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第118話「良いものなのじゃ」

 温泉施設 露天風呂 ──


 リリベットに身体を洗うことを頼まれたフェルトは、マーガレットが置いていった籠の中身を確認する。籠の中には香油が入った色取りどりの瓶が数本、石鹸、タオル、ブラシなどが入っていた。


「このブラシで磨くのかな?」


 フェルトの呟きにリリベットは振り向くと、少し嫌そうな顔をして首を横に振った。


「そのブラシの扱いは繊細なのじゃ、お主の力で磨かれたら肌が傷だらけになってしまうのじゃ」


 手馴れているメイドたちはブラシなどで器用に磨き上げるが、細身であっても意外と筋肉質のフェルトが扱うのは無理な代物だった。


「それなら、どうすればいいんだい?」

「手でいいじゃろう? よくわからんが、泡を立てて香油を垂らせば大丈夫なのじゃ」


 リリベット自身もやったことはないが、普段から見ているのでだいたいの手順はわかっていた。フェルトは言われた通り、桶の中にお湯を入れて石鹸で泡立てはじめる。そして、香油の瓶をリリベットに見せると尋ねた。


「どれがいいんだい?」

「お主が好きな香りでいいのじゃ」


 フェルトは苦笑いを浮かべると、小瓶の蓋を抜いて一本ずつ香りを確かめていく。そして気に入った香りの香油を桶の中に垂らして、泡と共に手に馴染ませる。その香りはリリベットがよくつけているものだった。


「それじゃ塗っていくよ」


 そうして出来た香油入り石鹸をつけた手で、リリベットの背中を撫でるように触ると、リリベットが奇妙な声を上げた。


「ひゃぅん!?」

「……大丈夫かい?」

「だ……大丈夫なのじゃ、ちょっとくすぐったいだけなのじゃ」


 その後、全身をくまなく磨きあげられている間に、何度も奇妙な声を上げることになったリリベットは、最後の方は恥かしくなったのか自分で口を押さえて、足をパタパタと動かしていた。


 お湯を溜めた桶を傾けて石鹸を洗い流してもらうと、リリベットはようやく一息つくことができた。


「ふぅ……恐ろしい体験じゃったのじゃ」

「それじゃ先に上がっててよ。私も自分の身体を洗ってから上がるから」


 リリベットの反応が面白く、途中から少し楽しんでいたフェルトは、そう告げると石鹸に手を伸ばした。しかし、その石鹸をリリベットが先に奪い取ってしまう。


「何を言っておるのじゃ、今度は私の番なのじゃ!」


 リリベットはニヤリと笑うと、すぐに石鹸を泡立てて両手に馴染ませる。そして、ワキワキと手を握りながらフェルトの背中側に回りこむのだった。



◇◇◆◇◇



 温泉施設 エントランスフロア ──


 ドロシアや近衛の女性隊員たちは、リリベットたちがなかなか出てこないことを心配しはじめたころ、ようやく女王夫婦とマーガレットが更衣室から出てきた。リリベットとフェルトは普段着ているような服ではなく、ジオロ式の浴衣を着ていた。


「とても良い体験じゃったのじゃ」


 リリベットが満足そうな顔でそう告げると、ドロシアも安心したのか微笑を浮かべていた。しかし、リリベットは少し疲れた様子でフラフラしている。


「気持ちよかったのじゃが、少し長く浸かりすぎたかもしれぬのじゃ……」

「大丈夫ですか? 確かにほんのり顔が赤いような? 本格的な宿泊施設はまだありませんが、仮眠室がありますので、そちらで休まれますか?」


 ドロシアが気遣って尋ねると、リリベットは小さく頷いてフェルトの手を掴んだ。


「それでは、私たちは少し休ませてもらう(・・・・・・・・・)のじゃ。その間に、お主たちも交代で入ってくるとよいのじゃ」


 近衛の二人とマーガレットにそう告げると、リリベットたちはそのまま仮眠室へ入っていった。それを見送った者たちは何かを悟ったのか特に何も言わず、誰から入るかの相談をはじめたのだった。




 一時間半後 ──


 近衛もマーガレットも一通り入浴を済ませエントランスフロアで待っていると、リリベットたちがようやく仮眠室から出てきた。リリベットは少し髪が乱れており、眠そうな顔をしながらドロシアに尋ねる。


