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第138話「交渉なのじゃ」

 リスタ王国 教授通り 狐堂二号店 ──


 王立学園の目の前という一等地にある狐堂二号店に、リリベットは財務大臣ヘルミナ・プリストと、司法大臣のカミリオ・フェーンズを連れて訪れていた。


 司法大臣カミリオ・フェーンズは、中年といった年齢だが身長は高く頭脳明晰な美男子である。その見た目に反して、リスタ王国でもっとも目立たない大臣と呼ばれる彼だが、それは彼が司る法律よりさらに上に、超法規的存在である女王リリベットがいるせいであり、決して彼の実力不足ではない。


 小さな犯罪などは衛兵が取り締まることができるため、衛兵隊は本来彼の直轄ではあるが、全権を衛兵隊長のゴルドに委譲しているのも影の薄さに拍車をかけていた。それでも国是である再出発(リスタート)法を除けば、犯罪を裁くのは彼の管轄なのだ。


 学生向けのお洒落な店内にリリベットたちが入っていくと、狐耳をピーンと立たせ尻尾をバッサバサと振っているファムが近付いてきていた。


「陛下、よう来てくれたなぁ~。ささっ、こっちにお茶用意してあるさかい、奥いこか~」


 ザイル連邦の北部地方の訛りが抜けないファムに導かれるまま、リリベットたちは店の奥にある応接室に通された。応接室には背の低い机やソファーのほかに、石像や絵画などの美術品が飾られている。この手の美術品は対貴族への箔付けや、商人同士の財力の目安に使われるため、がめついファムも随分とお金を使っているようだった。


 リリベットたちがソファーに座ると、その対面にはファムが座った。そして手を揉みながら用件を尋ねてきた。


「陛下から商売の話って聞いて待ってたんや~。今回はいったい何を揃えましょか?」

「うむ、今回は『船』が欲しいのじゃ」


 『船』と聞いて、ファムはキョトンとした表情を浮かべている。船が欲しいなら造船会社に行くべきであり、よろず屋的な商売をしているファムに尋ねてくるのは奇妙な話だったからだ。


「船やったら造船会社に行ったほうが早いとちゃいますか? そりゃ手数料さえ貰えるんやったら、仲介ぐらいは喜んでするけどなぁ~」

「仲介はしなくていいのじゃ、私たちが欲しいのはコレなのじゃ」


 リリベットは、ヘルミナから受け取った造船計画書をファムに差し出した。彼女はそれを受け取るとそれに目を通す。そして、額に皺を寄せて尋ねてくる。


「ひょっとして、この船売ってくれって言うんやないやろなぁ? この船はダメや、売りもんとちゃうで~。ウチはこの船で大陸間の輸送をはじめて、大儲けするつもりなんや!」


 最近グレートスカル号以外の商船団が大陸間交易を開始したことを受け、ファムもそれに一枚噛もうと船を注文したのだった。


「ふむ、かかった費用はこちらで持つのじゃが、どうしてもダメじゃろうか? 五隻でいいのじゃ、十隻も頼んでおるのじゃろう?」

「ダメったらダメや! ようやっと順番が回ってきて船がもう少しで完成するのに、なんで売らなきゃならんのや!」


 ファムは、尻尾をビーンと逆立たせ首を横に振る。頑なに拒否するファムに、リリベットは深くため息を付くと隣に座っているカミリオに目配せする。


 カミリオは小さく頷くと、懐から小さな本のような物を取り出してペラペラと捲りはじめた。そして、とあるページで止めるとファムに突きつける。


「ファムさん、貴女の行為は『商取引における独占を禁止する』法律に引っ掛かってます。造船の項目では一人の依頼者が同時に依頼できるのは、三隻までと決められているのを知っていますかな?」


