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第103話「ショール諸島沖海戦なのじゃ」

 魔の海域 クルト帝国連合艦隊 ──


 北方艦隊の艦長たちが率いるクルト帝国の先鋒艦隊三十隻は、ザイル連邦のガトゥム要塞とその護衛艦隊を視認していた。


「想像していたより、かなり巨大だな。要塞というより城だ」

「あの大きさを、海に浮かべて運ぶとは狂気の沙汰ですね」


 艦長の言葉に航海士も感想を口にする。眼前に広がる光景が、それほどまでに常識外れの代物だったのだ。


「とにかく任務を遂行するぞ、全艦隊はこのまま北西へ向けて進むのだ。ノイスリッター号を最右翼へ移動するように伝えよ!」

「はっ!」


 艦長の命令に副官が敬礼で答えると、手旗信号で各艦船に伝えていく。しばらくして、一斉に舵を切った艦隊は北西方向へ進みはじめ、一番大きな船体を持つノイスリッター号が盾役として一番右側へ移動した。


 当然、この動きを察知したザイル連邦側にも動きがあり、要塞の周りにいた艦隊の一部に迎撃の動きが見られていた。


「よし、一部だが釣れたようだな! あの連中を痛撃して、待機している艦隊を引っ張り出すぞっ!」

「はっ!」


 まだ少し距離はあったが、艦長は伝達のタイムロスを考慮して、艦隊に対して伝達する内容を副官に伝える。


「全艦に伝達、砲撃戦用意! 射程範囲に入り次第、本艦の砲撃に合わせて斉射せよ!」

「わかりました!」


 指示を受けた副官が再び船舷で旗を振ろうとした瞬間、何かが落下するような音が聞こえてきた。副官がキョロキョロと辺りを見回していると、爆発したような激しい音のあとに、ノイスリッター号のすぐ近くに大きな水柱が立ち上り、同時に発生した高波で艦隊は激しく揺らされていた。


「うわっ! なんだ!?」


 何とか踏みとどまった艦長に、マスト上の見張り台から報告の声が聞こえてくる。


「何かはわかりませんが、要塞から何かが撃ち出されたようです! あっ、また飛んでくるぞっ!?」

「この距離をか!? えぇい、取舵いっぱい! いったん距離を取るぞっ!」


 船が左に舵を切ると、他の船もそれに追随する形で戦域から離脱を開始した。飛来した何かは、艦隊の右前方に落ちて再び艦隊を激しく揺らす。


「くっ、これでは一方的に撃たれるだけではないか!」


 艦長がそう叫びながら望遠鏡で要塞の方角を覗き込むと、三十隻ほどの艦影がこちらに近付いてきているのが見えた。しかし、全体的にかなり低速であり追撃してくるような気配はなかった。


「このまま逃げても追いかけては来ないな。よし、向かってくる敵艦隊に接近しろ。近ければ、要塞からの攻撃はできないはずだ!」

「りょ、了解!」


 艦隊はそのまま下手回しで回頭すると、敵艦隊に向かう針路を取った。


 その後、もう一度要塞から飛んできた攻撃は、連合艦隊の後方に着水したため損害はなかった。そして、両艦隊はお互い正面を向けて接近しつつあった。


「艦長、どうしますか?」

「両舷砲門を開いておけ、操舵士遅れるなよっ!」


 連合艦隊の艦長は、そう命じると敵艦隊の動向を見つめていた。


 両艦隊ともに両舷にしか砲門がなく、攻撃するには左右のどちらかに舵を切らなければならない。そして、先に舵を切ったのはザイル連邦の艦隊だった。


 ザイル連邦の艦隊が西、つまり右に舵を切った瞬間、それを待っていたクルト帝国の艦長が叫んだ。


「取り舵だ! 遅れるなよっ、右舷砲撃用意!」

「了解!」


 クルト帝国の艦隊は左に舵を切り、敵艦隊の正面に右舷を晒すような形を取った。こうすることで相手艦隊は攻撃できないが、帝国艦隊は攻撃できる形になったのである。ここで船乗りとしての練度の差が出たのだった。


「放てぇ!」


 轟音とともには撃ち出されたクルト帝国の艦隊による一斉射撃を受け、ザイル連邦の艦隊は前方にいた三隻が、帆やマストを折られ航行不能になり、その船を避けようとした後続の船が入り乱れて衝突していた。


