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第108話「脅迫外交なのじゃ」

 魔の海域 クイーンリリベット号 甲板──


 挑発とも取れるリリベットの発言に対して、ラドン王子は一瞬牙を剥き出しにした。そして、その鋭い爪でリリベットに襲い掛かろうと一瞬身体を傾けたが、その瞬間リリベットの後ろから発せられた重圧に飲み込まれ、指一本動かせなくなってしまった。


「な……なんだ!?」


 ラドン王子が何とか気配のする方向に顔を向けると、他の者と明らかに違う民族衣装を着た女性が仁王立ちで立っていた。歳を重ね、さらに実力をつけた武神コウジンリィである。


 そのジンリィから発せられた殺気は、ラドン王子の動きに呼応して動こうとしていた獣人兵の動きも完全に止めており、クルト帝国の軍人もそれなりに腕があるものは、その殺気を感じてダラダラと脂汗を流している。獣人や亜人はその流れる獣の血が、本能的に強者を見極められると言われており、この場にいる全ての者よりジンリィが強いことを直感で察していた。


 リリベットが振り向かず手を上げると、ジンリィが殺気を抑えたのか動けなくなっていた者たちが一斉に脱力していく。


「ふむ……それでは話を戻すのじゃ。両国とも言いたいことがあるじゃろう?」


 飄々とした様子のリリベットの問い掛けに、まずはエリーアス提督が口を開いた。


「此度の戦は、アイゼンリストの襲撃犯ノーマの海賊を引き渡さなかったことと、我が国の艦をザイル連邦が沈めたことが発端です。ノーマの海賊の引渡しと、ザイル連邦からはそれなりの代償をいただかなくては戦いはやめれません」


 リリベットは少し考えたあとで、ココロットを近くまで呼び寄せた。


「ノーマの海賊に関しては、我が国が責任を持って引き渡すことができるはずなのじゃ。まぁ死体になっておるかもしれぬのじゃが……代償、つまり賠償に関してじゃが、ココロット殿?」


 この発言は派遣したグレートスカル号の勝利を確信しているからの言葉であり、予想ではあったがノーマの海賊の何名かは捕虜に出来ているはずと考えていた。


「はい、講和となればバルドバ王も話がわからない方ではありませんので、それなりの賠償を払ってくださるかと……」


 ココロットの言葉に、ラドン王子は机を叩きながら立ち上がり叫ぶ。


「講和だとふざけるなよっ! この裏切り者がっ!」

「ラドン王子、座るのじゃ。そちらの言い分もちゃんと聞くのじゃ」


 窘めるリリベットにラドン王子は舌打ちをすると、再びドカッと椅子に座る。


「要求も何もテメーらが攻めて来たんだろうがっ! 俺たちは降りかかる火の粉を振り払おうとしただけだ」

「つまりクルト帝国が撤退すれば、特に要求はないのじゃろうか?」


 リリベットが首を傾げながら尋ねると、ラドン王子は激高した様子で怒鳴りつける。


「ふざけるなっ! こいつらに何隻船がやられたと思っているんだ!?」

「それはこちらにも言えることだっ!」


 エリーアス提督もここは引けないと思ったのか、ラドン王子と真正面からぶつかり合う。今にも殴り合いに発展しそうな二人に、リリベットはため息をつく。


「我が国は、両国にいつまでもいがみ合ってもらっていては困るのじゃ」

「貴様の事情など知るか、俺たちは断固戦うぞっ!」

「女王陛下、わざわざ来ていただいて恐縮だが、皇帝陛下の御名のもと戦いをやめるわけにはいかないのだ」


 穏便に済ませようというリリベットの意見だったが、ラドン王子もエリーアス提督も徹底抗戦の意思は堅そうだった。彼らからすれば突然停戦させられて、講和を要求されても納得できるわけがなかったのだ。


 リリベットは指でトントンと机を叩いたあと、見たこともないような冷ややかな瞳で告げた。


「お主たちの覚悟はよくわかったのじゃ。では……我々はここに集まった主要人物を捕縛、お主たちを人質に残っている者たちに停戦させ、その上で両国に講和を要求するのじゃ」

「なっ!?」

「そのようなことが許されるわけがっ!?」


 まるで海賊のような物言いに驚いて立ち上がるエリーアス提督とラドン王子だったが、再び膨れ上がったジンリィの殺気に、腰を抜かしたように椅子にもたれかかった。


「我が国のような小国にそこまでやられれば、両国の面子が傷つくじゃろう? もう一度よく考えるがよいのじゃ、私の提案を受け入れ講和を選ぶか、それとも……」


 リリベットは二人の顔を一瞥すると、黙ったまま目を瞑る。エリーアス提督もラドン王子も一流の指揮官である。二人ともこの女王は口にしたことを、間違いなく実行すると肌で感じていた。