 ファムは驚いた表情で突きつけられたページを見ると、確かに三隻までと書かれてきた。この制限は一人が造船所を独占してしまうと、他のものが依頼できなくなるためだった。


「ちょ……ちょっと待ちぃ、確かに仕入れるのはウチやけど、依頼者は違うやろ?」

「ダメです、最終的に船を得るのが一人であれば違法です。船は三隻を残し全て押収か、罰則金として同等額払うか、どちらか決めてください」


 ファムはワナワナと震えている。


「そんなバカなことがあるかいなっ! ウチは絶対払わんからなっ!」

「では違反金支払い拒否の罪で、再出発(リスタート)法に則り死刑なのじゃ」


 凄い剣幕で啖呵を切ったファムだったが、リリベットの淡々と発せられた一言で尻尾と耳が垂れ下がって、泣きそうな顔になる。


「そんな殺生な~」


 リリベットは咳払いをすると、ファムをチラリと見てから尋ねる。


「今なら先ほどの話は、まだ生きておるのじゃがな~」

「売っていただいた船はリスタ海軍で使用されます。海軍と同じ船を使用していると言えば、交易時の信頼度が高まるのでは?」


 リリベットの言葉とヘルミナの後押しで、経済的な効果を考慮したファムはついに観念した。


「わかったわっ! 五隻売ったるわっ、持ってけ泥棒!」


 やけになったファムはそう叫ぶと、紙にサラサラと数字を書いてリリベットに突き出した。


「ほら五隻分の費用なら、この金額でええやろ?」


 それに対してリリベットがヘルミナを向くと、ヘルミナは首を横に振った。


「この金額だと、ちゃっかり一割ほど利益を乗せてますね」


 ファムの顔にはバレたと書いてあったが、リリベットは首を横に振った。


「まぁ一割ぐらいは手数料ということでよいじゃろう。売買契約の書類を作るのじゃ」

「まいどあり~♪ ただし、今回の罪は不問にする証文が先やで~」


 その後、リリベットが証文にサインをすると、ファムも五隻の船の売買契約書を完成させた。こうして、リリベットたちはリスタ海軍用に船を手に入れたのだった。



◇◇◆◇◇



 クルト帝国 帝都 薔薇の離宮 サリナ皇女の私室 ──


 フェルトから届いた手紙を手にしたレオナルドが、サリナ皇女の私室を訪れていた。


 部屋に入ると少し顔色が悪いサリナ皇女がベッドで休んでおり、ベッドサイドに座っていた老齢のメイドが、席を立つと入ってきたレオナルドにお辞儀をする。それに対してレオナルドも軽く会釈をする。


「起きているか?」

「えぇ起きていますよ、レオ」


 メイドが答える前に、ベッドで寝ていたサリナ皇女が答える。レオナルドは微笑むとメイドの方を向き席を外すように頼み、メイドは深く頭を下げるとそのまま部屋から出ていった。


「大丈夫か?」

「えぇ、そんなに心配しなくても、しばらくすれば安定期に入りますから」


 体調が悪そうなサリナ皇女は優しく微笑みながら答えたが、レオナルドは心配そうな表情で先ほどまでメイドが座っていた椅子に座った。


「それでフェルト様からのお手紙ですか?」

「あぁフェルからの手紙だ。アイラの留学の件、受け入れてくれるそうだ」


 サリナ皇女は微笑みながら頷く。


「それは良かったわ。リリベット様の元なら、安心してアイラを任せておけます」

「まぁ大丈夫だとは思うが、護衛にはジャハルと何名かを付けるつもりだ」

「……ジャハルなら安心ね」


 少し含みがある言い方なのは、騎士ジャハルが職務に忠実過ぎるためで、娘やリスタ王国の者たちと問題を起こさないかを心配したからである。それを察したのか、レオナルドは顎を擦りながら答えた。


「ふむ、まぁ少し心配はあるだろうが、前回もさほど問題はおこさなかったのだ。おそらく大丈夫だろう」

「えぇ、それで出発はいつ?」

「数日中には出発させるつもりだ」


 レオナルドは、元々リスタ王国が断るはずがないと考えていたのですでに準備を進めており、いつでも出発できるようにしていた。サリナ皇女は寂しそうに呟く。


「そうですか、やはり一人で行かせるのは少し寂しいですが……」

アイラ(あの子)なら大丈夫だろう。今は自分とお腹の子のことだけを考えろ」


 レオナルドがサリナ皇女の腹部に優しく触ると、サリナ皇女はその手に自分の手を重ねて微笑んだ。





◆◆◆◆◆





 『騎士ジャハル』


 皇軍所属の黒髪の青年騎士、帝国南部の下級貴族の子供だったが剣術に秀でていたため、皇軍の騎士の一人に見習いとして仕えていた。しかし下級貴族の出であったため、その騎士から軽く扱われ雑用ばかりを押し付けられていた。


 一人で剣術の修練をしているところをレオナルドに見出され、サリナ皇女付き騎士の一人として皇軍最年少騎士に任命される。アイラが産まれてからは、歳が一番近いという理由でアイラ皇女付きの騎士になり、彼女の護衛任務に付くことが多い。

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