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第131話「傭兵なのじゃ」

 クルト帝国 エンドラッハ宮殿 謁見の間 ──


 貴族風の中年男性が玉座に向かって歩いている。赤いカーペットの左右にはいつも以上に皇軍の兵士たちが控えている。この兵士の数は、そのままサリマール皇帝が彼に持っている疑念を表していた。


 彼の名はエヴァン・フォン・レグニ侯爵、かの大戦のあと家督を継いだ男性だった。


 彼が玉座の前で傅くと、玉座に座るサリマールが声を掛ける。


「レグニ侯爵……面を上げよ、遠路ご苦労であった。なぜ呼ばれたかはわかっておるな?」

「はっ! 領土解放戦線(賊軍)についてでございますね」


 民衆からは領土解放戦線(レジスタンス)と呼ばれているが、クルト帝国は公式には賊軍と称している。その賊軍が、最近レグニ領で暴れまわっているという話が、ついに皇帝サリマールの耳にも届き、今回のエヴァンが帝都に呼び出されることになったのだった。


「十二年前、余はレグニ領から領土をいくつか返還させた。その者たちはそれが不服という話だがお主もそうなのか?」


 少し高圧的な物言いだが、これは皇帝サリマールの怒りが隠しきれないものだったからである。エヴァンは、すぐさま首を横に振り否定する。


「滅相もございません。本来であれば取り潰しであってもおかしくないものを、皇帝陛下の寛大な慈悲に感謝こそすれ、反感など……」

「では、なぜ余の土地で賊軍を野放しにしておるのだっ!」


 皇帝サリマールは玉座から立ち上がり叫ぶ、その表情には怒りがハッキリと見て取れるものだった。無論、エヴァンも賊軍を野放しなどにはしていない。何度も討伐軍を派遣しているのだが、民衆の助けもあってかいつも取り逃がしてしまっているのだ。


「お怒りはごもっともでございますが、今しばしのご猶予をいただきたく……」


 エヴァンは再び跪きながら懇願する。皇帝サリマールは玉座に座ると、黙って少し考えるはじめた。そして、隣に控えている宰相レオナルドに尋ねる。


「宰相、どうすればよいか?」

「はい、今しばらくレグニ侯爵にお任せするのがよいかと、もし侯爵の手に余るようでしたら、隣接する領に援軍を頼むのはどうでしょうか?」


 その提案にエヴァンが顔を上げて答える。


「お任せください、必ずや平定してみせます」


 皇帝サリマールは頷くと、再び立ち上がりエヴァンに命じる。


「それではレグニ侯爵、お前に三月(みつき)の猶予を与える。それまでに見事賊軍を打ち倒し領土を平定せよ」

「はっ! 勅命、確かに承りました。必ずや皇帝陛下のご期待に沿うよう身命を賭しまして」


 エヴァンは立ち上がり宣言すると、決意を宿した瞳で皇帝サリマールを見つめながら敬礼した。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 女王執務室 ──


 リリベットが執務机に向かって書類に目を通していると、軍務大臣シグル・ミュラーがマーガレットに通されて入ってきた。


 シグルはリリベットの前に立つと敬礼をする。


「陛下、一つご報告したいことがありまして」

「何事なのじゃ?」


 リリベットは書類から目を離して、シグルのほうに顔を向ける。


「陛下はエリーアス提督のことは、ご存知でしょうか?」

「うむ、クルト帝国の提督じゃな? 先の海戦の際に会っておるのじゃ」


 シグルは頷くと、さらに質問を続けた。


「彼がクルト帝国西方艦隊の提督を、辞したことはどうでしょうか?」

「初耳なのじゃ」


 シグルの質問の意図が掴めず、リリベットは首を傾げる。


「その提督……いえ元提督ですが、我が国に入国したのです」

「ほぅ、事前に訪問の報せは受けておらぬのじゃが……私用での訪問じゃろうか?」

「はい、報告によると入国の理由は、ただの旅行とのことでした。現在は西の城砦にいるようです」


 この報せは西の城砦の関所で発覚した情報で、一足早く早馬で王都に届けられたのだ。


「個人的な旅行であれば気にすることはないとじゃろう。もし謁見を求めるようなら会ってもよいのじゃ」

「わかりました。念のために監視を付けますが、よろしいですね?」


 シグルが何を心配しているのかはわからなかったが、リリベットは特に問い詰めることもなく頷いた。


「うむ、よくわからぬがお主に任せるのじゃ」

「ありがとうございます」


 リリベットの許可が下りたことで、シグルは丁寧にお辞儀をしてから部屋を後にするのだった。



◇◇◆◇◇



 クルト帝国 レグニ領 レグニターンへ向かう街道 ──


 レグニ領へ向かう街道を、護衛付きで馬車五つが連なっている商隊が進んでいた。護衛たちは大柄だが、何故か全員フードをかぶって顔を隠している。全ての馬車の幌には狐のマークが施されている。馬車の先頭には淡い茶色の髪と獣の耳を持った女性、狐堂店主のファムが手綱を握っていた。


