第127話「紳士なのじゃ」
リスタ王国 王都 大通り ──
教会を出たサーリャは、城門広場を目指して大通りを歩いていた。しかし着慣れない服を着ているせいか普段と違う視線を感じていた。自意識過剰かも知れないが、通り過ぎる人々が自分を見ているような感じがするのだ。その中には見知った顔もいたのだが、いつものように声を掛けてきたりはせず、首を傾げながら遠巻きに見てくるだけである。
その視線にサーリャも恥かしくなってきたのか、少し早足になりながら呟く。
「やっぱり変だったんじゃ?」
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 城門広場 ──
足早に大通りを通り抜けたため、時間より少し早めに城門広場に着いてしまったサーリャは、キョロキョロとコンラートの姿を捜す。彼も早く着いていたようで丁度噴水の辺りに立っていた。彼も普段の従士が着るような無骨な格好ではなく、上品さを失わない程度にラフな格好をしている。帯剣していることを除けば、デート相手を待っている男性そのものだった。
彼が常に帯剣しているのは騎士たるもの、常に有事に備えるべきという騎士団の規律に従っているためである。
サーリャは小走りで近付きながら、コンラートに声を掛ける。
「ま……待ちましたか?」
普段と違い可愛らしい服に身を包んだサーリャを見たコンラートは、驚いた表情のまま固まってしまっていた。じっと見つめられたままのサーリャは、少し恥かしそうに俯きながら尋ねる。
「あの……コンラートさん?」
その言葉で、ようやく気を取り直したコンラートが微笑みながら答える。
「すみません、あまりに綺麗でしたので見蕩れてしまって」
「あはは、メアリーちゃん……友達が選んでくれたんです。変じゃないかしら?」
コンラートは首を横に振って答える。
「とんでもないっ! とても可愛らしいですよ」
「あ……ありがとうございます」
サーリャも移民街の男たちに、可愛いとはよく言われているがすでに挨拶のようなもので、こんなに積極的に言われたことはなかったので顔を真っ赤にして俯いてしまった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 城門広場付近の店の影 ──
コンラートとサーリャのやりとりを、じっと見つめる二人の影がそこにいた。一人はサーリャの親友のメアリー、そしてもう一人も彼女の茶飲み友達であるナディア・ノルニル学芸大臣である。
「ねぇ、メアリー……私、帰ってもいいかしら?」
「何を言っているの、ナディアちゃん! これから良いところじゃない!」
サーリャが心配だったメアリーは、友達のナディアを呼び出して尾行を開始していた。一応リリベットも誘ったのだが「そっとしておくのじゃ」と言われて断られている。
サーリャを見つめて固まってるコンラートを見て、メアリーは拳を軽く握って喜ぶ。
「よし、あの感じなら掴みは大成功よ!」
「サーリャも顔を真っ赤にしちゃって、可愛らしいわね」
どこか遠い目で呟くナディアに、メアリーはため息をついて答える。
「ナディアちゃんも恋人を作ればいいのに」
「まぁいい人がいれば、その内ね。あら……動き出したようだわ」
二人が話していると、コンラートとサーリャが大通りのほうへ向かって歩き出していた。
「開演にはまだ早いよね? ちゃんと調べてきてくれたんでしょ?」
「まったく、こんなの職権乱用よ? 陛下に知られたらどんなお叱りを受けるか……」
「大丈夫だって、それでどこなの?」
「二時間ほどあとの大劇場で行なわれる第三公演、席はだいぶ奮発してあったわね」
この情報はナディアが、演劇団などを管理している学芸大臣の地位を使って調べたものであり、明らかに越権行為である。
「入場券は取ってくれた?」
「一応、近くに取っておいたわよ。運命の紬糸の入場券、結構高いんだから、後で料金をちゃんと払いなさいよ?」
「……そんなに時間があるなら、少し時間を潰すはずよね。ほら、追いかけよう」
メアリーはナディアの手を掴むと、サーリャたちを追いかけて大通りに向かった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 大劇場 ──
演劇が盛んなリスタ王国で一番大きな劇場である大劇場は、現在ナディアの両親が営む劇団『運命の紬糸』が公演をしている。本日の演目はリリベットの活躍を描いた『幼女王の初陣』だった。
この劇は実際にあった東の城砦を舞台にした誘導作戦で、コンラートも実際に参加していた。
コンラートとサーリャは、しばらく大通りの店を回って時間を潰したあと大劇場に訪れていた。コンラートが入場券二枚を係員に手渡すと、係員は頭を下げて入るように示す。
通路を歩いているときに、サーリャが鞄を手にしながら困ったような表情を浮かべる。
「あのコンラートさん、入場料はおいくらでしたか? 私、ちゃんと払いますから」
「あぁ、気にしないでください、大丈夫ですよ」
