第122話「呼び出しなのじゃ」
リスタ王国 王立学園 校舎裏 ──
レオンたちは教室を出ると、大急ぎでマオリィたちが消えていった校舎裏に向かった。レオンは校舎の角を曲がると、大声で警告する。
「そこまでだっ!」
しかし、校舎裏で繰り広げられている光景を見て、肩を落として呟いた。
「……遅かったみたいだ」
校舎裏では、ラリーを除く男子生徒が地面に倒れており、そのうちリーダー格と思われる男子生徒をマオリィが踏みつけていた。
「おぉ、レオンではないか、どうしたのだ?」
「どうしたではないよ、マオリィさん。とりあえず、彼から足を退かすんだ」
マオリィは男子生徒から足を退かすと首を傾げる。そして、レオンから遅れて中等部の六人が校舎裏に現れると、同様に困ったような表情を浮かべていた。ジークは倒れている男子生徒の様子を調べると、少し安心した様子で呟いた。
「気を失っているだけだな……見た感じ大きな怪我などはしてないようだが?」
「当然なのだ! 姉ちゃんに殴る時は、ちゃんと傷を残すようなことはしないように言われてるのだ」
マオリィが入学する際に、すでに暴力沙汰は覚悟していたミュゼは、いくつかの教訓をマオリィに与えていた。その教えを忠実に守るため、マオリィ的にはかなり手加減したつもりだが、傷を残さないために『通し』と呼ばれる内部に衝撃を残す打突を使用しており、男子生徒たちは見た目以上のダメージを受けていた。
「マオリィさん、とにかく暴力はダメだよ」
「こいつらから襲ってきたのだ、正当防衛? なのだ」
カミラは先ほどまで、マオリィに踏まれていた男子生徒の顔を見るとクスクスと笑いはじめた。
「この完全に白目になっているのエザリオだわ。小さい頃から何かとちょっかい掛けてきたのよ、いい気味だわ。こいつ、無駄にプライド高いから女の子にのされたなんて、口が裂けても言えないだろうし放っておきましょう」
よほど嫌なことをされたのか冷酷な提案をするカミラに、シャルロットも同調する。
「女の子を、こんな人数で取り囲むなんて自業自得よ」
「とりあえず隅に寝かせて置こうか?」
ジークの提案にレオンは仕方がないといった様子で頷くと、気絶している男子生徒たちを校舎の影まで運んで寝かせる。
「じゃ詳しい話も聞きたいから、移動しようか?」
◇◇◆◇◇
リスタ王国 教授通り 甘味処『アムリタ』 ──
中等部の七人と初等部のマオリィとラリーは、甘味処『アムリタ』に移動していた。店内は放課後ということもあり、学園帰りの学生たちで賑わっている。注文を済ませた一行は、一番奥の席で先程の事件について、マオリィたちから聞いていた。
「……それで、どうしてあんなことに?」
「よくわからんのだ、なんか生意気だ~とか言っていたのだ」
マオリィはクレープを頬張りながら答える。レオンは首を傾げると、ラリーのほうに顔を向けた。
「さっきのエザリオって子が、体力測定で僕とマオリィさんに負けたのが悔しかったみたいで、呼び出されたんだ」
ラリーの言葉に、カミラは鼻で笑う。
「まったく、エザリオがやりそうなことね。本当に小さい奴だわ」
「それで付いて行ったんだけど、いきなり謝れ! とか言って来て、僕たちに掴みかかったんだ」
自分の肩を掴む素振りをしながらラリーは続ける。
「それで僕が反射的に一人投げてる内に、マオリィさんは四人倒してエザリオ君を踏みつけてた。そのすぐ後に殿下が来たから……」
ラリーもマオリィほどではないが、ラッツから手ほどきを受けているため護身程度の技術は身につけている。これは彼がレオンと共に行動することが多いためであり、一種の護衛として身につけたものだった。
その話を聞いたレオンは困った顔をしながら、ジークを見て助けを求めた。
「う~ん、まぁ正当防衛かは微妙だが、カミラさんが言うには彼は公言したりはしなそうだし大丈夫じゃないかな?」
「仕方がない……もし彼が何か言ってきたら僕に相談に来て」
そう答えたレオンに、マオリィは首を傾げる。
「レオンに? 別にボクなら、あの程度の子供を捻るのは造作もないのだ」
「いやいや、だから捻っちゃダメなんだよ」
マオリィがよくわからないと言った顔をしていたので、レオンはため息を付く。
「じゃ、もし次に暴れたらミュゼさんに報告して、ジンリィさんに手紙を書くことにするよ」
「わかったのだ! 姉ちゃんも困ったことがあったら仲間を頼れと言っていたのだ」
ミュゼとジンリィの名前を出されては、言うことを聞くしかないマオリィは、慌てた様子で頷いた。
