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第104話「要塞の兵器なのじゃ」

 魔の海域 ショール諸島 クルト帝国連合艦隊 旗艦『ノインベルク』 艦長室 ──


 初戦は勝利したクルト帝国軍だったが、作戦を実行した部隊からの報告を受けたエリーアス提督の顔色は優れなかった。彼は報告があった位置に駒を置き、海図を確認しながら呟く。


「この長距離からの攻撃か……命中精度が低いのが唯一の救いだな」


 報告にあった攻撃はクルト帝国の艦隊の中で、最大の射程を誇るノインベルクの大砲より、倍以上の飛距離の攻撃である。海戦において射程距離は重要な要素で、一方的に攻撃できるというのは大きな差であった。


「リスクを考えれば分散進撃するしかないな。幸い敵の護衛艦隊はさほど脅威ではないようだし、二十~三十隻を一艦隊として全方位から攻め込むか?」


 独り言のように呟きながら、次の戦いの作戦を考えているエリーアス提督に、副官がコーヒーを差し出しながら声を掛ける。


「提督、少しお休みになられたほうが」

「ん? あぁ、ありがとう」


 エリーアス提督は、差し出されたコーヒーに口をつけながら再び考え込む。休む気配がない上官に小さく肩を竦めると、副官はお辞儀をして部屋をあとにするのだった。



◇◇◆◇◇



 魔の海域 クルト帝国連合艦隊 旗艦『ノインベルク』 甲板 ──


 翌日、全艦隊に作戦を伝えたエリーアス提督は、ザイル連邦軍がいる海域まで移動、両軍主力はついに相見えたのだった。


「聞くのと実際に見るのでは、迫力が違うな……」


 海上に浮かぶガトゥム要塞を見つめながらエリーアス提督が呟くと、隣にいた副官も驚いた表情を浮かべながら頷いていた。


 あのような巨大な建造物が海上を移動しているのである。長い間海で過ごしている海軍軍人から見ても、やはり異様な光景だったのだ。


 クルト帝国連合艦隊は八つの艦隊に別れ、それぞれ第一艦隊から第八艦隊と名付けられた。エリーアス提督が乗船しているノインベルクは第一艦隊で、第二、第三とともに南から進攻、東からは第四から第六、西からは第七と第八艦隊が進攻している。風は南東から吹いているため、海戦の際に有利な風上はクルト帝国の艦隊が押さえる形になっている。


 ザイル連邦の艦隊は要塞を出航したものの、どの方面の艦隊と戦えばいいか迷っているようだった。


 そんな時、ノインベルクのメインマスト上の見張りが、ガトゥム要塞から何かが撃ち出されたのを確認した。


「要塞より攻撃……攻撃対象は東ですっ!」


 エリーアス提督が副官から望遠鏡を受け取って、東から進攻中の艦隊を覗き込むと、丁度何かが着水して第四艦隊の前に巨大な水柱を打ち立てていた。


「当たったらひとたまりもないが、やはり命中精度は高くないようだな。よし、作戦通りそのまま進むぞ」

「はっ!」


 副官は敬礼をすると、部下たちに命じて作戦続行を示す旗を振らせる。


「第二射来ます! 今度はこちらですっ!」

「取り舵っ! 躱せぇ!」


 見張りの報告を聞いた瞬間、エリーアス提督は飛んでくる弾道を予測して舵を切るように命じ、飛んできた物体を回避する。


 第一艦隊の右舷に水柱を打ち上げたが、艦隊自体に被害はなかった。そして再び見張りが叫ぶ。


「次、来ます! 今回もこちらです!」

「この弾道……狙いは第一艦隊(われわれ)ではないな?」


 エリーアス提督はそう呟くと右舷側を注視する。その物体は第一艦隊の右舷にいる第三艦隊に向かって放たれたものだったのだ。


 バシュッ!


