第125話「恋バナなのじゃ」
リスタ王国 王城 中庭 ──
王城の中心にある中庭で、久しぶりにリリベット主催のお茶会が開かれていた。以前は定期的に開かれていたお茶会だったが、リリベットが忙しいこともあり、なかなか開催できないでいた。
今回参加しているのは、リリベットとその友人であるナディア、メアリー、サーリャの四名である。給仕としてマーガレットの他に女王付きメイドが二名控えている。
マーガレットがお茶の用意をしていると、事前に用意してあった焼き菓子のトレイの近くで何かが隠れているのに気がついた。
「あら、この子は……」
隠れていたポットを退かして、マーガレットがそれを捕まえると、その正体はヘレンの妖精の一人だった。マーガレットはニッコリと笑い妖精の耳元で囁く。
「つまみ食いは、極刑です」
完全に捕まってしまっている妖精はガタガタと震えはじめ、泣きそうな顔をしている。マーガレットがため息をつきながら地面に妖精を放すと、妖精は一目散に逃げていった。
「まぁ、これでしばらくは来ないでしょう」
「どうしたのじゃ、マーガレット?」
遠目からは何をしてるのかわからなかったのか、リリベットが尋ねるとマーガレットは首を横に振る。
「いいえ、なんでもありません。すぐに準備しますね」
お茶会がはじまって、しばらく後 ──
普通に歓談を楽しんでいた四人だったが、メアリーが机に突っ伏しながら駄々をこねはじめた。
「あぁ~彼氏が欲しいっ!」
「いきなりどうしたのじゃ?」
いつもの事かと思いながらもリリベットが尋ねると、メアリーは少しだけ顔を上げて答える。
「仕事が忙しくて出会いがないのよ~! どこかにフェルト様のような素敵な男性は落ちてないかしら?」
「あらメアリーちゃん、この前に誰かと付き合いはじめたって言ってなかった?」
サーリャが首を傾げながら尋ねると、メアリーは鼻で笑う。
「はっ、あんな男はこっちからお断りよっ!」
「なんだ、フラれたの?」
今度はあまり興味がなさそうなナディアが尋ねるが、メアリーは深くため息をついて答える。
「はぁ……そうよ、フラれました~。私の魅力がわからないなんて、世の中おかしいわっ」
「その自信はどこから来るのじゃ……」
メアリーは十分美人に分類されるルックスだしスタイルも悪くはないが、少し慎みが足りないところがあり、言いたいことはハッキリ言ってしまう性格なので、男性はプライドを傷つけられたと感じて彼女から去ってしまうことが多かった。
「陛下たちはどうせラブラブだろうけど、二人はどうなのよ?」
リリベットは何かを言いたそうだったが、面倒になりそうなので口を噤んだ。そして、そもそも恋愛ごとに興味がないのか、ナディアは首を横に振って答える。
「私は特になにもないわ、私も仕事が忙しいからね」
「私は……ちょっと気になる人が出来たの」
続いて答えたサーリャの思いがけない発言に、メアリーはバッと飛び起きて目を輝かせている。
「えっ? えっ!? あのサーリャに気になる人!? ちょっと誰なの、話なさいよ」
思った以上の食いつきにサーリャに腰が引けていると、リリベットが驚いた表情を浮かべながらメアリーを窘める。
「メアリー、興奮しすぎなのじゃ」
「だってサーリャに気になる人よ!? あの堅物でシスターに恋なんて必要ないって感じだったサーリャが! 陛下も気になるでしょ!?」
「まぁ気にならないと言えば、嘘になるじゃろうな」
もちろんリリベットも気になっていた。今までそんな素振りを見せなかった友達からの発言なので、気にならない方がおかしかった。
「それで、誰なの? 私が知ってる人?」
サーリャは少し恥かしそうに俯くと、チラリとリリベットを見てから答える。
「メアリーちゃんは、どうだろ? リリベット様は知っていると思うけど、騎士団のコンラートさんって方なの」
メアリーは知らない名前だったので首を傾げていたが、リリベットとナディアは驚いた表情を浮かべていた。
