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第129話「臨検任務なのじゃ」

 クルト帝国 西方都市ノイスターン ──


 クルト帝国西方艦隊の宿営地であるノイスターンは美しい港町である。そのノイスターンにあるとある貴族の屋敷の玄関先で、一組の親子が別れを惜しんでいた。


 旅支度に身を包んだ中年男性は、貴族風の格好をした息子の肩に手を置く。


「それではよろしく頼んだぞ、セイリス。これからは、お前がアロイス家を護っていくのだ」

「父上、本当に行かれるのですか?」


 セイリスと呼ばれた青年は懇願するように尋ねるが、中年男性は力強く頷く。軍服こそ着ていないが、彼はかつて帝国連邦艦隊を従えていたエリーアス・フォン・アロイスである。


 サリマール皇帝は彼を叱責するつもりがなかったが、彼は自らジオロ共和国との戦いの責任を取り、家督を息子であるセイリス・フォン・アロイスに譲り、西方艦隊提督の職も辞任した。


 そしていま住み慣れたノイスターンから、旅立とうとしていたのだった。


「どこへ行かれるのですか?」

「目的は特にないのだが、まずは手紙の礼を言いに行こうと思っている」

「手紙ですか?」


 セイリスが首を傾げると、エリーアスは懐から少しボロボロになった手紙を取り出した。


「この手紙には、ジオロ共和国とノーマの海賊についての機密情報が書かれている。この手紙が事前に届いたことで、我々は準備することができジオロ共和国との戦いの被害を抑えることができたのだ」

「なんと!? それは誰から送られてきたのですか?」


 エリーアスは手紙を懐に収めると首を横に振った。


「おそらく会ったことはない人物だ。だが目星は付いている……リスタ王国だ、まずリスタ王国に向かう」

「リスタ王国!? 父上、お止めくださいっ!」


 リスタ王国の名前を出したエリーアスに、セイリスが慌てた様子で止める。


「父上があの国に行けば、殺されてしまうかもしれませんっ!」

「それならそれでよい」


 エリーアスは覚悟を決めた瞳で首を横に振った。


 西方艦隊提督エリーアス・フォン・アロイスは先の大戦に海軍提督として参加、多くのリスタ王国の所属船を沈めている。戦争中での行為であり、リスタ王国とクルト帝国間では和解しているが、人の感情とはそんな単純なものではないことは、軍人である彼らはよく知っていた。


 その後もセイリスは説得を続けたが、覚悟を決めているエリーアスは首を縦には振らなかった。最終的にはセイリスが折れる形になり、エリーアスは微笑みながらもう一度彼の肩を叩いた。


「それでは元気でな」


 その言葉を最後にエリーアスは、リスタ王国を目指して旅立ったのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 東の城砦 関所 ──


 陸路でリスタ王国に入国するには、東西の城砦にあるどちらかの関所を通らなければならない。南は巨大なガルド山脈があるため踏破は難しく、強行軍で南から侵攻しても守護神である大猪を突破するのは困難だからだ。


 関所を守るのはリスタ王国の騎士団で、通常時は騎士三名と従士九名が数時間置きに交代で勤務している。顔見知りの商人などはほぼ素通りであるが、移民に関しては職歴や犯罪暦、入国の目的など様々な質問をする。


 馬車に荷物をポツポツと積んだ商人が、関所で騎士に話しかける。


「いつもご苦労さまです」

「あぁ、ジョンソンさん。今回もレグニターンで買い付けかい?」

「えぇ、そのつもりでしたがね」


 ジョンソンと呼ばれた商人は、渋い顔をしながら頭を掻いている。ジョンソンはリスタ王国の品を帝国に流し、帝国から買い付けてリスタ王国で売るといった、どこにでもいる商人だが今回の商売は上手くいかなかったようだ。


「へぇ、何かトラブルでもあったのかい?」

「いやなに……領土解放戦線(レジスタンス)の連中が、あちらこちらで暴れてるみたいでねぇ、危ないってんで仕入れが全然出来なかったんですよ」


 ジョンソンが言うには領土解放戦線(レジスタンス)が、レグニ領の主要都市レグニターンに入ってくる商人を襲撃しており、危険を感じて商人たちが遠ざかったため流通が混乱、レグニターンでは物資が不足気味になっているとのことだった。


