第124話「人材捜索なのじゃ」
リスタ王国 王城 女王執務室 ──
リリベットはヘルミナが持参した報告書を読んでいた。内容はオルグを中心に集められた組織の概略と予算についてである。
報告書によると旗艦には、修理したブラックスカル号、所属船舶は中小の武装商船や海賊船二十四隻、乗組員は海洋ギルドだけでなくシー・ランド海賊連合からも参加している。
「ふむ、この短期間によく集まったものなのじゃ」
「それだけキャプテンオルグの名は絶大ということでしょう」
感心したリリベットに、ヘルミナは頷きながら報告を続ける。事実、女王であるリリベットが正式に声明を出しても同程度は集まるだろうが、船乗りの練度はオルグが集めた人材の方が高いはずである。
「外洋に出る船を中心に、ペイントのほうも開始しました。現在三割強が完了しております」
「ご苦労なのじゃ……何か問題はあるじゃろうか?」
「はい、思ったより大きな組織になりそうですので、名前が必要ではないかと」
「ふむ、名前か……」
リリベットはそう呟くと、しばし思案を巡らせる。
「別に臨検部隊でもよいのじゃが……そうじゃな、『ベークファング』とするのじゃ」
「古クルト語の火消しですか、わかりました。それではベークファングで通達しておきます」
ヘルミナの言葉にリリベットは頷く。そして、付け加えるように心配事を口にした。
「では、くれぐれも海賊行為にならないように注意するのじゃ」
「はっ!」
こうしてオルグを中心に組織された海洋巡回艦隊『ベークファング』が始動したのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 厨房 ──
その日、リリベットはマーガレットを伴い、コック長のコルラード・ジュスティに会いにきていた。彼はリリベットが生まれる前から王城のコックであり、毒殺に敏感になっていたマリーが唯一認めていた人物である。
料理の腕も申し分ないが気さくな人柄で、部下の料理人たちを率いて王城の料理を賄っている。
王都にある高級料理店 『海神館』の主の長男で、先代のコック長は彼の父である。
コルラードはリリベットを見つけると、気さくに声をかけてきた。
「陛下じゃないですか、今日はどうしたんです? またフェルト様に食べさせる料理でも作りにきたんですか?」
「う……うむ、料理は上手な者に任せるのじゃ」
結婚当初、リリベットは張り切ってフェルトに手料理を食べさせようと、コルラードに教えて貰っていた時期があった。しかし、マリー曰く「食べれないこともない」と評される微妙な料理しか出来ず、あまり上達は見られなかったのだ。
「今日は料理人を紹介して貰いたくて来たのじゃ」
「料理人ですか?」
「うむ、クイーンリリベット号の専属シェフを捜しておるのじゃ」
それを聞いたコルラードは、顎を擦りながら少し考える。
「船上勤務ですか、それにあの規模だとかなりの人数が必要ですね。う~む、俺のほうで何人か目星を付けときますんで、そこから選別して貰ったほうがいいですかね?」
「そうじゃな」
「それじゃ、捜しておきますよ。でも数が足りないと思うんで、流れてきた料理人を移民街から捜したほうがいいと思いますよ」
コルラードの提案に、リリベットは頷いて答える。
「うむ、そうするのじゃ。それでは選抜のほうは頼むのじゃ」
「わかりました、また連絡しますよ」
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 内務大臣執務室 ──
内務大臣クロノス・ポートランは、ハつある大臣職の中でもあまり目立った存在ではない。内務、つまり内政に関わる仕事をしているが、内政に関しては宰相フィンの力が絶対的であり、国務大臣と共に宰相の補佐がメインの仕事になっているからである。
厨房を出たリリベットは、その足で内務大臣の執務室を訪れていた。移民街の管理等は内務大臣の管轄だからである。
リリベットたちが執務室に来ると、クロノスは慌てた様子で出迎えた。
「へ、陛下!? 珍しいですな」
「うむ、お主に少し頼みごとがあるのじゃ」
「頼みごとですか? ……なにはともあれお座りください」
クロノスはリリベットにソファーを勧めると、自身は対面に座った。
「それで、どのような御用でしょうか? 温泉のほうは順調ですが」
「移民から人を集めたいのじゃ。料理ができるものと船乗りの経験者を捜しておるのじゃ。勤務地はクイーンリリベット号なのじゃ」
クイーンリリベット号の話が出てクロノスは少し驚いた表情を浮かべたが、すぐにニッコリと笑って答える。
「なるほど、ミュラー卿からも同じような依頼をされてまして、丁度調査しているところです。調査項目に追加しておきましょう」
「よろしく頼むのじゃ」
その後、彼の秘書官が紅茶を入れてくれたので、温泉の開発状況などの報告を受け、しばらく歓談したあと、リリベットたちは部屋をあとにするのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 移民街 空き地 ──
