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第102話「斥候なのじゃ」

 魔の海域 北端 ──


 クイーンリリベット号が航路を決めてから二日後、クルト帝国連合艦隊に所属する哨戒任務についていた小型艦の一隻が、南進している要塞と艦隊群を確認した。


 メインマスト上の見張りが、甲板上の艦長に向かって叫ぶ。


「艦長! 正面から提督から事前連絡があった要塞と思われる建造物と、周辺に多数の艦隊を発見!」

「数はっ!?」

「よ……要塞の影に隠れて、正確ではありませんが……およそ百程度!」

「よし十分だ、撤退するぞ! 面舵いっぱい!」


 小型艦は速やかに回頭し、逃げるように海域からの離脱をはじめた。




 対するガトゥム要塞からも、撤退していく小型船を発見していた。望遠鏡を覗き込みながらラドン王子が呟く。


「ふん、どうやら見つかったようだな」

「高速艦を出して追いかけますか?」

「いや、この距離では無理だろう。逆に各個撃破される恐れがある」


 ラドン王子はその性格から、武力一辺倒だと思われがちであるが、戦局を冷静に判断できる程度には優秀な指揮官であり、次男でありながらも次期国王に推す声が多いのも頷ける人物だった。


「相手が見つけてくれたのであれば、あとは勝手に現れるだろう。我々はこのまま南進するぞ!」

「はっ!」


 ザイル連邦軍はそのままゆっくりと南進し、数日前にレベッカが予想した海域に侵入しようとしていた。



◇◇◆◇◇



 魔の海域 南端 連合艦隊旗艦『ノインベルク』 作戦室 ──


 偵察に出ていた艦船からの報告が旗艦ノインベルクまで届くと、エリーアス提督や主な艦長が集まっていた作戦室は騒然とした。


「巨大な要塞が海を渡ってくるとは……やはり提督が申されていた通りでしたな。どこからそのような情報を?」

「……今はそんなことより、対策を考えねばならないだろう」


 エリーアス提督は、自身の内ポケットにしまってある手紙を思い出しながらそう答えると、目の前に広げられている海図を指差した。


「報告によると、この辺りで発見して南進しているという話だが、そうなると……やはりこの海域での開戦となるだろうな」


 エリーアス提督が指差した海域を見つめながら、艦長たちは額に皺を寄せて唸り声をあげる。


「むぅ、魔の海域ですか? 昔から海難事故が多い海域ですが……」

「もう少し南側で待ち構えたほうがよいのでは?」

「元々暗礁が多い地域だという話だし、罠が仕掛けられているやも?」

「いや、ケモノどもにそんな知識があるとは思えん」


 などと様々な意見が出されたが、エリーアス提督の考えはすでに決まっていた。


「ザイル連邦軍の実力を探りつつ、戦力を削いでいく必要があるだろう。まずは要塞から護衛艦を引きずりだし各個撃破する。引き寄せる役を……」


 エリーアス提督がそこまで言うと、元北方艦隊の艦長が二人前に出て名乗り出た。


「提督、我々にお命じください」


 この二人はアイゼンリストの惨劇の際に、ノーマの海賊を追いかけた艦長で、北方艦隊提督に中立港アーレンにて待機するように命じられていた艦長たちである。


 彼らはザイル連邦の艦隊に沈められた北方艦隊提督に対して、一人で行かせてしまったことをひどく後悔しており、今回の遠征に自ら志願したのだった。エリーアス提督は二人の真摯な瞳を見て頷く。


「わかった、お前たちに任せよう。三十隻ほど連れて先行し、頃合を見てこのエリアに誘引せよ」

「はっ!」

「決して無理はするなよ」


 エリーアス提督は、そう念を押しながら彼らの肩を叩く。それに対して二人の艦長は、決意を秘めた瞳のまま敬礼で返すのだった。



◇◇◆◇◇



 ノクト海 北西海域 クイーンリリベット号甲板 ──


 開戦を前に緊張感が張り詰めている両国とは違い、ノクト海を北西に進んでいるクイーンリリベット号は、穏やかな空気が漂っていた。


 リリベットも甲板にゆったりとした椅子と、日よけの傘を運ばせてボーと海を眺めていた。そんなリリベットにフェルトは、苦笑いを浮かべながら尋ねる。


「リリー、ずいぶんとのんびりしているね?」

「うむ、特にやることがないのじゃ。最初は皆に声を掛けてまわっていたのじゃが、私が話しかけると緊張するのか、逆に作業の邪魔になっておるようなのでな……仕方なくここで寝ておるのじゃ」