「ほぅ、そんなことが起きていたのか」


 騎士が唸りながら首を捻っていたが、ジョンソンが待っていることに気がついて通行の許可を出す。


「あぁすまない、有益な情報感謝する」

「いいえ、物騒ですから騎士様もお気をつけて」


 騎士はジョンソンを見送ると、次に待っている商人を呼ぶことにした。



◇◇◆◇◇



 ノクト海 東方海域 ──


 海洋巡回艦隊として組織されたベークファングは、二船一組で巡回することになっていた。彼らの主目的は、リスタ王国の所属船を語る偽船舶の取締りである。


 前方に航行している商船団を発見し、マスト上の見張りが甲板に向けて叫ぶ。


「赤い旗、ラインなしの商船団を発見!」


 赤い旗はリスタ王国旗を指し、ラインなしは新たに目印として施された船体のペイントのことである。つまり目の前の商船団は、偽物のリスタ王国の船である確率が高いのだ。


「よし、接近しつつ臨検に応じるように伝えろっ!」

「アイアイサー」


 船長の号令に船乗りたちは、一斉に動き出し次々と帆を張っていく。帆に風を受けた船は加速を開始し、停船を要求する旗を掲げながら問題の船に近付いていく。


 しかし、いくら近付いても商船団に停船の気配はなかった。じっと相手船団を見つめている船長に副長が報告してくる。


「相手船団から手旗信号です」

「読み上げろ」

「貴船が海賊でないという保証無し」


 報告を受けた船長は渋い顔をしながら改めて命じる。


「手旗信号で所属国を問いただせ」

「はいっ!」


 船長の命令を副長が部下に伝え、手旗信号で所属国を訪ねるが商船団は無反応だった。元海賊の船長は、業を煮やして船乗りたちに命じる。


「奴らの鼻っ面に砲弾を叩き込め! 旗は『ただちに停船せよ、さもなくば轟沈する』だ!」

「アイアイサー!」


 舷の砲門が開き次々と大砲が顔を出すと商船団は舵を切り、ベークファングから離れる航路を取りはじめた。


「威嚇砲撃を開始しろ!」


 ベークファングの船から放たれた砲弾は、商船団左翼に次々と着水し水柱を上げていく。しかし、それでも商船団に止まる気配がなく、ベークファングの船から離れていく。歯軋りをする船長は次の命令を発した。


「構わん、沈めろっ!」

「ア……アイアイサー!」


 船乗りたちは慌てた様子で砲撃を開始するが、完全に尻を向けた船に砲弾を当てることは難しく全弾外れてしまった。


「くそっ、追え追え~!」


 急いで追跡に切り替えたが砲撃を放つために無理な操船をしていたために、逃げに回った商船団を追跡することはできなかった。結局、今回は任務未達成で帰国することになってしまったのである。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 女王執務室 ──


 ベークファングの任務失敗の報告書を読んで、オルグを呼び出すことにしたリリベットは頭を抱えていた。


「報告書によると、轟沈しようとしたが失敗した……と書かれておるのじゃが?」

「おうよ、停船命令に従わなきゃ沈めろと命令してあるからなっ」


 なぜか嬉しそうに語るオルグに、リリベットはため息をつく。


「オルグよ、ベークファングは海賊ではないのじゃ。この所属不明の船団は限りなく怪しいのじゃが、それでもむやみに攻撃を仕掛けてはならんのじゃ」

「そんなこと言われても、逃げられちまうしなぁ」


 オルグは困った顔をしながら自慢の髭を擦りながら答えた。状況的にも条約的にも、相手船団の態度は轟沈させても文句は言えないものだったが、それでも沈めてしまえば相手国との関係悪化は免れない。


「こちらから戦争の火種を作るわけにはいかぬのじゃ。それに臨検体制を見せるだけでも効果があるのじゃろう」

「まぁな、たびたび妨害してやれば、それなりの効果があるだろうが……」

「今後は相手からの攻撃がない限り、威嚇射撃で済ませるように頼むのじゃ」


 オルグは納得できないといった顔だったが渋々頷く。


「ちっ、しゃーねーな、わかったよ。じゃもういいか?」

「うむ……すまぬが、よろしく頼むのじゃ」


 オルグが部屋から出て行くと、リリベットは祈るように呟いた。


「面倒事が起きなければよいのじゃが……」





◆◆◆◆◆





 『若き提督』


 エリーアス提督の子セイリス・フォン・アロイスは、家督と共に西方艦隊の提督の職を引き継ぐことになった。当然ベテラン艦長たちからは不満も出たが、若い艦長を中心に支持を受け就任することになったのだった。

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