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第105話「帝国軍人なのじゃ」

 魔の海域 クルト帝国連合艦隊 『ツァーイ』──


 要塞からの攻撃を躱し、ガトゥム要塞に取り付いたクルト帝国連邦艦隊だったが、一斉に開始した艦砲射撃が要塞の装甲に弾かれると艦隊全体に動揺が走った。特に比較的要塞の間近にいた軍艦ツァーイでは、至近距離であるにも関わらず全ての弾が弾かれてしまっており、乗組員たちは戸惑いを露わにしていた。


「なっ……弾が全て弾かれたぞ!?」


 元々艦船に搭載されている大砲は、木造の艦船や石造りの城壁を破壊するための兵器である。鉄のような装甲に覆われているガトゥム要塞の城壁を崩すには、基本的な威力が足りなかったのだ。


「次弾準備完了です」

「艦長、どうしますか!?」


 ツァーイの艦長は考えながら、左右にウロウロと歩きはじめ副官に向かって尋ねた。


「ノインベルクから、何か指示は届いていないのか?」

「はい、まだ信号旗も手旗も見えません」


 落ち着きがない艦長の焦りが艦船全体に広がっていくと、乗組員たちもさらに慌てはじめた。


「か……艦長、要塞に動きがっ!」

「なにっ!?」


 艦長が慌てて要塞を見ると、要塞の壁の一部が蓋のようにパカパカと開きはじめ、中からは大砲やバリスタのような兵器が姿を現した。


「と……取り舵っ!」


 艦長が慌てて操舵士に命じたが時すでに遅く、ガトゥム要塞からの攻撃はツァーイの頭上から降り注いだのだった。


「ぎゃぁぁぁぁ」

「うわぁぁぁぁぁぁ」


 ほぼ無防備に攻撃を食らったツァーイは甲板から船底までを貫かれ、船底では浸水がはじまり沈没するのも時間の問題だった。


「この艦はもうダメだ、総員退艦しろっ! 急げっ!」


 突然の攻撃に混乱している乗組員たちを叩き起こしながら叫んだ艦長は、操舵士をその場から引き剥がすと自らが舵を握った。


 その間に乗組員たちは、船舷にあるボートを次々と下ろして脱出していく。最後まで残った副官は敬礼すると全員退艦の報告をする。


「艦長、総員退艦しました、後は我々だけです」

「よし、お前もすぐに退艦しろっ!」

「はっ! ……艦長も急ぎましょう」


 脱出を提案する副官だったが、艦長は首を横に振った。


「この艦は、もう舵すら効かないが……今、この艦が盾にならねば脱出した者たちが危険だ。私のことはいいから行け」


 艦長はそう言い残すと、副官に背を向けて船倉に降りて行く。




 船倉に降りていった艦長は途中で部屋に寄り、火の灯ったランプを手にすると格納庫へ向かった。そんな彼を追いかけてきた副官が驚いた声を上げた。


「か、艦長!? 何をなさっているんですか?」

「なぜ来たのだ! この船を焼いて煙幕にするんだ。さっさと退艦しろっ!」


 艦長はそう言いながら、油の入った壷を蹴り飛ばして床に油をぶちまけた。


「エリーアス提督に言われて積んでいた油が、こんなことに役立つとはな……」


 艦長はそう自嘲気味に呟くと、ランプを床に叩き付けて自分の艦に火を放った。そして、副官の襟を掴んで引っ張りながら甲板に出ると、攻撃によって空いた穴から煙が黙々と吹き出ていた。


「さぁ、早く逃げろっ!」


 艦長は、そのまま副官を海に投げ捨てる。海に落ちた副官は、急いで海面から顔を出して叫ぶ。


「艦長も急いでくだ……」


 その瞬間、砲室の火薬に引火したのか、甲板で爆発が起き跡形もなく吹き飛んでしまった。先ほどまでそこにいた艦長の姿が見えなくなってしまい、副官は叫び続けている。


 そんな副官を先に退艦していた乗組員たちがボートに引き上げて、その場所から離脱を開始した。爆破炎上した艦の煙で、射線が遮られたのが功を奏したのか、要塞からの攻撃は飛んでこなかった。



◇◇◆◇◇



 魔の海域 ガトゥム要塞の城壁内 ──


 航行不能にした敵艦から逃げだそうとした敵兵に追撃を加えようとしたところ、突然その艦が燃えはじめ、その煙で射線を遮られたザイル連邦兵は慌てていた。


「げほげほ……前が見えないぞ!?」

「とにかく逃がすなっ!」


 砲手たちは砲門から入ってくる煙に苦戦しながらも攻撃を再開した。目標が目視できないため、だいたいの位置に向かって当てずっぽうに攻撃するが、そんなものが当たるわけもなく海面に対して無駄弾を撃つことになった。


 ゴワンッ!


