第135話「酒宴なのじゃ」
リスタ王国 地下専用港 ──
海洋ギルドからの使いという中年男性から連絡を受けたエリーアスは、彼の案内で王城へ行きそこから地下専用港に下りることになった。当初城に連れて行かれたので警戒したが、地下専用港でグレートスカル号とクイーンリリベット号が停泊しているのを見て、その港に驚きの声を上げる。
「船もそうだが、これほどの施設が城の地下にあるとは……」
「なかなかのものでしょう? これほどの大型船ですから、設備のほうもそれに合わせた専用のものになっているんですよ」
案内してくれた男性が、少し自慢げに答える。
「いや、本当に凄いな。しかし、いいのかね? この港は軍事機密かと思うのだが」
元軍人として当然の疑問をぶつけると、案内役の男性はニコッと微笑んで答える。
「はい、許可は取ってますからご安心を。ではグレートスカル号へどうぞ、船長が待ってますよ」
「あぁ、すまないね」
エリーアスは、案内されるままグレートスカル号のタラップを上がっていく。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 地下専用港 停泊中のグレートスカル号甲板 ──
甲板に上がると黒髪で褐色の大男と、海洋ギルドのマスターのレベッカ、そして同じく褐色だが白髪に長い髭を生やした老人が待っていた。
レベッカはニヤッと笑うと、エリーアスを歓迎した。
「よく来たねぇ、とりあえず紹介するよ。こっちのおっさんがアンタが会いたがってた、キャプテンログスだよ」
紹介されたログスは、ニカッと笑いながら一歩前に出て握手を求める。
「おいおい、父親に向かっておっさんはねぇだろ。俺がログス・ハーロードだ。アンタがエリーアス提督か、よく来てくれた! 俺も会いたかったぜぇ」
「はじめまして、キャプテンログス。エリーアス・フォン・アロイスです」
エリーアスとログスが握手を交したあと、レベッカは隣に立っている老人の紹介をはじめた。
「で、こっちが祖父のオルグ・ハーロードだよ。船乗りなら、名前ぐらいは聞いたことあるだろ?」
「なんとっ!? 伝説の海賊キャプテンオルグ! 海に生きるものとして知らぬわけがありません。お会いできて光栄です」
立場は違えど、オルグの活躍は海に生きるものにとって伝説である。エリーアスが握手を求めると、オルグは豪快に笑いながら応えた。
「がっはははは、俺もアンタの噂はよく聞いているぜ。あの戦いの時の艦隊の指揮はたいしたもんだった」
二人の紹介が終わり、レベッカは後ろに用意してある宴会の用意を指差す。
「それじゃ、飲むかっ!」
「あ、レベッカさん、良ければ私のことも紹介してもらえませんかね?」
そう言ったのは、エリーアスを案内してきた男性だった。レベッカは首を傾げながら尋ねる。
「なんだ、旦那。自分で紹介しなかったのか?」
「えぇ、まぁ……警戒されても困るので」
「ふ~ん、まぁいいがね。そこにいるアンタを案内してくれた旦那はシグル・ミュラー、この国の軍務大臣さ」
エリーアスは、驚いてシグルの方を向いて眼を見開いている。シグルは丁寧にお辞儀をして改めて挨拶をする。
「改めまして、私がシグル・ミュラーです。両雄の酒宴があると聞き、混ぜてもらおうと参戦した次第です」
「これは失礼しました。稀代の軍略家である貴公に、こんなところで会えるとは思いませんでした」
エリーアスも先の大戦で、シグル・ミュラーという軍略家が絶対的不利であったリスタ王国に勝利をもたらしたと聞き及んでいた。彼らの握手を終えると、レベッカの勧めで用意してあった酒宴の席に移動した。
酒宴の席と言っても、甲板上に料理や酒が置いてあるだけである。全員、それを囲むようにドカドカと座っていく。海賊流の宴会だが、貴族であるエリーアスも彼らに合わせて同じように座る。彼らの流儀に合わせることが、敬意を払うことだと理解しているのだ。
樽の蓋に太い腕を打ち付けて開けると、ログスは木製のジョッキを突っ込んで酒を入れると、参加者に次々と回していく。
「よし、回ったな? もっと飲みたい奴は、こっから勝手に注いでいけ」
「おい、親父! 木片が入ってるよっ」
「こまけぇこと、気にするんじゃねぇよ!」
レベッカの文句を笑いながらあしらうと、ログスはドカッと座りジョッキを掲げた。
「それじゃはじめるかっ! かつての強敵にっ!」
ログスの口上でジョッキを重ねると、後は好き勝手に飲み食いを始める。エリーアスは戸惑い気味だったが、そこには形式や作法などはそこには存在せず、食べたいものを食べ飲みたい奴は勝手に飲む、そんな酒宴だった。
しばらくして酒が回ってきたのかログスは豪快に笑い出し、エリーアスの肩に腕を回す。
「がっはははは、しっかしあの戦いの時の戦い方にゃ驚いたぜっ」
「こちらも、この船の頑強さには驚愕したものだ」
立場が違い、かつては争った二人だったが、二人とも海に生きる男たちである。酒を酌み交わしともに認め合えば、すぐにでも親友のような気持ちのいい間柄になっていた。
「ところでよ~俺と酒を飲み来ただけじゃねぇんだろぉ?」