「船乗りの人たちは、あまり王族と話す機会なんてないからね」


 そんな話をしていると同じように手持ちぶさたなのか、欠伸をしながらジンリィが近付いてきた。


「主上、お暇なようだね?」

「うむ……どうやら、お主も暇なようじゃな?」

「この船の上じゃ敵がいないからねぇ、護衛は暇を出されてしまったよ」


 カラカラと笑うジンリィに、つられるようにリリベットも同じように笑う。


 クイーンリリベット号は軍事機密が詰まっているため、リスタ王国の所属ではないリョクトウキとココロット大臣は一部のエリア以外立ち入り禁止になっており、二人は呼ばれるまでは割り当てられた部屋に大人しく引きこもっていた。


 笑っていたジンリィだったが、ふと真面目な顔になるとリリベットに尋ねる。


「主上、ちょっと行ってみたい場所があるんだが……」

「ふむ? お主には別に制限はしておらぬが、どこに行きたいのじゃ?」

「機関室を見せてもらえないだろうか?」


 機関室は一部の船員以外は立ち入り禁止であり、立ち入るためには船長か機関長のガウェインの許可が必要なのだ。リリベットは、椅子から身を起こして立ち上がると少し伸びをする。


「うむ、よいじゃろう。一緒に許可を取りに行くのじゃ」


 よい暇つぶしができたといった感じで答えると、リリベットはジンリィを連れて機関室に向かったのだった。



◇◇◆◇◇



 ノクト海 北西海域 クイーンリリベット号 機関室 ──


 機関室に降りてきたリリベットたちは、さっそくガウェイン機関長を呼び出した。しばらくして機関室から、のそのそと出てきたガウェインは髭を擦りながら尋ねる。


「なんのぉ用じゃぁ、小娘どもぉ?」


 確かに齢二百を超えるガウェインからすれば、リリベットはおろかジンリィですら小娘なのだが、ジンリィは微妙な顔をして呟いた。


「小娘とか久しぶりに言われたよ」

「うむ……ガウェインよ、機関室を見学させて欲しいのじゃ」


 リリベットも物怖じせずに尋ねる。それに対して首を傾げたのか、微妙に傾いたガウェインが答えた。


「あぁ? 見学だぁ、う~む、まぁいいがなぁ。付いてこぉい」


 ガウェインは若干面倒くさそうにそう言うと、そのまま機関室に入っていった。リリベットとジンリィも、その背中を追いかけていく。




 機関室の中心まで来ると、様々な計器が取り付けられた透明な筒があちらこちらに走っており、その中を光る帯状のものが流れていた。


「お前らぁに言っても、わかるかわからんがぁ、これがこの船のメイン動力のぉ循環型精霊力式動力炉だぁ」


 ガウェインは髭を擦りながら自慢げに説明をはじめていた。しかし、ジンリィは目を細めて動力炉の中にある物を見ている。


「主上……アレはあの時の?」

「うむ、あの戦の際に回収したものじゃ。しばらく宝物庫にしまっておいたのじゃが、オルグが有効利用を提案してきたので許可したのじゃ」

「こいつがぁ安定しなくてなぁ、動くものにするのはぁ苦労したぞぉ」


 ジンリィは、リリベットやガウェインの話を聞きながらも、じっと動力炉を見つめて呟いた。


「この船が、今のお前さんの鎧ってわけかい? さすがに私もこれには勝てそうもないねぇ」


 それはかつての強敵への再会の言葉だった。




◆◆◆◆◆





 『循環式精霊力型動力炉』


 クイーンリリベット号のメイン動力源である。黒剣と呼ばれる精霊種のコアから非常に強い精霊力を抽出して、循環させる方式を取っている。蓄積型ではないのはエネルギーの波が激しく、動作が安定しなかったためである。さらに補助動力に『竜の心』を使用しており、より安定性を高めているのも特徴である。


 この動力炉の開発は、先の大戦でリスタ王国を散々苦しめた黒騎士を制御していた宝剣を、大戦後リスタ王国が回収して宝物庫に収納していたところを、その話を聞いたオルグがリスタ王家に有効活用の提案をしたことからはじまった。


 オルグは自分が死んだあと、グレートスカル以外にもリスタ王家を守るものが必要だと考えており、その剣を持ってガウェイン工房長に新造艦の製造を相談に行ったのである。当初ガウェインも困惑していたが、その剣の力に魅せられて次第に乗り気になり、十年の歳月を費やしクイーンリリベット号を造り上げてしまったのだった。

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