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第134話「婚姻問題なのじゃ」

 リスタ王国 王城 中庭 ──


 メアリーの強い要望により開催されたお茶会に、いつもの四人が参加していた。主な話題はやはりサーリャとコンラートについてだった。


 メアリーはニヤニヤしながら、流し目でサーリャに尋ねる。


「それで……もうしたの?」

「っ!? ……げふげふっ」


 突然の質問にサーリャは飲んでいたお茶を噴き出して咳き込んでいる。ナディアは呆れた様子で窘める。


「メアリー……下品よ」

「え~……だって、とある筋からの情報だと、宿屋に入ってからしばらく出て来なかったって聞いたわよ?」

「いったいどの筋なのじゃ……」


 これにはリリベットも呆れた様子だ。とある筋とは、リスタ王国に古くから存在すると言われているおばちゃんネットワークのことで、噂好きな国民性が仇になり噂話はあっという間に広がってしまうのだ。


「ま……まだ、しっ……してませんっ!」


 サーリャは顔を真っ赤にしながら否定するが、メアリーは冗談だと思ったのかカラカラと笑っている。


「またまた~こんなに可愛い子と宿屋で二人っきりで、手を出さない男がいるわけないじゃない……って、本当にっ!?」


 サーリャがずっと首を横に振っているので、メアリーは驚きながら尋ねる。


「うん、コーヒーを飲みながらお話しただけなの」

「それ……男として大丈夫なの?」


 逆に心配した様子で尋ねるメアリーに、リリベットが口を挟む。


「フェルトも結婚してから、二年以上は手を出してこなかったのじゃ」

「それは陛下が子供だったからだよ~」


 その言葉にリリベットは釈然としない様子で唸っていたが、ナディアは微笑みながら答える。


「私はそういう恋愛も好きだけどな。メアリーは即物的すぎるのよ」

「そっかな~普通だと思うけどな~」


 メアリーは懲りない調子で言うが、サーリャが少し怒りながら言う。


「メアリーちゃんは、過干渉すぎなのっ!」

「うぐっ……サーリャに怒られた~地味にショック~」


 メアリーが落ち込んだ様子を見せると、サーリャが慌てて取り繕う。


「そ……そんなに怒ってないよ? だからそんなに落ち込まないで」

「私のこと……嫌いになったんでしょ?」

「そんなことないよ、大好きだよ」

「本当に?」

「うん、一番のお友達だもの」


 その言葉でメアリーは椅子から飛び起きて、サーリャに抱きつく。


「私もサーリャのこと大好きよ~」

「わっ!?」


 その二人を見て、リリベットとナディアは呆れた様子で呟く。


「サーリャは、メアリーに甘すぎるのじゃ」

「まったくです、もっと鞭で打つように厳しくしないと調子に乗るんだから」


 メアリーに抱きつかれながら、サーリャが苦笑いを浮かべている。


「陛下たちが厳しすぎるんだよ~」

「そうだそうだ、もっと言ってやれ~」


 サーリャに擁護され調子に乗ったメアリーが、煽るように言うと皆から笑い声が洩れた。そんな感じで軽口は叩きあいながらも仲の良い四人は、その後も楽しげにお茶会を続けるのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 東の城砦 団長室 ──