「す……少し汗をかいてしまったのじゃ、もう一度入ってきてもよいじゃろうか?」

「えっ、あ、はいっ! いくらでもどうぞっ。温度も常に適温を保ってますので大丈夫ですよ」

「ふむ、それではもうしばらく待ってて欲しいのじゃ」


 リリベットが更衣室に入っていくと、マーガレットもそれに続いた。フェルトは入る気がないのか、ホールに置いてあったソファーに腰を掛けて休んでいる。


 そんなフェルトに、ドロシアが声を掛けた。


「閣下、温泉はいかがでしたか?」

「えぇ、とてもよい湯でしたよ。温泉はもちろん、この施設も細かなところまで気が配られていて、とても仮設だとは思えませんね」


 これはフェルトの素直な感想だった。ドロシアは満足そうに頷くと、カバンの中から計画書を取り出して、フェルトの前に広げて見せる。


「最終的はこんな感じを目指しています」

「……なるほど、面白いですね。私は都市開発に関しては、それほど詳しくはありませんが、この規模になれば他国から観光客を誘致することも可能でしょう。是非とも頑張ってください」




 そんな話をしていると、リリベットとマーガレットが更衣室から出てきた。リリベットの髪は綺麗に整えられており、浴衣ではなくいつものドレスを着ている。


「待たせたのじゃ……なんじゃ? フェルトはまだ着替えてなかったのじゃな」

「あぁ、なかなか着心地がよくてね。ちょっと着替えてくるよ」


 フェルトはそう言い残すと更衣室に入り、しばらくして洋服に着替えて戻ってきた。


「ドロシアよ、今日は招いてくれて感謝するのじゃ。今後ともよろしく頼むのじゃ」

「はい、陛下。またよろしくお願いします」


 ドロシアが深々と頭を下げると、リリベットは微笑んでその場をあとにするのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 女王執務室 ──


 翌日、リリベットは国務大臣エイルマー・バートラム、内務大臣クロノス・ポートラン、財務大臣ヘルミナ・プリストの三名を執務室に呼び出していた。


「お呼びでしょうか、陛下?」


 三人の大臣がお辞儀をすると、リリベットは右手を軽く上げた。


「うむ、よく来てくれたのじゃ。聞いておるじゃろうが、お主たちに頼んでいた温泉計画を経験してきたのじゃが……」


 リリベットがそこまで言うと、エイルマー大臣が弱り顔で口を挟む。


「な……何か失礼がありましたか!? やはりあのような仮設ではなく、ちゃんとしたものが出来てからお呼びすべきでした」


 リリベットは、クスッと笑うと首を横に振る。


「未舗装の行きと帰りの坂には若干苦労したが、温泉のほうは大変気に入ったのじゃ。温泉とは、なかなか良いものじゃな」

「さ……左様でございますか」


 ドロシアの提案に押し切られた形で、リリベットを誘ったエイルマー大臣だったが内心失敗だったのではと心配していたのだった。


「順調に進んでいるようじゃが、道や他の施設などはいつ頃できるじゃろうか?」

「そのことなのですが、予算が思ったより嵩みまして……」


 エイルマー大臣とクロノス大臣は、一斉にヘルミナの方を見る。


「決められた予算は、守っていただかねばなりません。ただでさえ、最近は出費が激しいのですから、娯楽施設などに使う予算はないのです」

「ふむ……ヘルミナの言うことももっともじゃが、先行投資という考え方もあるのじゃ。ここで良いものを作っておけば、後々大きな収入になるかと思うのじゃ」


 ヘルミナを説き伏せるようにリリベットが言うが、ヘルミナは首を横に振るとより強い口調で答える。


「いけません、私には温泉がそこまで良いものとは思えませんので」


 リリベットは少し考え、何かを思い当たったようにクスッと笑って尋ねる。


「ヘルミナ、お主温泉にはもう行ったのじゃろうか?」

「いいえ、予算面の管理が仕事ですので、視察はしておりませんが?」


 予想通りの回答にリリベットは頷く。


「では、二、三日中に行ってくるのじゃ」

「しかし……」

「これは命令なのじゃ、お主も働きすぎじゃからな。丁度良い機会なのじゃ」


 命令と言われてしまうと忠誠心に篤いヘルミナに異論が挟めるべくもなく、敬礼をしながら答える。


「わかりました、財務大臣ヘルミナ・プリスト。数日中に視察に行ってまいります」

「うむ、楽しんでくると良いのじゃ」


 その日から五日後、温泉施設への追加予算が国務、内務、財務の連名で提出され、議会で承認されたという。





◆◆◆◆◆





 『商品開発』


 リリベットとヘルミナたちが話し合っている間、ドロシアは施設の近くにある牧場を訪れていた。宿泊施設を作った際に振舞わなければいけない、食材の調達の相談に尋ねにきていたのだが、その牧場の子供が苦いコーヒーと牛乳を交互に飲んでいるところを目撃し、とある商品を思いついたという。

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