移民街の空き地では、ラフス教会主催で炊き出しが行われていた。これは定期的に行われているもので、特に移民として移民街に入ってきたばかりの者たちを対象にしているのだが、サーリャを目当てに移民街の住人ではなく、すでに国民になって数年経った者たちも顔を見せたりする。
サーリャがスープをよそっていると、移民街に最近来たばかりの青年が声を掛けてきた。
「サーリャちゃん、今度一緒にどこかに出掛けないかい?」
「あら、誘ってくれてありがとうございます。でも教会の仕事が忙しいので、他の方を誘ってあげてください」
素気無く拒絶された青年だったが、諦めきれなかったのかしつこく食い下がる。
「いいじゃないか、きっと楽しいよ」
「後ろの方が待っているので、先に進んでパンを受け取ってくださいね」
サーリャは優しく諭すが、青年は優しくされたと勘違いして調子に乗るだけだった。
「そんなこと言わずにさ~」
しつこく迫る青年の左肩が突然叩かれた。青年は反射的にその手を叩くと構わずサーリャに言い寄る。しかし再び肩を叩かれると振り向きざまに振り払って、そこに立っていた男性に罵声を浴びせる。
「なんだ、てめぇ! いいところだったのに邪魔すんじゃねぇよ」
「どうみてもいいところには見えなかったが?」
男性は質素ではあるが身なりのよい服装をしており、腰には大振りの騎士剣を帯剣していた。サーリャに言い寄っていた青年はバカにされたと感じたのか、帯剣している男性に持っていた皿を投げつけてから殴りかかった。
「オラァ!」
男性は皿を避け、続けて飛んできた相手の拳を躱しながら、左の拳を相手の顎に叩き付けた。脳を揺らされたせいかフラフラと倒れる青年は、移民街に住んでいる屈強な男たちに取り囲まれた。
「おい、テメェ、サーリャちゃんたちに迷惑かけてんじゃねぇよ」
「ちょっと来い、お兄さんたちと話そうじゃないか、ははは」
男の両脇を抱えどこかに連れてかれようとしている男たちに、サーリャが困ったような顔をしながらお願いをする。
「あの……あまり無茶なことは」
「なぁに、わかってるって、ははは」
屈強な男はニカッと笑うと、そのまま朦朧としている青年を連れて行ってしまった。サーリャは助けてくれた男性に深々と頭を下げる。
「ありがとうございます、コンラートさん」
「いえ、従士として当然のことをしただけです」
「今日はどうしてこんなところに?」
「貴女に逢いにきたのだが、ここだと聞いたもので」
サーリャは首を傾げながら尋ねる。
「私に何か御用ですか?」
「いえ、あはは……たいした用では……えっ!?」
サーリャが突然コンラートの左手を掴んだため、コンラートは驚きの声を上げる。
「血が出てるじゃないですかっ!?」
「あぁ……あはは、これはお恥かしい、あの程度で怪我をするなんて」
「動かないでくださいっ」
コンラートの左手を握った手に、軽く力を込めながらサーリャは目を閉じた。握られた手から眩い光が洩れる。コンラートの左手からスーっと痛みが引いていく。
「ありがとうございます、シスター。しかし、この程度の傷など放っておいてもすぐに治りますよ」
コンラートのニコッと微笑むが、サーリャは首を横に振る。
「傷でも残ったらいけませんので……あっ、きゃっ!? すみません、手をいつまでも握ってしまって」
治療が終わった後も握られていた手をパッと離すと、サーリャは少し顔を赤くした。
「え~っと……私、炊き出しの途中でしたので失礼します」
「あぁ、私も手伝いますよ。力仕事でもいいですし、こう見えて料理はそこそこ上手いですよ?」
コンラートは腕まくりをして、先ほどの男の投げた皿を片付けながら言うが、サーリャは首を横に振る。
「いけません、お洋服が汚れてしまいます」
「はははは、そんな物は洗えばいいのです」
コンラートはそう言うと、大きな荷物を運んでいる人から荷物を受け取ると、一緒に働きはじめるのだった。
◆◆◆◆◆
『花束』
実はコンラートもサーリャを誘いに来ていた。彼は花束を持参して教会に向かったのだが、炊き出しの手伝いに空き地にいると聞き、炊き出しをしている空き地に来たのである。
「これは……誘えるような雰囲気ではないな」
懸命に働くサーリャを見て、誘えるような雰囲気ではないことを悟ったコンラートは、手にした花束を見つめながら考え込む。そこに一人の少女が声をかけてきた。
「きれいなお花っ!」
コンラートがそちらを見ると、六歳ぐらいの女の子が花束を見て目を輝かせている。サーリャが青年に言い寄られていたのはその時である。コンラートはその男を睨み付けたあと、少女の方を向いて微笑み掛ける。
「どうやら必要なさそうだ、お嬢ちゃんにあげるよ」
「いいの!?」
少女は花束を受け取ると、嬉しそうに笑うのだった。コンラートも満足そうに微笑むと、サーリャに言い寄っている男の方へ歩いていく。