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第11話「教会なのじゃ」

 リスタ王国 王都 ラフス教会 ──


 シャルロットと修道服を着た女性が逃げ込んだ先は、移民街からさほど離れていない教会だった。


 リスタ王国には国教がないため、神殿はあっても教会は殆ど存在していない。この教会は愛の女神ラフスを信仰する教会で、大戦時に治療に参加した司祭ヨドスが、その功績により王国から資金援助を受けて興した教会だった。


 教徒の多く移民なので移民街を中心に活動しており、奉仕活動としてリスタ王国に来たばかりの者の生活の支援などをしている。


 丁度庭先で薬草に水遣りをしていたヨドスが、駆け込んで来た二人に驚いて桶を落とす。


「ど……どうしたのじゃ、サーリャ!?」

「はぁはぁ……おじいちゃん、ちょっと色々あって」


 この女性はヨドス司祭の孫で名前をサーリャという。彼女は祖父が興した教会でシスターとして働いており、地域の住民、特に移民街の人々に対して炊き出しや、献身的な生活のサポートなどを行い大変な人気がある。そんな彼女の助けを求める声に、沢山の住民が駆けつけたのも頷ける。


「この子は、えっと……そういえば、お互い名前も教えてなかったのね。私はサーリャ、この教会のシスターよ。こちらはヨドスおじいちゃん、司祭様よ」


 サーリャは自己紹介してから、次は貴女の番と言わんばかりに首を傾げた。シャルロットは胸を張りながら答える。


「あたしの名前は、シャル……シャルって呼んでよ。おねえちゃん、おじいちゃん」

「ふぉふぉふぉ、シャルちゃんか、よろしくのぉ」


 ヨドスはヒゲを撫でながら、まるで孫を見るような瞳でシャルロットに微笑みかける。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 ラフス教会内の一室 ──


 ヨドス、サーリャ、そしてシャルロット、教会内の一室で腰掛けていた。


「それで、何があったのじゃ?」


 ヨドスの質問に、シャルロットは立ち上がって口を開いた。


 親父に売り飛ばされて、この国に来たけど隙を見て逃げ出したこと、あの男たちは父親の部下であり自分を連れ戻しにきたこと、そして自力で帰ろうとしていることを語ってみせる。実際は学校に入れれるのが嫌で逃げているだけなのだが、サーリャはシャルロットの話を信じ神に祈りを捧げはじめる。


「おぉ、神よ……このような幼子に何という過酷な運命を……」

「そうか……実の父にのぉ……」


 サーリャはシャルロットを抱きしめる。ふわっと香るよい香りにシャルロットは慌ててジタバタする。


「安心して、シャルちゃん……お姉ちゃん、こう見えても顔が広いのよ。すぐにリリベット様……それが無理でもナディアちゃんにお願いして、家に返してあげるからね」


 女王リリベット、学芸大臣ナディア、それにメアリーという女性はお茶飲み友達であり、よくお茶会を開いていた。このサーリャは大戦後に機会があり、そのお茶会仲間に加わり、今では親友同士といえる間柄だった。


「えっ、でも悪いし……あたし一人でなんとかなるから」

「ダメよ、もう暗くなるし今日は泊まっていきなさい」


 サーリャの押しの強さに、結局シャルロットも折れて、その日は教会に泊まることになったのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 路地裏 ──


 路地を二人の男が歩いていた。一人はシー・ランド海賊連合の頭目ピケル・シーロード、もう一人は近衛隊長ラッツ・エアリスである。


「人捜しなんて衛兵に戻ったみたいだな」

「ほぅ……ラッツ殿は、昔は衛兵を?」

「えぇ、どこをどう間違ったのか、今では近衛として働いてますがね」

「ははは、まぁ人生とはそんなものですよ。私も自分が連合の頭目になるなんて、夢にも思ってませんでしたしね」


 そんな穏やかな雰囲気で話していた二人だったが、目の前から二人の海賊が駆け込んできたことで雰囲気が一転する。


「ピケルの親父!」

「どうした、お前ら!?」


 ピケルが驚いたのは海賊の顔が喧嘩してきたばかりという感じで、痣だらけになっていたからだ。


「それが、お嬢を見つけたんですが……」




 事の顛末を聞いたピケルは、突然海賊たちを怒鳴りつける。


「馬鹿野郎ぉ! てめぇーらは子供一人も連れてこれねぇのかっ!」

「す……すみませんっ!」


 あまりのピケルの豹変ぶりにラッツは若干顔を引きつらせた。普段は穏やかな商人風のピケルたが、さすがは海賊連合の頭目である、こうして親分風の態度も取ることができるのだ。


