第140話「仕立てなのじゃ」
リスタ王国 王城 衣装室 ──
王城の一角にある衣装室は、主に女王であるリリベットの衣装が保管されている部屋である。部屋の中には、彼女が夜会や式典などで着るための衣装が並べられていた。
その衣装室にリリベットとマーガレット、アイラ皇女、マリーの娘ラケシスとイシス姉妹、護衛のサギリ、それにリリベットに呼び出された白毛玉のメアリーが来ていた。
メアリーは運んで貰った大量の箱を、テーブルに並べながらリリベットの方を向く。
「急に呼び出されて、なにかと思ったわ」
「うむ、すまなかったのじゃ。それで持ってきてくれたじゃろうか?」
「えぇ、大丈夫よ。登城する時は店長がすごい気合を入れた顔で、準備を手伝ってくれるから洩れはないはずだし、『くれぐれも失礼の無いようにねっ!』って念押ししてきたもの」
白毛玉の美人店長はなかなか豪胆な人物だが、それでもわりと失敗するメアリーを登城させるのは心配なようだ。それでもリリベットがメアリーを指名するため、仕方がなく彼女を向かわせるしかなかった。
「それで今日は……あら、貴女……久しぶりね、確かアイシャちゃんだったかしら?」
メアリーは、以前店を訪れたことがあるアイラの顔を覚えていた。アイシャとは前回アイラが使っていた偽名だが、アイラは訂正せずに微笑みながらメアリーにお辞儀をする。
「お久しぶりですねメアリーさん、今日はお願いします」
「相変わらず綺麗な子ね。まぁお姉さんに任せなさいっ!」
メアリーはプニプニの腕で力瘤をつくるポーズを取っている。今日は学園に通う準備としてアイラの制服を仕立てて貰う予定だった。
まずメアリーはアイラを大きな鏡の前に立たせると、身体のサイズを色々と測り始める。
「ふむふむ……十……何歳だっけ?」
「十二歳です」
アイラの年齢を聞いたメアリーは、難しい顔で唸り声を上げる。
「十二歳でこの完成度……十二歳と言ったら、陛下ですらただの子供だったのに」
「何を言っているのじゃ、その頃はフェルトと結婚していたのじゃ。それなりに大人じゃったぞ!?」
リリベットから抗議が入ったが、メアリーは苦笑いを浮かべながら、自分の胸の下辺りで手をぶらぶらさせる。
「だって、こんなだったじゃない?」
「もう少し高かったのじゃ!」
リリベットは堅くなに認めなかったが、横に控えていたマーガレットは小刻みに頷いている。リリベットが大きく成長したのは十四~十七歳ぐらいの頃なので、この件ではメアリーの記憶が正しい。
メアリーは箱の中から、王立学園の制服を取り出すとアイラに笑顔を向ける。
「さて、それじゃ合わせて行きましょうか」
メアリーは手馴れた様子で肩幅や各種丈を合わせていく。そして、一通り合わせると満足そうに頷く。
「まぁこんな感じかしらね?」
「わぁ可愛い!」
制服を着たアイラはスラッとしたスタイルが美しく、隠し切れない高貴なオーラが溢れていた。これにはラケシスとイシスも目を輝かせていて褒めていた。
「でも、貴女ちょっと髪が長すぎるわね」
メアリーはアイラの背中に回って唸りながら言う。アイラの髪は整えながらも、ずっと伸ばしているので、すでに腰を通り越し臀部まで差し掛かっている。
「学園生活でこれだけ長いと危ないわよ、少し切っちゃう?」
「いえ、出来れば……」
アイラが髪を切ることには拒否感を示したので、メアリーは頷くとポケットから髪留めを取り出した。
「じゃまとめちゃいましょうか、後ろで縛って……」
櫛で梳かしながらアイラの長い髪を後ろで結っていく。そして、ポニーテール状にすると、さらに櫛を通して綺麗に整えていった。
「はい、完成よっ!」
「わぁ、ありがとうございますっ!」
アイラは自分の姿に満足したのか笑顔で喜んでいる。しかし、メアリーは唸りながら呟く。
「これは……同姓からもモテちゃうかもね?」
アイラは元々の整った顔立ちで、その気品と相まって人々を魅了する娘だったが、髪を後ろで結ったことで凛々しさがプラスされていた。これにより同姓から見ても魅力的に見えるほどの格好良さがあり、ラケシスも若干グラついている。
「ちょっとイシス、ジーク並に格好いいわよ?」