その後しばらく歓談した一行は、それぞれの用事を済ませるために解散となった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王立学園 ──
マオリィが登校すると、エザリオとその取り巻きが離れて睨みつけていた。若干顔色が悪い程度で身体的には問題ない様子だった。そんな視線をマオリィが気にするわけもなく、午前中はそのまま何事もなく授業が終えた。
しかし、放課後になるとエザリオと取り巻きたちが再びマオリィに声を掛けてきた。
「ちょ……ちょっと付き合えよ」
昨日の恐怖が蘇ったのか若干上ずった声のエザリオに、マオリィは首を傾げて尋ねる。
「ボクにまだ何か用なのか?」
「いいから付き合えっ!」
マオリィは少し面倒な気分だったがレオンとの約束があったため、その場で殴り飛ばしたりはしなかった。仕方がないのでエザリオについて行くことにしたマオリィは、そのまま一緒に教室から出て行く。
そのすぐ後ラリーは慌てた様子で、レオンを呼びに中等部の校舎に走り出した。
校舎裏 ──
エザリオが再びマオリィを呼び出したことを聞いたレオンは、カミラと共に大急ぎで校舎裏へ向かっていた。校舎裏に辿りつくと、惨劇……は繰り広げられておらず、エザリオとマオリィが対峙していた。
「二人とも何をしてるんだ!?」
レオンの声にマオリィがニヤッと笑いながら答える。
「早かったな、レオン。再戦希望らしいのだ、昨日は素手だから負けたそうなのだ」
レオンがエザリオを見ると、彼の手には訓練用の木剣が握られていた。エザリオは突然現れたレオンに吠え掛かる。
「なんだ、テメェ!? 邪魔するつもりか?」
それに対して、カミラがレオンの前に立つと怒声を浴びせる。
「エザリオ! 私のレオンさまに、なんて口を利くの!?」
「げぇ、カミラじゃねぇか。お転婆はまったく治ってないようだな?」
「う、うるさいわねっ!」
レオンは怒っているカミラの前に出て、軽くお辞儀をする。
「僕はレオン・リスタ。ここは僕に免じて喧嘩はやめてくれないかな?」
レオンは極力刺激しない言葉を選んだが、エザリオは聞く耳を持たなかった。
「俺の邪魔をするなっ! 昨日は油断しただけだ、かかってこい」
「あんたねぇ、せっかくレオンさまが仲裁なさってくださってるのに調子に乗って! それに負けたくせに武器を持って再戦挑むなんて、すでに相当かっこ悪いからっ!」
レオンに対する暴言に怒りを覚えたのか、カミラがエザリオに噛み付く。そんなやりとりにマオリィは首を傾げながら答える。
「別にボクは武器を持ってても構わないのだ。でも面倒だから呼び出されるのは、これが最後なのだ。次からは問答無用でぶん殴るのだ」
「ほらよ、こいつはいいってよ。いいから下がっていろよ」
エザリオはそう言いながら木剣を構えた。剣技に自信がある様子で構えはそこそこ様になっていた。
「さっさとかかってくるのだ、早く終わらせてお昼ご飯を食べるのだ」
マオリィが指をクイクイと動かして挑発すると、エザリオは大きく振りかぶってマオリィに向かって走り出した。
「くらえっ!」
明らかに振り下ろしますといった構えにマオリィはため息を付く。次の瞬間、マオリィの制服のスカートがふわりと浮かび上がった。
カッ!
エザリオによって振り下ろされた木剣は、軽い音と共にまるで鋭い刃で切られたように半分に切り裂かれ、切っ先はクルクルと回りながら地面に落ちた。マオリィの右足はハイキックの状態でエザリオの左頬の前で止められており、足首を動かしてペチペチとエザリオの顔を叩いている。
「坊主、まだまだボクに挑むには早かったようだな?」
マオリィがニヤリと笑いながらそう言うと、エザリオは崩れさって叫ぶ。
「お……俺がこんな白パンツなんかに負けるなんてっ!」
マオリィはエザリオの頭をかかと落としのように踏みつけると、顔を少し赤くして叫んだ。
「わ、忘れるのだ~!」
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『王家への敬愛』
移民国家であるリスタ王国において、移民と定住民の区別はあまり存在しないが、あることである程度測れると言われている。
それは王家への敬愛度であり、長い期間リスタ王国に住むと自然と王家を敬愛するようになると言われている。
エザリオのような来たばかりの移民は、王家に対する想いがあまりなく。このような無礼な態度を取ることがある。