 先ほどまでは水柱が立つ音が聞こえていたが、突然何か硬いものにぶつかったような音が響き渡った。砲手たちは驚いた表情を浮かべながら、煙の向こうをみようと目を凝らしていた。


 炎上している艦から遠いところの砲門から、大声で命令が飛んでくる。


「旗艦だ! 敵旗艦がそこにいるぞ! 撃て! 撃てぇ!」


 それを聞いた瞬間、砲手たちは手柄を立てようとガムシャラに撃ちはじめた。


「ぎゃぁぁ!」


 しかし、逆に開いた砲門を狙われ、次々と戦死していくことになったのである。



◇◇◆◇◇



 魔の海域 クルト帝国連合艦隊 旗艦『ノインベルク』──


 エリーアス提督が乗る旗艦ノインベルクは、爆破炎上したツァーイと逃げている乗組員との間に割って入るように滑り込む。大砲や矢が無数に飛んでくるが、ノインベルクの装甲も強化された鉄板であり、飛んでくる攻撃を跳ね返していた。


「今のうちにツァーイの乗組員たちを、船に乗せるんだ!」


 エリーアス提督の命令に船乗りたちは即座に救援活動を進め、次々とノインベルクに乗せていく。その間にも、ノインベルクの砲撃はガトゥム要塞の砲門を正確に射抜いていき、敵の攻撃を沈静化させていく。


 そしてエリーアス提督は戦死者を除くツァーイの乗組員を乗船させると、艦隊全体に対して総撤退の命令を下した。


「よし、撤退だ! 一度退いて体勢を建て直すぞ!」


 使える伝達手段は全て使い、ノインベルクを含む帝国連合艦隊は撤退を開始した。相手の艦隊も相当の被害を受けているため、追撃艦隊はなかったが離脱時にも超遠距離型バリスタの攻撃を受け、数隻が轟沈することになった。


 それでも、提督の意思をしっかりと察した艦隊は四方八方に撤退を開始し、的を絞らせないことで全体の八割強は無事に撤退することができたのである。


 こうしてザイル連邦とクルト帝国の二回目の海戦は、クルト帝国連合艦隊の撤退で一先ず幕を閉じるのだった。



◇◇◆◇◇



 魔の海域 ショール諸島 クルト帝国連合艦隊 旗艦『ノインベルク』作戦室 ──


 戦場から離脱したクルト帝国の連合艦隊は、ショール諸島まで撤退していた。対要塞戦では戦果は望めなかったが、ザイル連邦の護衛艦隊に対しては第二と第三艦隊が奮闘した結果、クルト帝国側が大勝していた。


 戦場全体で見れば戦果は五分五分と言えたが、作戦室には重い空気が流れていた。そんな空気を断ち切るようにエリーアス提督が口を開いた。


「要塞攻略についてだが……何か意見のあるものはいるか?」


 集められた艦長たちは、押し黙ったまま考え込む。先の戦いではガトゥム要塞の装甲の前には手も足も出なかったのである。そんな中、艦長代理として出席していたツァーイの副官が発言の許可を求め、エリーアス提督がそれを認めた。


「撤退時にノインベルクがしたように、砲門を一つずつ潰していくのはどうでしょうか?」


 副官の発言に、周りの艦長たちは安易に頷きはじめた。


「ふむ……確かに相手の攻撃手段を断つというのはいいかもしれんな」

「しかし、あの高さだぞ? 並みの艦船では砲が届かないのでは? それにいくら潰したところで、要塞自体を何とかしなければ……」


 比較的若い艦長が挙手をすると、エリーアス提督が軽く手をかざして発言を求めた。


「我が艦は要塞の北側に逃げましたが、北側には城門と艦船が搬入するための水門ががありました。普通に城壁を攻略するよりは、破壊も容易かと思うのですが……」

「ふむ、城門はともかく水門か……突破できれば攻略の糸口になるかもしれん。言われてみれば、南側にも水門らしいものがあったな」

「しかし、敵もバカではありますまい? それなりの防衛施設があるのでは?」

「もちろんそうだろうが、艦砲射撃で城壁が抜けないのだ、水門を攻めるしかあるまい」


 厳しい戦いが予想されたため艦長たちも賛否両論だったが、最終的にはエリーアス提督が水門攻略を決断した。その後、艦長たちは夜通しで具体的な作戦を詰めていくのだった。





◆◆◆◆◆





 『ガトゥム要塞』


 非常に高く堅い城壁に囲まれており、並みの艦砲射撃ではビクともしない頑強さを誇る。


 城壁の裏には通路が張り巡らされており、各所に用意された砲門を開き、大砲やバリスタなどで攻撃することが可能である。


 また港の機能を有しており南北に水門がある。城門及び水門付近の防御は、他の箇所より厚くなっているのは普通の城砦などと同じである。

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