少し時間がかかります。面倒だからと言って通常停止時、強制停止レバーは使わないようにお願いしますね」


 その後もミルの講義は続いたが、いつの間にか屈強な船乗りたちも、この小さな講師の話に真剣に耳を傾けるようなっていたのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王国 廊下 ──


 リスタ海軍の研修を終えたミルが軍務大臣シグル・ミュラーに報告したあと、廊下をを歩いていると前からリリベットと綺麗な顔立ちの女性が現れた。ミルは道を譲って廊下の隅でお辞儀をする。


 リリベットはミルを一瞥すると、少し考えたあとに声を掛けた。


「おや、お主は……確かミルじゃったな? ルネの娘の」

「は、はいっ! 女王陛下」


 いきなり声を掛けられたミルは、慌てて顔を上げて返事をした。


「今日はどうしたのじゃ? ルネに会いにきたのか?」

「いいえ、ミュラー卿に報告に来ました」

「あぁ、海軍についてじゃな? 聞いておるのじゃ、ご苦労じゃったな」


 憧れのリリベットに労いの声を掛けられ、ミルは舞い上がった様子で首を横に振る。


「いいえ、とんでもありません」


 リリベットの後ろに控えていた女性は、その様子に声を掛けるタイミングを失っていた。それに気がついたリリベットは彼女を指しながら


「あぁすまぬのじゃ。この娘は私の姪に当たる子で名をアイラ・クルトというのじゃ。そして彼女が私の侍医の娘でミルなのじゃ」


 お互いを紹介すると、二人は握手を交わしながら微笑む。


「はじめまして、よろしくねミルちゃん」

「いえ、こちらこそよろしくお願いします」


 アイラの態度は明らかにヘレンのような子供に対する態度だったので、リリベットは少し困った様子で訂正することにした。


「ミル、お主……いくつじゃっただろうか?」

「はい、もう少しで十二になります」


 この答えにアイラは驚いた顔で、リリベットの顔を見ている。


「うむ……こちらにいるアイラも十二歳なのじゃ、同じ年頃じゃな」

「えっ!?」


 ミルもアイラのお互いの年齢を聞いて驚いている。これはミルが十二歳にしては幼く、アイラが十二歳にしては成長しすぎているからである。


「アイラが、もうすぐ学園に通うことになるのじゃ。ミルはクイーンリリベット号の機関士でもあるが、王立学園の高等部に通う学生でもあるのじゃ、年頃も同じことだし仲良くするよよいのじゃ」


 リリベットの提案に、アイラは姿勢を整えると丁寧にお辞儀をする。


「先ほどは失礼しましたミルさん。よろしくお願いします」

「ううん、私も驚いちゃった! 仲良くしましょうねっ」


 こうして誤解が解けた二人は、再び握手を交わすのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王立学園 中等部の教室 放課後 ──


 いつものようにレオンの周りに、シャルロットたちが集まっていた。いつもと違うのはジークが帯剣していることで、数日前に帯剣したジークについて、教員から騎士家の教育のためという説明が生徒たちの前でされていた。


 美形と言って差し支えのない容姿のジークが、帯剣している姿はとても様になっており、女生徒を中心に再び人気が急上昇中である。現在も声を掛ける勇気がない女生徒がチラチラとジークの方を見ていた。彼女たちがジークに近づけないのは、エアリス姉妹が牽制しているせいでもあった。


 ジークが帯剣をはじめた本当の理由は、学園内でのアイラ皇女の護衛が理由なのだが、その当人はまだ学園には姿を見せていなかった。リリベットから学園長経由で命じられたものの、細かなスケジュールまでは聞かれていないジークは、レオンに耳打ちするように尋ねる。


「殿下、皇女はいつ頃、学園に来るんだろうか?」

「もう少し調整が必要みたいで来週からのようですよ」

「なるほど、了解だ」


 美男子と美少年が顔を近付いている様子に、周りの女生徒からは黄色い歓声が上がっていたが、そこに割って入ったのはシャルロットだった。


「二人とも何を話してたの?」

「ごめん、シャルさん、まだ話せないんだよ。来週になればわかるから」


 アイラ皇女の学園編入は、まだ調整中で機密事項になっている。そのため、レオンも迂闊に口を割ることができなかったのだ。それに対して、シャルロットは面白くなさそうに頬を膨らませている。


 そこにカミラが飛び込んできて、レオンの顔に耳を近付ける。


「レオンさまっ、私だけにこっそり教えてください」

「あっ、こら、カミラッ! どさくさに紛れてレオンさまにくっつくなっ!」

「ちょっと髪を引っ張っぱらないでよ、シャル!」


 いつものように喧嘩をはじめた二人にレオンは苦笑いを浮かべ、ジークは気を引き締めるように腰の剣を僅かに握るのだった。





◆◆◆◆◆





 『新造魔導帆船』


 グレートスカル号や、オルグの黒鮫号(ブラックシャーク)と同じく、魔導動力炉を積んでいる帆船だ。造船に関しては新鋭的なリスタ王国でもそれほど多くない船種である。


 リリベットがこの船に目を付けたのは、製造主が狐堂だったこともあったが、クイーンリリベット号を旗艦にした場合、通常の帆船では艦隊運用に支障が出るためだった。

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