 三人とも黙ったまま重い空気が流れる。しばらくしてエリーアス提督が口を開く。


「少し……艦長たちと相談してもよいだろうか?」

「うむ、ラドン王子も構わんじゃろう?」

「……俺も部下たちと話させてもらう」


 こうしてエリーアス提督とラドン王子は、それぞれの陣営に戻り相談をはじめていた。一人席で待つリリベットに、マーガレットがお茶を用意して運んできた。


「陛下、大丈夫ですか?」


 お茶を淹れながら小声でマーガレットが尋ねると、リリベットはニッコリと笑って、周辺に聞こえないような小声で答える。


「だ……大丈夫じゃないのじゃ、ジンリィに目を光らせるように頼んでおかなければ、今頃どうなっておったかわからなかったのじゃ」


 平然とした顔をしながらも会談中、内心生きた心地がしなかったリリベットは、ようやく弱音を吐くことができ少し落ち着いた様子だった。先程の脅迫も軍務大臣シグル・ミュラーの入れ知恵であり、リリベットは強い女王像を演じているに過ぎなかったのである。それでも超大国に対して演じられるだけでも、相当な胆力だと言える。


 しかし、その効果はあったようで、エリーアス提督とラドン王子は席に戻ってくるなり、ほぼ同時に停戦を口にした。二人の意見は完全に一致しており、停戦後双方の引き上げ期間を持ち同時に撤退すること、双方の捕虜は解放すること、講和の条件に関しては二人ではなく、もっと高位の者の次元で話し合うことが決められた。


 女王リリベット、エリーアス提督、ラドン王子の三人が、その全てを承認すると会談は終了した。そしてエリーアス提督とラドン王子は、それぞれ決められた場所に移動するために、彼らを待つ味方の元に帰っていった。




 しばらくそれを眺めていたリリベットの後ろで、パチパチと拍手をする音が聞こえてきた。リリベットが振り返ると、そこにリョクトウキが笑顔で拍手をしている。


「まだ情勢はどう転ぶかわかりませんが、まさかこんなに早く停戦させることができるとは思いませんでした」

「我が国の評判が落ちたら、ちゃんと貴国に責任を取ってもらうのじゃ」


 リリベットが笑いながら釘を刺すと、トウキも苦笑いを浮かべて頭を掻く。


「後は何事もなく撤退するかを監視、その後は講和に向けて尽力せねばならぬじゃろうな」


 そう呟くと吹き込んできた風に、髪が乱されぬように押さえ込んだ。



◇◇◆◇◇



 魔の海域 ノインベルク号 ──


 クイーンリリベット号での会見が終わったエリーアス提督は、他の艦隊と合流するために移動を開始した。リリベットとの約定に従い捕虜の返還、決められた撤退日まで全艦隊を相手から見える位置に移動しなければならない。


 エリーアス提督の横にいた副官は悔しそうに言う。


「提督……今一歩で我々の勝利だったのに、リスタ王国の横槍でこんなことに……悔しいです」

「……あのまま要塞に乗り込んでいても、勝てていたかは五分五分だっただろう。そして、勝てたとしてもかなりの損害が出ていただろうな。現在の損害はどの程度だ?」


 エリーアス提督が力なく尋ねると、副官は何も見ずにスラスラと答える。


「轟沈、及び航行不能の艦が四十七、何とか自走可能な艦が二十二、小破はほぼ全ての艦に及んでいます。死者数に関しては、救出された者もいるでしょうが千五百は下らないかと……」

「そうか……」


 目を閉じて報告を聞き終えたエリーアス提督は、振り返ると離れていくクイーンリリベット号を見つめる。


「しかし、あのような船を造っていたとはな……造船の基本思想も技術も桁違いだ。現在ある全ての船舶は、あの船の前に跪くだろう」

「あんな小国が、どうやってあんな船を造ったのでしょうか?」

「リスタ王国は、全てを飲み込むと言われている人材の坩堝だ。おそらく、よほどの天才がいるのだろう。今後は小国と侮らず、造船技術や魔導技術などの技術交流をするのが、帝国にとって良い結果を産むかもしれんな」


 そうつぶやくと船長帽を深くかぶり直し、エリーアス提督は副官に向かって命じる。


「所定の位置に移動するぞ、全艦隊に続くように報せろ」

「はっ!」


 副官は敬礼をすると、信号旗を掲げるためにマストのほうへ走っていくのだった。





◆◆◆◆◆





 『外交官の役目』


 会見が終わったあと、クイーンリリベット号から一隻の小型連絡船が出航していた。この船はココロット大臣を近くの島まで運ぶためのもので、操船は海洋ギルドの者がしている。


 彼女はいち早くザイル連邦の首都ロイカに向かい今回の停戦を伝え、その後の講和会議の準備を進めなければならないのだ。

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