「いえ、そういうわけには……っ!?」
財布を捜して鞄を開けて中を探っていたサーリャが、一瞬目を見開いて慌てた様子で鞄を閉めた。
「どうしましたか? お金なら本当に大丈夫ですから、安心してください」
「あぅ……すみません」
サーリャは顔を真っ赤にしながらお辞儀をした。コンラートはニッコリと微笑むと、サーリャに手をスッと差し出す。
「席までは段になってますから、どうぞ」
サーリャは少し躊躇ったが、コンラートの手の上に自分の左手を乗せた。そして、そのままエスコートされて予約してあった席に着くのだった。
サーリャたちの席から少し離れた席 ──
先回りしていたメアリーとナディアがヒソヒソと話している。
「なに、あの紳士? 正直羨ましいんだけど」
城門広場から大通り、そして劇場に着いてからのコンラートの振る舞いを見て、メアリーが羨ましそうに呟く。そんなメアリーに、ナディアはため息を突きながら答える。
「貴女が軽薄そうな男ばかり選ぶからよ」
「別に選んでるわけじゃないんだけどなぁ」
サーリャが嬉しそうにコンラートと話しているのを見て、メアリーがナディアに尋ねる。
「ねぇ、サーリャのあの顔って完全に恋に落ちているわよね?」
「少なくとも私にはそう見えるわね」
ナディアがそう答えると、メアリーは少し寂しそうな顔を浮かべて考え込んでしまった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 大通り ──
演劇を見終ったあと、サーリャとコンラートは再び大通りを歩いていた。サーリャをラフス教会まで送っている最中である。
「はじめて観ましたけど、演劇凄かったですねっ!」
少し興奮気味のサーリャの話を、コンラートは微笑みながら聞いている。そのことに気が付いたサーリャは恥かしそうに俯く。
「す……すみません、私ったら子供みたいにはしゃいでしまって」
「いえいえ、私が誘ったもので、それだけ楽しんでいただけたなら光栄ですよ」
コンラートの言葉に余計に胸が高まったサーリャは、コンラートから視線を逸らして口を噤んでしまった。
しばらく黙って歩いていた二人だったが、突然コンラートが先ほど寄った店の前で立ち止まった。
「すみません、サーリャさん。すぐに済むので少し待ってて貰ってもいいですか?」
「えっ、えぇ」
サーリャが生返事をすると、コンラートは会釈をしてその店に入っていった。そして、言ったとおりにすぐに出てくる。
「お待たせしました。行きましょうか」
「はい」
コンラートに言われて再び二人で歩き出した。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 ラフス教会 ──
ラフス教会の玄関前で、サーリャは丁寧に頭を下げる。
「今日はありがとうございました。とても楽しかったです」
「こちらこそ、楽しい時間をありがとう。また誘ってもいいかな?」
コンラートの問い掛けにサーリャは少し俯いたあと、顔を赤くしながら微笑んで答えた。
「はい、是非!」
その答えに安心したのか、コンラートはポケットから小さな箱をサーリャに差し出した。サーリャは、反射的に受け取ると首を傾げた。
「今日付き合っていただいたお礼です。それではまた連絡しますね」
「は……はい、待っています」
箱の真意を確認できないままコンラートを見送ったサーリャは、その箱をギュッと抱きしめるのだった。
◆◆◆◆◆
『鞄と箱の中身』
サーリャがラフス教会に戻ると、少し息を切らしているメアリーが待っていた。そして、戻ってきたサーリャに尋ねる。
「どう楽しかった?」
「うん、楽しかったよ……それより、メアリーちゃん!」
いきなり鞄を突きつけながら怒りだしたサーリャに、メアリーは首を傾げる。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ! 鞄に何を入れてるのっ!?」
サーリャは鞄から、小さな袋を取り出すとメアリーに差し出した。それを受け取ったメアリーは納得したように頷く。
「あぁ、使わなかったんだ?」
「使ってませんっ!」
「一応、気を利かせて入れておいたんだけどなぁ」
メアリーは小袋に書かれている『避妊用』の文字を、一瞥するとクスッと笑う。サーリャはよほど恥かしかったのかまだ怒っていたが、メアリーは気にせずサーリャが持っていた箱を指さしながら尋ねる。
「それよりその箱は何?」
「これは帰り際にコンラートさんがくれたものよ。いったい何かしら?」
サーリャはそう言いながら、箱を開けて中身を取り出した。それは小さな花のネックレスだった。メアリーは先端についているペンダントトップをじっと見つめる。
「コリコの花がモチーフのネックレスみたいね。高級品ではないけど、趣味はそんなに悪くないかな?」
メアリーにはわからなかったようだが、サーリャは贈り物の意味がわかったのか、ネックレスを手の中に納めると嬉しそうに笑う。
「コリコの花……『また会いましょう』か」