 しばらく部下の海賊たちを説教したあと、ピケルはいつもの雰囲気に戻り、ラッツに向かってにこやかに笑いかける。


「御見苦しいところをお見せしました、ラッツ殿」

「いえ……それよりお嬢さんを捜しにいきましょう」


 ピケルは頷くと、海賊たちが持ってきた情報をラッツに尋ねた。


「どうやら娘はシスター風の女性と逃げたらしいのですが、心当たりはありませんか?」

「う~ん、この辺りでシスターがいるところって言えば、ヨドス爺さんのところかな?」

「ほぅ、それはどちらに?」

「すぐ近くですよ、行ってみましょう」


 こうしてピケルとラッツに海賊たちを加えたシャルロット捜索隊は、ラフス教会に向かうことになったのである。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 ラフス教会前 ──


 教会に辿り着いた一行。


 まずラッツが扉をノックすると、中からサーリャが出てきた。最初は突然の訪問に怪訝そうな顔をしていたが、相手がマリーの夫だと知ると笑顔に戻った。


「あれ、ラッツさんじゃないですか……どうしたんですか、こんな時間に?」

「こんばんは、サーリャ。ちょっと人を捜しているんだけど」


 その言葉にサーリャの表情が一瞬曇った。しかし、すぐに取り繕うように微笑むと首を傾げる。


「人捜しですか? どんな人なんですか?」

「背がこれぐらいの女の子で、髪は左右で結んでいるらしいんだ」


 ラッツは自分の腰の辺りの高さで手を横に切りながら、ピケルに聞いていたシャルロットの特徴を伝えるが、サーリャは首を横に振って答える。


「ごめんなさい、力になれそうもないです」


 そう言って扉を閉めようとしたが、バンッという音と共の扉は止められてしまった。サーリャが驚いて顔を上げると、ピケルの腕が扉が閉まるのを阻止していた。ピケルは柔らかい口調でサーリャに尋ねる。


「すみません。シスターさん、実は貴女と一緒に行動してるのを見たって人がいるんですよ」


 サーリャは、ピケルの後で立っていた海賊たちを見ると驚いた表情を浮かべて、ラッツの方を睨み付ける。


「あ……あなた方は!? ラッツさん、見損ないました! こんな人たちを連れてくるなんてっ!」


 いきなり罵倒されたラッツは驚きの表情を浮かべて混乱している。次の瞬間、サーリャはラッツごとピケルを押しのけ、勢いよく扉を閉めてしまった。扉の奥からはサーリャの声が聞こえてくる。


「シャルちゃんは渡しません。お帰りくださいっ!」

「待ってください、私は彼女の父親です。娘を迎えに来たのです」


 ピケルが極めて紳士的に話しかけるが、サーリャからは思いがけない言葉が帰ってきた。


「娘を売るような非道な父親には、シャルちゃんは渡せません。帰ってください!」


 その言葉にラッツもピケルも驚いた表情を浮かべる。ピケルは困惑した表情を浮かべながらラッツに向かって


「たぶん娘が何か嘘をついて、それに信じてしまっているのでしょう。踏み込むわけにも行けませんし、彼女は善良で親切な方のようだ。今夜は娘を預けても大丈夫かと」

「えぇ、いいんですか?」


 ピケルは頷くと、ドアの向こうのサーリャに向かって、極めて紳士的に話しかける。


「シスター、私は娘に危害を加えるような父親ではありません。しかし、今は信じては貰えないでしょうから、また明日伺います。申し訳ありませんが、娘をよろしくお願いいたします」


 そう声を掛けるが返事はなく、ピケルはそのまま扉から離れて歩きだしてしまう。


「よかったのですか?」

「えぇ、また明日来てみます。彼女を説得できるような人がいればいいのですが……」


 娘に拒絶されたからなのかピケルは少し元気なく呟く。その言葉にラッツは少し考えてから、何かを思い当たったのかポンッと手を叩く。


「それなら……」





◆◆◆◆◆





 『ラフス教会の美人シスター』


 移民を中心に教徒数を拡大しつつあるが、やはりこの国においてリスタ王家の人気に比べれば影響力はないに等しい。普段は困っている人々を助けるための活動をしており、炊き出しや治療などを定期的に行っている。


 美しく育ったサーリャに求婚する男性が後を絶たないが、「神に仕える身ですので」の一言で全て玉砕していると言う。彼女目当ての教徒が増えつつあるのが、祖父であるヨドス司祭の悩みである。

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