「ほぅ……私の記憶では、騎士団のコンラートという名前はコンラート・アイオだけじゃが、彼のことじゃろうか?」
リリベットの問い掛けにサーリャは小さく頷いた。一人だけその人物に心当たりがないメアリーは、キョロキョロとサーリャとリリベットの顔を見ている。
「えっ誰なの? そんなに有名人?」
「貴女だって、アイオ家ぐらい知っているでしょ?」
そう尋ねたのはナディアだった。彼女も大臣の一人なので、話したことはないがコンラートとは何度か会ったことがある。メアリーは微妙な表情を浮かべながら答える。
「当然知ってるよ。騎士家の筆頭格の一つで、現騎士団長ミュルン様の御実家でしょう」
「コンラートさんは彼女の従士で、そのアイオ家の一人よ。ミュルン団長とは確か従弟の間柄だったかな?」
メアリーはようやく事態を飲み込めたのか、さらに目を輝かせてサーリャに詰め寄る。
「ちょっと、アイオ家で従士って超優良じゃないっ! どこで知り合ったのよ?」
「えっと……陛下主催の模擬戦の時に治療して、その後度々会いに来てくれているの。でも別に付き合っているわけじゃないのよ」
サーリャは少し恥かしがりながら答えた。
「時々会いに来るとか……あの教会に用があるとは思えないし、もう完全にサーリャを狙ってるじゃない」
「ふむ、しかし騎士家は色々大変じゃぞ?」
騎士家は伝統的に貴族か同じ騎士家から妻を貰うケースが殆どで、十年程前に現副団長のライム・フォン・ケルンが民間から娶ったのをはじめ、まだ数例しか存在していない。
最初に伝統を破ったライムが結婚した時もひと悶着あったものだが、騎士家筆頭の一つアイオ家となると同様の面倒がありそうだった。
「まだ告白はされていないのよね?」
「えぇ、このままでもいいかなって思ってる。でも、今度演劇に行きませんかと誘われてて……」
サーリャは特に意識していたわけではなかったが、前回の炊き出し騒動のあとに誘われたことで少し意識しはじめたのだった。しかしメアリーは、その曖昧な態度が納得できなかったようで、バンッと机を叩いた。
「そんな羨ましい男に好かれていて、何を言っているの!? 恋愛はこっちからいくぐらいじゃないとダメよ!」
「えぇ、メアリーちゃんはガツガツしすぎだよ」
メアリーは首を横に振ると、リリベットを指差した。
「陛下を見てみなさい、フェルト様を喜ばせるためなら何だってする一種の猛獣よ!?」
「誰が猛獣なのじゃ」
不敬罪に取られてもおかしくない発言に、リリベットは苦笑いを浮かべながらツッコミを入れていく。メアリーは喋り過ぎたのか、飲みかけの紅茶を一気に飲み干すと、サーリャをじっと見つめる。
「サーリャ、もしやとは思うけど、そのコンラートさんと出かけるのに、その服で行くつもりじゃないでしょうね?」
サーリャが着ているのは、いつも身につけている白い修道服である。質問の意図が理解できなかったのか、サーリャは首を傾げる。
「私、この服と同じ物しか持ってないよ?」
「意中の男と出かけるのに、おしゃれしないとかありえないから! 出かけるのはいつ?」
「えっと……前回会ったときに、次の休みに一緒に出かけないかと言っていたから……五日後かな?」
「五日後……わかった、明日白毛玉に来なさい。私がいいのを見繕ってあげるからっ」
妙に張り切っているメアリーに断ることは無理だと悟ったのか、サーリャは小さく頷いた。
「うん、それじゃ明日行くから、よろしくね」
その後も恋の話は盛り上がり、お茶会は楽しげな笑い声に溢れていた。
◆◆◆◆◆
『クッキー奪取作戦』
お茶会の裏側で、ヘレンがこっそりと行なっていた作戦。妖精たちを使って、クッキーを盗んできてもらい、皆でおいしくいただこうという算段だった。
しかし最初の一人が失敗、マーガレットからの脅迫を持ち帰ったため、全体に恐怖が伝染し皆震え上がってしまい、作戦は失敗に終わったのだった。
さらに、その後この作戦がマリーにバレたことで、ヘレンは妖精たちと共に、とても怒られることになったのである。