 飛んできた何かは空中で裂けるような音を立てると、無数の鉄球をばら撒いた。その鉄球が雨のように第三艦隊に降り注ぎ、甲板や帆を貫通し乗組員たちを押しつぶしていく。


「ぎゃぁぁぁぁ!」

「状況!? 状況を報せぇ!」


 一瞬にして地獄絵図と化した第三艦隊を見て、エリーアスは驚きの表情を浮かべる。


「なっ!? 散弾だとっ!?」

「第三艦隊、航行不能多数! 指揮艦も航行不能な模様です」


 さらに続く副官の報告に右舷に走ったエリーアス提督は、すぐに状況を見定めると副官に命じる。


「第三艦隊の生き残りは第一艦隊に編入! 我が艦隊の後ろに付かせつつ艦同士の距離を取れ!」

「はっ!」


 副官はすぐに手旗信号で艦隊に連絡をしていくが、その間にも再度散弾が降り注ぎ、第三艦隊には十隻以上の被害が出ていた。


「総帆開けっ! 全速力で敵艦隊を突破して要塞を攻略するぞ」


 エリーアス提督の命令に応じて、乗組員たちは一斉にマスト昇り、閉じていた帆を展開していく。帆に風を受けガクンッと船体を揺らすと、連合艦隊は速度を増して向かってくる敵艦隊に向かって奔りはじめた。




 しばらくして、ザイル連邦の艦隊およそ五十程度が眼前に現れた。そこまで進むまでに第一から第三艦隊は要塞からの散弾攻撃を受け、全体の二割ほどの損害を出していた。それでも散開しながら進んだため、一発の攻撃での損耗は抑えることができた。


「面舵! 左舷全砲門開けっ!」


 クルト帝国連合艦隊は風上であることを上手く利用し、針路が妨害されない北東方面に針路を切り替えながら左舷の砲門を開き砲撃体勢に入った。


 少し遅れながらザイル連邦の艦隊も、南西方面に舵を切り砲撃体勢に入る。


 双方が交差した瞬間……


「撃てぇ!」


 エリーアス提督の命令とともに、放たれた砲弾は数隻を爆破炎上させたが、撃ち返してきた攻撃によって、第一と第二艦隊の四隻が航行不能になっていた。


「副官、伝達だ! 第二、及び第三艦隊の生き残りは、回頭して相手艦隊を釘付けにしろっ! 第一艦隊(われわれ)は、そのまま城砦攻略に向かう!」


 エリーアス提督の命令はすぐに伝達され、第二と第三艦隊は回頭しながら、同じように回頭してきたザイル連邦の艦隊と砲撃戦を開始した。



◇◇◆◇◇



 魔の海域 ザイル連邦 ガトゥム要塞 ──


 東西の艦隊に加え、南から進攻してきた艦隊の一部も包囲を突破したのを見て、ラドン王子は舌打ちをした。


「ちぃ、艦隊の運用に関しては、やはり帝国の方に分があるかっ」

「我が国も海軍に、少しは力を入れなければならないな」


 第二師団のラッカー将軍は呆れた様子で答えた。しかし、連合艦隊およそ百隻に包囲されようとしているのに、二人に慌てた様子はなかった。


「接近した程度でどうにかなる要塞だと思うなよ、人族どもめっ!」


 ラドン王子はそう言い放つと、近くにある宝珠を持ち上げてそれに向かって叫ぶ。


「接近してくる艦隊には、大砲とポリボロスで迎撃せよ。乗り込んできた連中は八つ裂きにするのだ」


 その声は要塞各所に設置された宝珠に響き渡り、要塞の兵士たちはすぐに戦闘配備に付いた。


 しばらくすると要塞の外からは轟音とともに、クルト帝国の連合艦隊から艦砲射撃が開始された。しかし、その砲弾は要塞の厚い装甲で弾き返され、要塞にダメージを与えることはできなかったのである。


 その結果に、ラドン王子は含み笑いをしてから叫んだ。


「くくく、どうだっ! 砲弾程度では、装甲一枚も抜けまい!」


 ガトゥム要塞は元々海上戦を想定して建造された要塞であり、艦砲射撃には十分耐えうる装甲を誇っていた。しばらくして効かないと悟ったのか砲撃の音が止まる。


「よし反撃開始だっ!」


 宝珠から聞こえたラドン王子の命令に、戦闘配備に付いていた兵士たちは一斉に腕を振り上げて雄叫びを上げるのだった。





◆◆◆◆◆





 『超遠距離型バリスタ』


 ガトゥム要塞に設置されている武装の一つ。かなりの超射程を誇るバリスタで、用意しておいた岩石や専用の炸裂弾を発射できる兵器である。


 岩石等で距離を測り、炸裂弾で攻撃するのが基本的な運用方法で、陸地で使用するより海上で使用すると絶大の威力を誇る。


 ただし近距離で使用はできないため、外壁に取り付かれたあとは使用することができないのが唯一の弱点である。

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