 ファムは鼻歌交じりで上機嫌に呟く。


「ふっふ~ん♪ レグニターンは物資不足らしいから、今売りに行けばガッポガッポや~」


 もうすでに頭の中では、儲けた金貨の数を数えているファムの商隊の前に、突然バサバサという音を響かせながら木が倒れてきた。


「な、なんやっ!?」


 街道は木で塞がれてしまい、馬車がすべて停車すると顔を隠した男たちがぞろぞろと姿を現した。


「賊だっ! 敵襲だぞ!」


 突然現れた賊に、護衛隊長はフードを脱ぎ捨てた。フードの中からは豹の頭を持った獣人の顔が現れる。これには襲撃者も驚いた様子で戸惑っている。豹頭の護衛は、手にした戦斧を振り上げながら叫ぶ。


「野郎ども、陸の上での初仕事だ! ヴェー様に続けぇ!」

「おぉぉぉぉぉ!」


 彼はかつてノーマの海賊の一員で、クレイジースカル船長のガイルと死闘を演じた船長である。先の戦いで船を失い捕まったが釈放された。しかし、行く場所がないので彼を慕う船員たちと共に傭兵稼業をはじめることにしたのだ。


 そして今回は初仕事として、ファムの護衛の依頼を受けたのだった。そんな彼らに、ファムは馬車の中に隠れながら叫ぶ。


「が、頑張ってや~、報酬は弾むでぇ!」


 襲撃してきたのは、最近活動が盛んになっている領土解放戦線(レジスタンス)の一員で数は五十名程度、対するヴェー傭兵団は十名程度である。


「物資を奪えぇ!」

「おぉぉぉぉ!」


 当初は驚いていたが、多勢に無勢とみて雄叫びを一斉に襲い掛かる領土解放戦線(レジスタンス)。しかし、ヴェー傭兵団は全て元海賊の獣人で構成されており、民衆で構成されている領土解放戦線(レジスタンス)では相手にもならなかった。あっという間に三分の一ほどやられると、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「はっ、尻尾を巻いてさっさと逃げていきやがった!」

「おぉぉぉぉぉ!」


 ヴェーが戦斧を振り上げて叫ぶと、彼の部下たちも雄叫びを上げた。しばらくして、周りがしずかになるとファムが馬車から出てくる。


「おぉ、さすがやな旦那、うちの見込んだ男なだけはあるわ~」

「そんな世辞はいらねぇんだよ、襲われたんだから追加報酬出るんだろうな?」


 ヴェーはファムを睨みながら尋ねるが、ファムは笑顔で頷きながら答える。


「もちろんや、一人頭銀貨一枚やったか?」

「あぁん?」


 ヴェーが凄むと、ファムは慌てて言いなおした。


「嘘や、冗談に決まってるやろぅ、銀貨三枚やな」

「おぅよ、ちゃんと頼むぜ」

「無事についたらちゃんと払ってやるわ~……というわけで、あの邪魔な木をどかしてくれや~」


 ファムは街道上に倒れた大木を指差す。ヴェーはそれを見て首を横に振る。


「俺たちの仕事はアンタと積荷の護衛だ、あんな大木を動かす仕事は請けてねぇ」

「ほんま、がめついわっ! これだからジオロの連中と商売するのは嫌なんや! わかった、一人頭銀貨一枚追加するわ~」


 ファムは自分のことは完全に棚に上げて、さらに追加報酬の提示をする。ヴェーは部下たちの反応を見ながら首を縦に振った。


「わかった、一人銀貨一枚で受けてやんぜ。野郎どもいくぞっ!」

「おぉぉぉぉ」


 ヴェーたち獣人は横倒しの大樹に群がると、一気に力を込めて動かしてしまう。それを見たファムは大喜びで馬車を動かしはじめる。


「さすが、獣人の力はちゃうな~」


 襲撃を撃退したファムたちは、そのまま主要都市レグニターンに向かって進み始めるのだった。





◆◆◆◆◆





 『ノーマの海賊の処分』


 頭領以下、幹部とアイゼンリスト襲撃の実行犯は、帝都にて公開処刑を受けた。残った海賊たちは、海都へ運ばれ簡単な修繕がされた船を受け取り釈放された。


 その中でも船が完全に航行不能になった者は、ジオロ共和国に戻るか王都に留まるかの選択を迫られ、ヴェーたちは海賊から足を洗って、リスタ王国で第二の人生を歩むことを決めたのだった。

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