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第109話「撤退の合図なのじゃ」

 魔の海域 ガトゥム要塞 作戦室 ──


 部屋の中は見るも無残に荒れ果てていた。戻ってきたラドン王子が激情のまま、備え付けの作戦机を放り投げ、飾られていた調度品やソファーなどを破壊してまわったからである。


「はぁ……はぁ……くそっ! 何なのだ、関係ない国のくせに横から出てきて、俺の戦の邪魔をしやがってっ! それにココロットめ、敵を引きこむとは……ぐぬぬ」


 肩で息をしながら怒りが治まらないのか、ラドン王子は牙をむき出しにしながら壁を蹴っていた。


 そんな彼が落ち着くのを待ってから、叔父であるラッカー将軍が尋ねる。


「それでは、あの船に喧嘩を売るか?」


 ラドン王子は歯軋りをしながら黙っていた。ガトゥム要塞に絶対の自信を持っていた彼らだったが、あのクイーンリリベット号の攻撃を目の当たりにして、現状の戦いを続けることの無謀さを悟ったのである。


 しばらくして落ち着くと、ラッカー将軍に損害状況を聞いた。


「どの程度の被害が出ている」

「あぁ水龍の攻撃とあの閃光の影響で、竜の心の一つが機能が停止してしまった。その上、城壁の一部が消滅水没を免れるために補強だけしてある。なんとか移動だけはなんとか出来るって感じだな。それより護衛艦隊の損害状況がひどい、全体の八割が轟沈か航行不能、今は修理できそうな船から牽引して要塞に回収している」


 自分が予想していたより損害が出ていたことに、ラドン王子は頭を抱えている。


「くっ……こうなっては、いち早くロイカに戻り親父殿に報告せねばならないな。撤退の準備期間後、俺は高速艦で先に戻る。叔父上はこの要塞を頼むぞ」

「わかった、要塞のことは任せろ」


 こうしてザイル連邦軍も撤退の準備を開始したのだった。



◇◇◆◇◇



 魔の海域 クイーンリリベット号 甲板 ──


 会見から三日が経過していた。その間双方の捕虜引渡しがあり、その受け渡し場所にクイーンリリベット号の甲板が利用された、しかし特に衝突もなく両軍とも準備を進めている様子だった。


 本日の正午に撤退準備期間が過ぎ、双方が同時に撤退を開始することになっている。クイーンリリベット号は、双方が睨みあう中心地で待機している。


 リリベットは両国と時間合わせをした懐中時計で、時間を確認しながら呟く。


「もうすぐ時間なのじゃ。両国とも大人しく撤退するじゃろうか?」

「おそらくね、ここで約束を違えても両国に利はないから」


 少し緊張しているリリベットに、フェルトは微笑みながら答えた。その笑顔で幾分か落ち着いたのかリリベットは小さく頷く。そして、近くで仁王立ちしていたレベッカに尋ねる。


「レベッカ、主砲は撃てるじゃろうか?」

「ん? あぁ、精霊力を充填すれば撃てるはずだよ?」

「準備を進めてほしいのじゃ」

「そいつぁいいが、何を撃つんだい? まさか撤退する両国を撃つわけじゃないよねぇ?」


 そんなことをしないとは思っていても、念のためにレベッカは尋ねる。リリベットは小さく首を横に振って答えた。


「そんなことをするわけないじゃろう、撤退の合図と祝砲代わりなのじゃ。時間になったら、そのまま真っ直ぐ撃ってくれればいいのじゃ」

「おぉ怖い、最後にもう一度恐怖を植えつけておこうってんだね?」


 リリベットは一瞬きょとんとした顔をしたあと、すぐに澄ました表情に戻すと胸を張りながら答える。


「も……もちろん、そのつもりなのじゃ!」

「くすっ、そこまで考えてなかったね」


 フェルトがクスッと笑ってから茶化すように言うと、リリベットは少し顔を赤くしながら改めてレベッカに頼む。


「と、とにかく進めて欲しいのじゃっ!」

「あいよ」


 レベッカは胸の谷間から宝珠を取り出すと、砲室と機関室にいるガウェインに話を通している。それを見ていたリリベットはボソッと呟く。


「まったく……どこから出しているのじゃ」


 ガウェインと通話を終えたレベッカはニヤニヤと笑いながら、先程まで使っていた宝珠をリリベットの胸の上にポンッと置く。


「陛下だって立派なもん持ってるんだから、これぐらい出来るだろう?」


 レベッカは笑いながら人差し指で宝珠を押し込むと、心地よい弾力のあとスルッと谷間に収まってしまった。レベッカはカラカラと笑っていたが、リリベットは呆れた顔で首を横に振っている。