「あぁ、そうだな。これを送ってくれた人物が知りたいんだが」
エリーアスは懐から例の手紙を取り出すとログスに見せる。ログスは手紙を上下や左右に、クルクルと回しながら笑い出す。
「がっはははは、わかんねぇや」
そこにシグルが声を掛けてきた。
「よろしければ見せていただいても?」
「あぁ、構わんよ」
エリーアスはログスから手紙を奪い取ると、それをシグルに手渡した。シグルは手紙の中身を見て、ニヤッと笑うと手紙をエリーアスに戻す。
「この筆跡は、宰相閣下の筆跡ですね」
「本当か!? しかし宰相といえば、この国の重鎮……お会いすることは叶わぬだろうか?」
エリーアスが残念そうに肩を落としていると、シグルは微笑みながら彼の肩に手を置く。
「私で良ければ取り次ぎましょう」
「それはありがたい! 是非一言お礼を申し上げたいのだ」
「わかりました、準備が整いましたら宿に使いをやりますので」
「あぁ、よろしく頼む」
話がまとまると、再びログスが絡みはじめる。
「難しい話は済んだかぁ? いいから、飲めぇ!」
「あ……あぁ、いただくとするよ」
その後、記憶を吹き飛ぶほど飲まされたエリーアスは、三日ほど宿から出れなくなったのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 貴族街 ミュラー邸 ──
シグル・ミュラーから晩餐の招待状が届き、エリーアスは馬車に揺られ貴族街にあるミュラー邸に訪問していた。玄関ではシグルと老執事が出迎えてくれ、さっそく食堂に通された。
エリーアスが食堂に入ると、すでに先客が座っていた。金の美しい髪に長い耳、座っていてもわかる長身のエルフである。そのエルフは席を立つと、エリーアスの前まで歩いてきた。近付かれるとその身長差がさらに際立つ。
シルグはエリーアスに、そのエルフの紹介をする。
「お分かりかもしれないが、我が国の宰相フィン閣下です」
「お初にお目にかかるアロイス伯爵」
フィンは握手を求めて手を差し出す。エリーアスはその握手に応じながら答える。
「はじめまして、エリーアス・フォン・アロイスです。爵位は息子に譲りました」
「そうでしたか、それは失礼した。ではエリーアス殿でよろしいかな?」
「はい、フィン殿」
挨拶が終ったところで、シグルは二人に席を勧める。
「では、続きは食事でもしながらにしましょうか、大したおもてなしはできませんが」
三人が座ってシグルが合図を送ると、料理が運び込まれてきた。料理自体はシグルの言う通り、貴族にしては質素なものだったが、フィンもエリーアスも気にした様子はなかった。
しばらくは食事をしながら、大戦時の話や先の海戦の話などをしていたが、しばらくしてエリーアスが本題を切り出した。彼は懐から礼の手紙を取り出してテーブルに置いた。そして、フィンを真っ直ぐに見つめながら尋ねる。
「この手紙を送ってくれたのは貴方でしょうか、フィン殿?」
フィンは目を細めてワインを飲むと、首を横に振った。
「いいえ、知りません。我が国は両国の間に立ち調停したのだから、一方に肩入れなどありえませんよ」
フィンはまだ話していない手紙の内容について知っている様子だが、それを認めるには問題があることを、否定することで示しているのだ。それを察したエリーアスは、クスッと笑うと手紙を引っ込める。
「そうですか、これのお陰で我が国の被害は最小に抑えられた。送ってくれた方に感謝を伝えたかったのですが」
「ふふふ、きっと気持ちは伝わるだろう」
二人はそれ以上、その話題に触れることはなかった。
その後も歓談を続けた三人だったが、しばらくしてシグルがある提案をした。
「エリーアス殿は、今後の予定を決めていないとか……どうです、我が国に仕えませんか?」
シグルの提案にエリーアスは心底驚いた顔をしたあと、豪快に笑いはじめる。
「はっはははは、シグル殿は冗談が上手いなっ! 私は貴国から見れば大罪人だぞ、そんな者に仕官を勧めるなど……その目、冗談ではないようだな」
笑われても変わることがないシグルの真剣な表情に、エリーアスは信じられないと言った様子で首を軽く横に振る。
「今、我が国にはエリーアス殿のような人材が必要なのです」
シグルはエリーアスに海軍が設立中であること、それが難航していることや条件面などを簡潔に説明した。それに対して、エリーアスは唸り声を上げて黙り込んでしまう。
そして、しばらくして静かに口を開く。
「少し……考えされてもらえないだろうか?」
「もちろんです。よいお返事をお待ちしていますよ」
こうして答えは一旦保留になり、晩餐会はそのまま終了となったのだった。
◆◆◆◆◆
『フィンの手紙』
フィンがエリーアスに送った手紙は、ミリヤムがもたらした情報をガウェインが解析したものや、シー・ランド海賊連合からもたらされた情報をまとめたものである。
この情報を知ったフィンは、このままではクルト帝国の大敗に終る可能性を考慮し、情報をリークしてバランスを取ることにしたのだ。そして、その思惑は見事に的中し両者痛み分けの結果になり、リスタ王国が行った仲裁の一助になったのである。