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第115話「練習試合なのじゃ」

 リスタ王国 王城 修練所 ──


 ヨハンに笑いかけられたヘレンは、マオリィの胡坐の上でブルブルと震えてはじめた。


「た、たべられるのじゃ~」

「ヘレン、ヨハンお爺様はそんなことしないよ」


 怯える妹に、レオンは苦笑いを浮かべてながら宥めている。




 この試合の審判に選ばれたミュゼ・アザルは、ヨハンとジンリィの間に立っていた。


「この度は練習試合とのことですが、ルールはどうしましょうか?」


 ミュゼはお互いの顔を見ながら尋ねる。ヨハンは軽快に笑いながら、手の平をジンリィに向けて先に言うように示した。


「そうだねぇ、武術だけで勝負ってのはどうだい?」

「異論はないが、『気』は使わなくてよいのかね?」


 ジオロ共和国の武術は『気』を使うことで威力などを上げる術であり、ジンリィに不利になるのでは? と考えたヨハンが確認するように尋ねる。ジンリィは鼻で笑ってリリベットの方を見た。


「私たちが何でもありの全力で戦ったら、修練所どころか城すらふっ飛ばしかねないだろ?」

「まぁそうだな……あくまで練習試合だ、それぐらいがよかろう。では勝敗は負けを認めた場合でいいかね?」

「あぁ、それで構わないよ」


 二人とも冗談で言っているわけではない。この二人が本気を出して戦えば、リスタ王国の小城など吹き飛びかねないのだ。


「それでははじめるとするかね?」

「あいよ」


 散歩にでも誘うような気楽さで問いかけるヨハンに対して、ジンリィは軽く返事をすると、手にした武器を一度廻してから構える。それに対してヨハンも手にした大剣を担ぐように構えると、ミュゼが慌てて間に割って入った。


「ちょっと待ってくださいっ! 二人ともその武器で戦うのですか!?」


 ミュゼが驚くのは無理もなかった。ジンリィはコウ家の宝刀『双龍刀』という双頭の龍から刃が伸びている剣を手にしており、ヨハンも自身の愛剣『セラフィム』という大剣を手にしていた。無論、両方とも練習用ではなく真剣である。


「……と言ってもな?」

「私たちに、その辺の棒とか刃引きの剣で戦えって言うのかい? そんなもん、一振りで砕けちっちまうよ」


 真剣であることに対してお互い特に気にした様子でないことに驚きつつも、ミュゼは一度深呼吸をする。


「そ……そうですか、わかりました。それでははじめます」


 ミュゼは手にした槍を振り上げると、お互いの間に振り下ろした。


「はじめっ!」


 そして大急ぎでその場を離れ、観客のところまで戻っていく。




 剛剣公と武神の戦いのはじまりは、静かな立ち上がりだった。お互い一歩も動かず構えたままである。正確にはジンリィがすり足でゆっくりと近付いているが、まともな武術の嗜みがないリリベットだけでなく、それなりの実力があるゴルドやラッツすら気がつかないほど、ゆっくりとしたものだった。


「なぜ、動かないのじゃ?」

「あそこから一歩、いや半歩ほど近付くと、父上の間合い(エリア)に入るからね」


 リリベットの疑問に答えたのは、隣で座っているフェルトである。あまり目立たないが彼の剣術もかなりの腕前であり、ジンリィが少しずつ近付いているのも察していた。


 しかし、まず大きく動きを見せたのはヨハンだった。一歩前に出てヨハンの間合いに入るとジンリィは地面を蹴り、沈み込みながら飛び出して一瞬で間合いを潰す。観客ではミリヤムとミュゼ以外は目で捉えられないほどの速度の踏み込みだったが、ヨハンは剣ではなく膝を突き出してそれに対応する。


 鼻先に襲い掛かってくる膝に対して、左足の親指で器用にブレーキをかけると、寸でのところでそれを躱し、流れるようにヨハンの後ろに回りこみ双龍刀で薙ぎ払った。


 ガギィィン


 ヨハンはジンリィの動きに振り回されながらも、担いでいたセラフィムを背中に降ろすように立てるとジンリィの斬撃を受け止めた。そして、振り返りながら掬い上げるようにジンリィを吹き飛ばす。


「速いな……武神の異名に偽りはないようだ」

「完全に振り回せたと思ったんだけどねぇ。背中にも目があるのかい?」


 お互いに構えながら、もう一度間合いを取りはじめた。




 レオンもヨハンの孫だけはあり、剣術の筋は良いが二人の動きがまったく見えていなかった。


「マオリィさんは、今の動き見えた?」

「あははは、無理を言うな。師匠が一瞬でおっちゃんの前に現れたかと思ったら、次の瞬間吹き飛ばされたのだ」

「ふきとばされたのじゃ~」


 ヘレンも当然見えているわけではないが、マオリィの真似をして何故か喜んでいた。その前では、妖精たちが謎の旗をパタパタと振って応援している。


 しかし、轟音と共に修練場が揺れると、妖精たちはバタバタと倒れて死んだ振りをはじめる。この轟音はヨハンの右足が地面を蹴った音で、その巨漢とは思えない速度で間合いを詰めると、一気にジンリィ目掛けてセラフィムを振り下ろす。


 キュィィィ……ガキンッ!