「そのまま旋回して、左舷砲門で攻撃だっ!」


 艦長の命令を忠実にこなし、クルト帝国の艦隊は旋回後に左舷砲撃を放つ。その砲撃は、足並みが崩れていたザイル連邦の艦隊数隻を航行不能にする。


「よし、引っ張るぞ。敵艦隊から離れすぎるなよ!」

「はっ!」


 こうしてクルト帝国の艦隊は、この海域から離脱を開始した。崩れていたザイル連邦の艦隊は、すぐに追撃の体勢を整えるとクルト帝国の艦隊を追いかけはじめた。



◇◇◆◇◇



 魔の海域 ザイル連邦艦隊 追撃部隊 ──


 ザイル連邦は完全な陸軍国家であり、海軍は海賊から商船を守る程度の組織である。もともと水を嫌う性質の亜人や獣人が主な構成員であるため、あまり人気がある職業でもない。


 対するクルト帝国も基本的には海賊相手の軍隊であったが、組織だった艦隊運用や日々の訓練を欠かすことはなく、造船技術なども上であった。


 その辺りの練度の差が先の戦闘に現れており、痛撃を食らったザイル連邦の艦隊は、その怒りに任せてクルト帝国の艦隊を追いかけていた。


「追え、追え、連中を八つ裂きにするのだっ!」


 豹頭の艦長がそう叫びながら、ゲシゲシと甲板を蹴っている。そんな艦長に、犬の耳をもった亜人の副官が尋ねる。


「艦長、舵を切って砲撃しますか?」

「バカ野郎っ! そんなまどろっこしいのはいいんだよ、船をぶつけて乗り込むんだ!」

「は……はっ!」


 完全に頭に血が上っていた豹頭の艦長は、クルト帝国の艦隊が付かず離れずの距離をキープしていることも気がついていなかったのである。




 しばらく追いかけていくと、クルト帝国の艦隊はショール諸島というエリアに差し掛かっていた。


「あの島の影に隠れるつもりだぞ、逃がすなっ!」


 追いかけていた艦隊が、島の影に消えようとしているのを見た豹頭の艦長はそう叫んだ。しかし彼が本当に注意すべきなのは、そこではなかったのである。


 近くにある島々の間から複数の艦船が次々に現れると、ザイル連邦の艦隊はあっという間に取り囲まれてしまった。


「なんだ、こいつら!? どこから現れた!」

「か……艦長、敵艦が信号旗を掲げています! 『降伏せよ、さもなくは轟沈する』。ど……どうしますか!? ギャンッ!」


 豹頭の艦長は、副官を殴り倒すと激高した様子で叫ぶ。


「ふざけるなっ、誰が降伏などするかっ! 北東の手薄なところを突破するぞっ!」


 その叫び声とともにザイル連邦の追撃部隊は、包囲を突破すべく突撃を慣行するのだった。



◇◇◆◇◇



 魔の海域 ショール諸島 クルト帝国連合艦隊 旗艦『ノインベルク』 ──


 見事に誘引作戦を成功させたエリーアス提督に、副官が嬉しそうに拳を握り締めて言う。


「見事にはまりましたね、提督!」

「あぁ、ここまで上手くいくとは思わなかったが、あの艦長たちが頑張ってくれたようだな」


 エリーアス提督は、誘引を成功させた艦長たちも思いながら答える。


「降伏は勧告済みです。このまま大人しく降伏してくれれば……あっ!?」


 副官の淡い期待は裏切られ、ザイル連邦の艦隊は最も手薄と思われる北東の一角に突撃をはじめた。


 それを冷かな瞳で見つめるエリーアス提督は、慌てる副官に向かって命じる。


「馬鹿め……通りたければ通してやれ、北東の船には下がるように伝えろ」

「えぇ、いいんですか?」

「あぁ、無駄に弾を撃つことはない」


 それを聞いた副官は、急いで部下に信号旗を上げるように伝えると、北東にいた小型の艦隊が道を開けるように徐々に後退を開始した。


 それを見たザイル連邦の艦隊は、我先にとその開いた場所に突破を図った。


 しかし、先頭を走っていた艦船が、ガガガガ! と、何かを擦るような音を立てながら止まると、後続の船も次々と衝突や座礁していく。隙があるように見えた場所は実は暗礁地帯で、喫水が深い大型な軍艦のような船は通れない場所だったのだ。


 座礁して身動きが取れなくなったザイル連邦の艦隊に、クルト帝国の艦隊は再び降伏勧告を行い、ついに豹頭の艦長も折れて降伏を受諾したのだった。





◆◆◆◆◆





 『捕虜の扱い』


 降伏したザイル連邦の軍人たちは武装解除の上、ショール諸島の中でも比較的大きな島に移送された。乗ってきた艦船は全て爆破解体させられたが、拘束はされず食料や水などは与えられた。


 将官である豹頭の艦長たちは尋問にかけられたが、簡単に口を割らないことがわかると、他の軍人たちと同じように島に移送された。これは禍根を残すような行動は慎むようにという、帝国宰相レオナルドからの要望のためだと言われている。


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