 騎士団長ミュルン・フォン・アイオの部屋に、彼女の従士コンラートが訪れていた。コンラートは敬礼すると王都からの帰陣の報告をする。


「従士コンラート、ただいま定期連絡から戻りました」

「うむ、ご苦労……最近、お前ばかり行っているようだが、他の者に任せても良いのだぞ?」


 定期連絡とは各城砦から、リリベットの元へ報告書を届ける仕事のことであり、コンラートはサーリャと会う時間を作るため、自ら志願して王都へ向かっていた。


「いえ、お心遣い感謝致します。それでは失礼しますっ!」

「待て、コンラート!」


 呼び止められたコンラートは再び振り返ると、直立不動でミュルンの言葉を待った。ミュルンは少し言いにくそうに額に皺を寄せている。


「実は叔父上から尋ねられたのだが、お前……王都に恋人がいるというのは本当か?」


 コンラートは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに覚悟を決めた様子で力強く頷いた。


「はい、お付き合いしている女性がいますっ!」

「市井の者というのは?」

「はっ、間違いありません」


 ミュルンは頭を抱えるように机に肘をついた。


「お前も騎士家の伝統は知っているな?」

「はい、古くさい仕来りと思っています」


 騎士家の伝統とは騎士家同士で婚姻することであり、ミュルン自身も同じ騎士を婿にもらっている。そのためコンラートの「古くさい仕来り」発言には、苦笑いを浮かべている。


「私もお前が言う古くさい慣わしに沿って、結婚しているのだがな」

「団長は旦那様を愛しておいででしょうか?」

「あぁ、もちろんだ」


 ミュルンは自信を持って答える。ミュルンとその夫の仲は、騎士団内でも有名なほど仲が良いのだ。


「では、もし彼が市井の者だったとしたら諦めたでしょうか?」

「……諦めるのは難しいだろうな」


 これはミュルンの素直な感想だった。コンラートは畳み掛けるように続ける。


「団長の場合、たまたま騎士家だったというだけでしょう。私はサーリャさんを諦めるつもりはありません」


 ミュルンは頭を抱えたまま答える。


「そこまでの覚悟があるなら、私は何も言わん。お前が叔父上を説得するんだな」

「は、はいっ! ありがとうございます」

「以上だ、下がれ」

「はっ!」


 コンラートは敬礼をすると、部屋から出て行った。その背中を見送りつつミュルンは静かに呟く。


「まったく若いな……」



◇◇◆◇◇



 クルト帝国 エンドラッハ宮殿 皇帝私室 ──


 その頃、クルト帝国でも縁談の話が拗れていた。


 皇帝サリマールの私室で、彼が深いため息をついている。彼の対面には、宰相レオナルドが座っており相談を受けていた。


「陛下、何かお困りのことでも?」

「うむ……ザイル連邦との婚姻の件だ」


 これは講和会議の席でサリマールが、ザイル連邦の新しい王ラァミルに自分の娘を娶るように勧めた話である。彼には三人の娘がおり、それぞれ十一歳、八歳、四歳になる。それぞれ母が違い、後宮に住まうサリマールの寵姫たちが母親だった。


 正室の子なら女児でも継承権上位が約束されるが、サリマールは正室を迎えておらず息子ではない娘たちの継承権はかなり低い。このままで大きくなれば、どこかの貴族の嫁に送り出されるのが運命である。それならば違う大陸とはいえ超大国の君主の妻であれば、それほど悪い条件ではないと思っていた。


 しかし、そんな彼の考えも知らず娘たちの母親は大反発したのである。もちろん娘を違う大陸に送り出すのも憚れるが、一番の障害になっているのはラァミル王が獅子の獣人であることだった。同じ大陸でもリスタ王国ではそうでもないが、クルト帝国では根深い獣人や亜人の差別があり、そんな者に娘は嫁がせれないと反対しているのだ。


 もちろんサリマールが勅命を出し、無理やり嫁がせることも可能なのだが、その場合後宮を敵に回す恐れがあった。彼にとって後宮は心が休まる数少ない場所であり、その事態は避けたいと思っているのである。


「……という訳なのだ」

「なるほど……しかし正当な理由もなく、陛下自らの約束を反故にするわけにもいきますまい?」


 口約束とは言え皇帝自ら言い出したことである、通常の約束とは重みが違った。


「ふむ側室(つま)たちが言うには、そんなに皇族の娘が必要なら、アイラ皇女(そなたの娘)を嫁がせればいいではないかと申すのだ」

「な……なんですって!?」


 珍しく狼狽して立ち上がったレオナルドに、サリマールは掌を向けて落ち着くように言う。


「待て、もちろん余はそんなことは出来ぬと断った。先方も余の娘でなければ納得しないだろうしな」


 サリマールに諭されて、レオナルドは再びソファーに座ると不機嫌そうに改めて尋ねる。


「そのご様子だと、姫君たちの反発に悩んでいる感じではありませんね?」

側室(つま)たちは説得を続けるとして……問題なのは、アイラ皇女を嫁に出すという話が一人歩きしてしまっていることだ。このままでは、いずれフェザー公(そなたの父)の耳にも届くだろう」


 レオナルドは頭を抱えながら答えた。


「それはまずいな……父上ならば、孫が無理やり嫁がされると聞けば何をしでかすか……」


 フェザー公はクルト帝国最大の重鎮であり、サリマールへの忠誠も篤いが家族に対する想いは人一倍であり、皇帝とは言え孫に非道を働いたと聞けば、全軍を持って帝都を攻めかねない人物である。問題なのはクルト帝国の中で戦力を二分するといわれている皇軍すら、百戦錬磨のフェザー公爵軍には遠く及ばないことだった。


 レオナルドの心配を聞いたサリマールは、再び深いため息をつくと彼に調停を依頼する。


「やはりか、このようなことでフェザー公と対立するのは避けたい。レオ、お主が行って事情を説明してきてくれぬだろうか?」

「わかりました、すぐにでも発つことにします」

「うむ、よろしく頼んだぞ」


 その後、レオナルドはアイラ皇女を伴い、すぐにフェザー領へ向かって出発するのだった。





◆◆◆◆◆





 『フェザー公爵領の領主軍』


 正式名称はフェザー公爵領の領主軍、通称はフェザー公爵軍といい。ムラクトル大陸最大の軍隊である。帝国全体の三分の一ほどの規模を誇り、半数以上を騎兵が締めており、その機動力で大陸各地の反乱分子を征伐してきた百選練磨の軍隊である。

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