「何をしているのじゃ……私の胸で遊ぶでないのじゃ」

「あっはははは、まぁ女同士だしいいじゃないか、なんならフェルト殿に取って貰ったらどうだい?」


 からかうように言うレベッカに、リリベットは少し胸を上げ寄せて上目遣いでフェルトを見つめる。しかし、フェルトは少し照れたような顔をして首を横に振った。


「いや、さすがにこんなところでそれはね……ははは」

「むぅ……」


 リリベットは頬を膨らませてつまらなそうに唸ると、自分で宝玉を取り出してレベッカに渡す。レベッカは、それを再び自分の胸の谷間に収めると船首のほうへ目を向けた。


「充填を開始したようだね。タイミング的には丁度いいだろうさ」

「ふむ、そうじゃな」




 しばらくして、充填が完了した船首の剣状の魔導主砲は強い光に輝いていた。


 リリベットは懐中時計をポケットにしまってから、左手を胸の高さまで上げてから一気に突き出して叫ぶ。


「放つのじゃっ!」


挿絵(By みてみん)



 その命令は宝珠を通して砲手へ伝えられ、クイーンリリベット号の主砲は閃光として真っ直ぐに海を切り裂いた。


 それが合図になったのか、決められた時間だからかはわからないが両軍は一斉に退却をはじめる。こうしてザイル連邦軍とクルト帝国連合艦隊との海戦は、幕を閉じることになったのである。



◇◇◆◇◇



 ザイル連邦 首都ロイカ ロイカタル宮殿 謁見の間 ──


 それから数日後、一足早く高速艦でラドン王子が帰還していた。謁見の間では玉座にバルドバ王、その隣にラァミル王子とココロット大臣、一歩下がったところにヴィーク師団長、そして玉座の前には左右に分かれて諸大臣たちが出揃っていた。


 ラドン王子は玉座の前に来ると、その場で傅いている。そんなラドンに、バルドバ王は重い口調で声をかける。


「息子よ、顔を上げよ」


 その言葉にラドン王子が顔を上げると、若干呆れた様子でバルドバ王が口を開いた。


「戦況に関しては、すでにココロットより聞いておる。大きな損害を出したうえに戦果は得られなかったそうだな?」

「お……親父殿! いや我が王よ、聞いてくれっ! そこにいるラァミルとココロットが、我が国を裏切って戦争に他国を介入させたのだ! そのせいで勝てる戦を逃したのだっ!」


 ラドン王子は必死に訴えたが、バルドバ王は黙ったままラァミル王子を一瞥する。それに対してラァミル王子は、小さく頷いて一歩前に出た。


「この痴れ者めっ! この戦には大儀などなかったのだっ!」

「な、なんだと!?」

「誰か、あの者を連れてこいっ!」


 ラァミル王子がそう叫んだ。しばらくあと兵士の一人が、鎖に繋がれた見るからに罪人を連れてきた。ラドン王子は驚いた顔をして、その男を見ている。


「ラドンよ、この男に見覚えがあるだろう? ソマリを襲撃した者たちの首領だ」

「し、知ら……」


 ラドン王子がそう口にした瞬間、ラァミル王子はかぶせるように怒鳴りつける。


「下らない言い訳など口にするなっ、すでにこの者の自供は得ているのだ。クルト帝国と戦争を起こす理由を作るために、貴様が画策したことだとなっ!」


 ココロットを送り出したラァミル王子は、弟が戦争の準備を進めている間にも、ヴィークとともに事のはじまりとなったソマリ襲撃を調べ、ついに首領と実行犯を捕えた。そして、ラドン王子の関与を自白させることに成功したのだった。


「さらに叔父上と共謀してノーマの海賊を使い、クルト帝国領アイゼンリストを襲撃させたな?」

「言いがかりだっ! ラァミル、貴様が画策したことではないのか!?」


 ラドン王子は怒りに任せて怒鳴りつけるが、ラァミル王子は元よりバルドバ王すら冷ややかな瞳で見つめている。彼が如何に言い逃れをしようと、事ここに至るまでに証拠は十分揃っているのだ。


「この愚か者を捕えよっ!」


 ラァミル王子の号令で、衛兵が一斉に前に出てラドン王子を取り囲む。しかし、取り押さえようとする衛兵に対して、ラドン王子は激しく抵抗をみせ次々と殴り倒しまったのだった。





◆◆◆◆◆





 『ソマリ襲撃の真相』


 ラドン王子と彼を次期王子に推す一派は、彼に大きな功績を取らせる必要があった。それが『クルト帝国』との戦争の勝利であり、その下準備として傭兵崩れを雇ってソマリを襲撃させたのである。


 これは国民の感情を戦争に向けるための一手であり、クルト帝国の資産に手を出さないことで疑惑を植えつけた。その上で各地にその噂を振りまくことで、一気に世論が『反帝国』に機運に包まれたのである。

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