「あら……お姉様、それでは彼女を追いかけては? 私はジークと添い遂げますので」
「それはダメっ! というか、ちゃっかり添い遂げるとか言わないでっ!」
リリベットは二人で盛り上がっているエアリス姉妹を一瞥するが、特に注意したりはせずメアリーに依頼をする。
「ふむ、彼女も気に入ったようじゃから、このサイズの服を何着か頼むのじゃ」
「わかったわ、すぐに仕上げてくる」
メアリーはウインクをしながら答える。その時、ドアをノックする音が聞こえたので、マーガレットが取り次ぐためにドアを開けた。
「もう入っても大丈夫でしょうか?」
その声はレオンのものだった。マーガレットが室内のリリベットに目配せすると、リリベットは小さく頷いて許可を出す。マーガレットが扉を大きく開くと、レオンの他にラッツとジャハルが入ってくる。
少し不機嫌そうな顔をしているジャハルを見た、アイラがクスッと笑う。
「ジャハル、どうしたのその格好?」
「私が聞きたいのですが……」
ジャハルもなぜか王立学園の制服を着ており、不満げな顔を浮かべている。どうやら別室で着替えさせられていたようだった。リリベットはそんなジャハルを見て微妙な表情を浮かべる。
「うむ……さすがに無理があったじゃろうか?」
「いえ、十分いけるかと」
リリベットとマーガレットがそんな会話をしていると、アイラが首を傾げながら尋ねる。
「何がですか、叔母様?」
「彼に学生に扮して護衛をして貰おうかと思って、制服を用意してもらったのじゃが、さすがに子供には見えぬのじゃ。仕方がない……ラッツ、お主が……」
リリベットがそこまで言うと、エアリス姉妹が前に躍り出る。
「陛下、やめてください。お父様に制服を着せるなんて無茶です」
「お願いします、何でもします」
必死に止める娘たちに、ラッツが苦笑いを浮かべて呟く。
「いや、俺だってまだまだ若いと思うんだがなぁ」
しかしエアリス姉妹は、必死に拒否と抗議をする。
「嫌よ、お父様と一緒に学校に通うなんて、絶対嫌っ!」
「歳を考えてください、お父様。お母様に言いつけますよっ!」
あまりの娘たちの必死の抵抗に、ラッツは肩を落として項垂れている。
「ふ~む……ではジャハル殿には、臨時教師として学園に入ってもらうのじゃ」
「……わかりました」
ジャハルは納得していない顔だったが、護衛任務のためと言われれば従わないわけにもいかないのである。
「学園内ではそうじゃな……ジークが良いじゃろう。彼に護衛を任せるのじゃ。騎士家だし帯剣を許可してもよいじゃろう」
この美人にジークが護衛に付くと言われ、エアリス姉妹は抗議したかったが、下手に抗議するとラッツが代わりになるかもと考えて口を噤んだ。
「レオン、お主も気にかけてやって……レオン、何を惚けておるのじゃ?」
リリベットに声を掛けられるまで、レオンは制服姿のアイラに見蕩れていた。自分が呼ばれていることに気がついたレオンは、慌てた様子で返事をする。
「……えっ!? あ、はい、母様、何でしょうか?」
「うむ……彼女の直衛はジークに頼むが、お主も出来る範囲で気にかけて欲しいのじゃ」
「は、はい、任せてくださいっ!」
レオンは少し赤い顔をしながら返事をした。そんな息子の様子にリリベットは心配そうに呟いた。
「大丈夫じゃろうか?」
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『白毛玉の美人店長』
白毛玉の店長は美人と評判の女性で、名前はアンジェラ・フォン・アニスという。名前からわかるとおり、クルト帝国の貴族の出である。
アニス家は下級貴族であり、彼女の美貌を利用して上級貴族に側室として嫁がせ、家の力を高めようとしていた。しかし、そんな家の方針にうんざりした彼女は嫁がされる前に逃走。
元々服飾のデザインに興味があった彼女は、帝国領で服飾関連の仕事をして生計を立てていた。しかしアニス家の追手が度々現れるので、新天地を求めてリスタ王国へ流れ着き、丁度学府エリアの発展で盛り上がっていた王国の熱気に惚れこみ定住を決めた。
そのハイセンスの衣装は、あっという間に貴族の目に止まり、最終的には王族にも衣装を卸す店に発展したのだった。