 ジンリィは、祖母から受け継いだ受け流し技である王者の護剣で受け流そうとするが、受けきれないことを悟ると地面を蹴って、自ら弾け飛ぶように後ろに飛んだ。そのまま背中から壁に激突すると、苦悶の表情を浮かべる。


「痛いねぇ、私が受け流し損ねるなんて、なんて力だい……剛剣公とはよく言ったもんだよ」

「ふむ、私の一撃を受けきった者は、ここ数年いなかったが……さすがにやりおるわ」


 ジンリィもヨハンも、お互いに強敵と見なした上で楽しくて仕方がないのか、その顔には笑みがこぼれていた。


 その攻防をみていたミリヤムは、したり顔でゴルドに突っかかる。


「ほら、やっぱりおじさんの方が強いわ」

「おいおい、勘弁してくれよ。あの酒手に入れるの大変だったんだぜ?」

「ふふふ……今から祝杯が楽しみだわ」


 ゴルドの泣きの一言も気にせず、ミリヤムはすでに勝った気分で浮かれていた。




 ふとジンリィから笑みが消え、鋭い眼差しでヨハンを見つめる。


「これは小手先技じゃ無理だねぇ……」


 そう呟くとジンリィは、腰を深く落とし双龍刀で突く構えを取った。観客でもわかるほど、場の空気が硬直するのを感じるほど緊張感が走る。しかしヨハンはニヤリと笑うと、この試合ではじめて両手でセラフィムを構えた。


「先に言っておくが、その技はマオリィに見せて貰ったことがある。気を使わないと威力は半減だろう?」

「へぇ、マオリィが? わざわざ教えてくれるなんてありがとよ、許可無く人に使うなって言いつけておいたんだが……後でおしおきだねぇ」


 ジンリィの瞳が怪しく光ると、胡坐の上にヘレンを乗せて観戦しているマオリィは、ガクガクと震えはじめた。いきなり揺れはじめたマオリィにヘレンは大喜びではしゃいでいる。


「ぐらぐらなのじゃ~」

「に……逃げないと殺されるのだ……いたたっ」


 すぐに逃げようとしたマオリィだったが、ヘレンを乗せていたため足が痺れて動けなくなっていた。




「心配してくれなくても、この技はコウ家の中でも『(マオ)』ではなく、『(ジン)』の技さ。本物というのを見せてやるよっ」


 ジンリィが不敵に笑うと、ヨハンの顔も真剣な表情に変わっていく。そして、次の瞬間ジンリィが弾け飛ぶようにその場から消えた。


 両者の間で空気が破裂したような衝撃は走ると、ジンリィの剣はヨハンの左肩を貫いていた。しかし、ヨハンが剣もジンリィの右脇腹にめり込むように止まっている。


 両者が鮮血を噴出しながら後ろに跳び下がると、リリベットが慌てて止めに入る。


「待つのじゃ、それまでなのじゃ!」


 二人とも構えは解いていなかったが、ふと空気が軽くなるとほぼ同時に武器を地面に突き刺した。そして歩み寄ると握手を交す。


「あの技を防がれるとは……私の負けだねぇ」

「いや引き分けだろう。あの一撃が本気であれば、おそらく弾けなかっただろう。武神の一撃しかと見せてもらった」


 二人はにこやかに話していたが、血は吹き出たままである。リリベットは青い顔でフェルトに助けを求める。


「フェルト、義父様とジンリィを医務室に連れていくのじゃ」

「父上、ジンリィさん、とりあえず治療しましょう、こちらです」


 ヨハンは左肩が貫通していたし、ジンリィも右脇腹から血を噴出している。致命傷ではないものの、かなりの重傷だが平気な顔でフェルトの誘導に従い医務室に向かった。それを呆然と見送っていたミリヤムがボソリと呟く。


「これ、結果はどうなの?」

「引き分けだろう。賭けは無効だな。がっははは」


 ゴルドは賭けが無効になったことに喜んだが、結局景品になるはずだった酒はその夜に二人で飲み干してしまったという。





◆◆◆◆◆





 『刹那の攻防』


 ジンリィが放った突きに対して、ヨハンは振り上げるように軌道を逸らし、切り返してジンリィの右脇腹を薙ぎ払って止めたが、ジンリィの突きの威力に軌道を逸らしきれずに肩に突き刺さる結果になったのである。


 お互いに気や魔力を使用しての攻防では、同じ結果になるとは考えられなかったが、練習試合ということもあり、結果としては引き分けということで満足したようだった。


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